【コラム・天風録】徴兵逃れ

 文豪夏目漱石立籍地。北海道岩内町にそう刻む石碑が立つ。東京生まれながら130年前、ここに本籍を移した。町には謄本も残る。縁もゆかりもないだろう地に、なぜか。作家丸谷才一さんは「徴兵逃れ」を指摘した▲当時、北海道は一部を除いて兵役が免除されていた。知らぬ間に、兄が配慮して籍を移したとの説もある。だが2年後に日清戦争が始まる。漱石が神経衰弱になったのは、兵役を逃れた自責の念からと丸谷さんはみる▲戦争になど行きたくない―。誰もがそう思い、徴兵を逃れようとするのはいつの時代も変わるまい。このところロシアでは国外への脱出を図る人が相次ぎ、航空券の価格が急騰したそうだ。予備役を30万人動員するとプーチン大統領が決めたためだ▲ウクライナ侵略を「特別軍事作戦」と称してきたが、さすがに国民も「戦争」と気付き始めた。兵士の多くが戻らぬ泥沼の戦局だと。「プーチンを塹壕(ざんごう)に放り込め」。動員令と戦争に反対するデモが各地で起きている▲ウクライナの苦痛をわがことと感じ始めたのだろう。「気の毒になる」「悲しくなる」「馬鹿々々(ばかばか)しくなる」。戦争について漱石は晩年の随筆「点頭録」に記している。

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