本業を続けながら別組織で経験値「複業」が拓く未来 ワークデザインラボ・石川貴志さんに聞く

「複業人材の活用が地方創生につながる」と話す石川貴志さん=福井県福井市中央1丁目
自治体や金融機関の関係者らに、複業人材活用の事例を紹介する石川貴志さん(右から2人目)=福井県福井市中央1丁目の「Xスタンド」
再開発が進むJR福井駅西口のまちを眺める石川貴志さん=福井県福井市中央1丁目

 会社員の「副業・兼業」を容認する方向に社会や企業の意識がシフトし、テレワークなど時間や場所に縛られない働き方も浸透している。こうした中、本業を続けながら、直接関係のない地域や組織で働き、そこで得られる経験や人脈を求める「複業人材」が首都圏を中心に増えている。

 転職は、過去の経験を基に未来の会社を選ぶことになる。例えばずっと新聞記者をやっていた人が、次はエンジニアをやりたいと思っても難しい。複業なら、自分の可能性を限定せず未来を選べるようになる。

 大企業にはさまざまな職種があり、異動という形で職業経験のポートフォリオ(構成割合)を塗り替えられる。一方で、中小零細企業では難しいケースも多い。会社以外の学びの機会を増やせば、自分の可能性が広がっていく。

 企業が複業人材を活用することで、人手不足の解消が見込め、外部の視点によるイノベーションが生まれやすくなる。人口減少が進む地方と都市部の人材をつなぐことが、地方創生や地域の課題解決に結びつくはずだ。

人材を流動化し社会全体でシェアへ

 ―労働人口が減る中、地方創生や地域活性化の観点からも「複業」が注目を集めている。自身が複業を始めたきっかけは。

 2010年に第1子が生まれ、社会的な課題への関心が高まった。もう一つは翌年の東日本大震災。「会社を辞めて被災地の復興支援に関わりたい」という知人がいた。知人は強い思いを持っていたけれど、退職して現地に行けば収入が半分以下になってしまうというジレンマを抱えていた。会社を辞めずに、社会的な活動も並行できる環境整備が必要と考えた。

 会社員の傍ら、働き方と組織の未来を考えるイベントを始めた。13年に「Work Design Lab(ワークデザインラボ)」を立ち上げ、15年に一般社団法人化した。セミナーの講師を年間100回以上務めているが、近年は企業の人事担当者の参加も増えている。

 ―「複業人材」の活用による地方の関係人口拡大を進めている。

 地方には、外部人材のアイデアを地域課題の解決につなげる「オープンイノベーション」を求める声がある。ワークデザインラボには首都圏を中心に約180人の会員が所属しており、金融機関や自治体と連携協定を結び、ニーズが合った人材をつなげている。

 ―福井での取り組みは。

 JR福井駅周辺のまちづくりのように、多様な人材が集まって活動している背景が既にあり、大きな可能性を感じる。主体的にまちを考える地域のプレーヤーが多い印象を持っている。

 福井市で複業人材と地元企業が新規事業を創出する「INTERWEAVE(インターウィーブ)」の運営に協力している。関係人口の創出に向け、4月に福井駅西口に活動拠点を開設した。都市部の人材を巻き込みながら、地域課題を産官学金連携で解決する「福井モデル」ができないか考えている。複業人材との連携は、地域の価値の再発見につながり、強い追い風となるはずだ。

 ―14年から取り組む「複業旅行」はワーケーションの先駆けとなった。

 子どもがまだ小さかったので、地方で複業すると家族に怒られる。だったら自分が関わっている地域に家族も連れて行こうと始めたのが複業旅行。場所や時間、組織にとらわれない働き方を今後も推進する。

 ―政府は副業・兼業を認める企業を増やしていく意向を表明している。

 人口減少社会と人生100年時代が到来し、会社員が一つの企業で働き続ける従来型の雇用システムは、時代に合わなくなっている。人材を流動化して社会全体でシェアする方向になり、会社員という存在の再構築が起きるだろう。

 ラボでは、所属する約20人が会社を辞めずに起業している。今後は「会社員兼経営者」「従業員兼CEO(最高経営責任者)」など、1人が全く異なる立場で働くようになるだろう。

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 ◇石川貴志(いしかわ・たかし) 1978年広島県生まれ。大学卒業後、IT、人材総合サービス、出版流通の3社で勤務。「個人と組織のより良い関係の創造」を目的として、2013年に「Work Design Lab」(東京)を設立。地方との関わりを求める複業人材の活用を進める。22年には福井新聞社とも連携協定を結び、地域創生事業やワーケーション事業を推進する。総務省地域力創造アドバイザー、関西大学非常勤講師。3児の父。

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