<いまを生きる 長崎のコロナ禍>留学機会を失った大学生 描いた未来、白紙になっても

留学中止を乗り越え、笑顔で大学生活を振り返る小林さん=長崎市文教町、長崎大

 新型コロナウイルスの世界的なまん延で多くの学生が海外への留学機会を失った。長崎大多文化社会学部オランダ特別コースを22日に卒業した小林郁子さん(23)もその一人。留学中止が決まってからは目標を見失う時期もあった。それでも今は前向きだ。心の支えになったのは「多様なものを認め合って共生するという多文化(社会学部)で学んだ精神でした」と振り返る。
 北海道出身。幼少期はインターナショナルスクールに通い、高校時代はベルギーに留学。大学でも再びヨーロッパで学びたいと思っていた。進学先を探す中、オランダの名門、ライデン大に留学できる同コースの存在を知った。
 2018年4月、長崎大に入学。オランダから戻った先輩たちは目を輝かせながら経験を語った。世界中から集まった留学生が互いに手料理を振る舞うなど学業以外の交流も充実しているようだった。異文化の中でさまざまなことを吸収し、成長していく自身の将来を思い描いた。
 20年2~3月、短期のフィールドワークでドイツとポーランドを訪れた。その頃、中国では新型コロナがまん延。ヨーロッパでも感染への警戒が高まっていた。アジア人というだけで「コロナ」と呼ばれ、飲食店に入るのを自ら控えた。
 帰国直後、新型コロナは瞬く間に世界中に広がっていった。「留学できないかも」という不安は現実に。夏に渡航中止が決まった。留学はオンラインなら可能で、自分だけでなく世界中の人が往来の自由を奪われる状況。「仕方がない」と自分に言い聞かせた。
 だが、時間の経過とともに思い描いていた大学生活を送れないことを実感。失望した。3年秋から1年間留学し、その経験を生かして卒論を書き、就職活動にもつなげたいと考えていた。そんな理想の“未来予想図”は白紙になった。
 オンライン留学に合わせて実家に戻り、インターネットで講義を受けた。時差は8時間(サマータイムの時期は7時間)。夕方に講義が始まり、終わるのは深夜。生活が不規則になる上にパソコン画面だけのコミュニケーション。理想には程遠かった。
 単調になりがちな生活を支えてくれたのが、家族とアルバイトだった。留学経験がある母は良き理解者で何でも相談できた。アパレルのアルバイト先ではマーケティングを教わり、将来は美容やファッション関連の企業で働いてみたいと考えるようになった。
 次第に前向きになり、新型コロナへの考え方も変わった。「勝ち負けで言うと、コロナに負けたと思う。でもそもそも勝負する必要はなかった」。大学で学んだのは多様な文化、人、言語などを知り、受け入れ、共生する生き方だった。「コロナへの向き合い方も同じ。共生したらいいと思えるようになった」
 「卒論と就職活動にしっかり取り組みたい」と家族を説得し、卒業を半年延ばした。21年末ごろから就活を本格化。第一志望は外資系で世界最大手の化粧品メーカー。「絶対に行きたい」と大学の就職担当職員の力も借りて面接のスキルを上げた。春には「内定」の吉報が届き心の底から喜べた。
 春には東京で社会人生活が始まる。在学中は難民支援のサークルで副代表を務めた。社会人になっても社会貢献活動を続けていきたいと考えている。「いいことも、残念なこともあった4年半。この経験を生かし、世界で活躍できる人になりたい」。表情は希望に満ちていた。


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