尖閣諸島、のどかな海は一変した 翻弄される沖縄の漁師、かつては日中台の船で「夜は街のように輝いていた」

手前から南小島、北小島、魚釣島=2012年9月撮影

 沖縄県・尖閣諸島の周辺はかつて、のどかな海だった。今、中国海警局の船が連日出没し、海上保安庁の巡視船と、にらみ合う。漁師が容易に近づけない「緊迫の最前線」に一変した。沖縄県関係者の間では、日中間の緊張が高まり「不測の事態」が起きることへの懸念も広がる。1972年の日本復帰前から尖閣周辺で漁をしてきた男性に話を聴くと、国家間の対立に翻弄される姿が浮かんだ。(共同通信=西山晃平)

 ▽漁船の明かりで街のように
 「自由に漁ができる、静かな海だった」。尖閣周辺での操業経験が豊富な伊良部漁協(宮古島市)の元組合長、漢那一浩さん(73)=宮古島市=は、尖閣諸島(石垣市)の一つ、魚釣島周辺で、かつて見た光景を懐かしむ。しけを避けるため岩陰に集まった日本や台湾の漁船数十隻が、夜になり明かりを照らすと、一帯は街のように輝いたという。

琉球政府の警告板を設置するため尖閣諸島に上陸した人たち=1970年7月(沖縄県公文書館所蔵)

 尖閣諸島は、沖縄本島の西約400キロの東シナ海にある無人島群。沖縄県石垣市に属し中国大陸まで約330キロ、台湾まで約170キロ。1895年に日本領に編入され、かつて200人以上の日本人が暮らした。周辺海域で石油資源埋蔵の可能性が指摘され、中国と台湾が1970年代から領有権を主張する。

 

琉球政府が尖閣諸島に設置した警告板=1970年7月(沖縄県公文書館所蔵)

 漢那さんは1972年の日本復帰直前、先輩漁師の教えを受けながら尖閣周辺の領海で漁を始めた。宮古島の隣、伊良部島から片道約10時間かかる漁場。取れるシマガツオは多いときで一度に3~4トンに上り、生活を支えた。 

 魚釣島には、水の補給などで何度も上陸した。台湾紹興酒とたばこを物々交換したり、台湾に移住した伊良部島出身の漁師から親戚への届け物を預かったり。本土や中国の漁船もいた。台湾の漁師たちは浅瀬に手りゅう弾を投げて爆発させ、死んだ魚を回収していた。「取り締まりもなく、行きたいときに行って漁をする。それだけだった」

 だが、そんな牧歌的な風景は消えていく。1990年代、尖閣を自国領だと主張する台湾や香港の活動家が相次ぎ領海に侵入。海に飛び込み、水死する事故も起きた。2010年には、中国漁船が海保巡視船に衝突する事件があり、日本のナショナリズムも沸騰した。

海上保安庁の警備救難艇などが警戒する中、尖閣諸島の魚釣島に接近する香港・台湾グループの活動家が乗った抗議船=1996年10月

 東京都の石原慎太郎知事が進める都の尖閣購入を阻止するため、民主党政権が2012年、魚釣島などを国有化すると、中国公船は領海侵入を繰り返すようになった。
 漢那さんはこの間もときどき、尖閣周辺の領海で漁をしていたが、2020年末、領海に入ろうとして絶句した。
 「こんな状態になってしまったのか」
 中国海警局の船が接近してくる。これに対して数隻の海上保安庁の巡視船が漢那の漁船を囲むようにガード。中国海警局の船は操業中も接近し、追いかけ回してきた。「思うように仕事ができなかった」
 操業する漁師は減り、今も続けるのは長男ら、ごくわずかだ。

沖縄県・尖閣諸島魚釣島付近の接続水域を航行する中国の海洋監視船(手前)と海上保安庁の巡視船=2012年11月

 ▽「法執行」「施政権」誇示する中国
 米議会調査局の資料(2021年3月)によると、尖閣諸島周辺で中国船による「パトロール」が2012年から増加したことを受け、米国は尖閣を巡る日本の立場への支援を強めてきた。オバマ大統領は2014年に「日米安保条約5条は、尖閣諸島を含め、日本の施政権下にある全ての領域をカバーしている」と表明し、続くトランプ大統領、バイデン大統領も同様の立場を取っている。
 バイデン政権のオースティン米国防長官は2021年に「東シナ海でのいかなる単一の現状変更の試みに反対する」と踏み込んだ。米軍は日本政府に、尖閣諸島周辺での中国船の活動に関する偵察情報などを提供している。

 一方、米国は尖閣諸島に関し、日本に「主権がある」とは明言していない。海上自衛隊出身の統合幕僚長を務めた河野克俊氏は、漁船を追い回す中国海警局の狙いをこう分析する。「海警局の船が沖縄県・尖閣諸島周辺の領海で日本漁船を追い回すのは(中国にとって)『法執行』。米国に中国の『施政権』を見せつけ、施政権が日中どちらにあるのか考える余地をつくりだそうとしている」
 海上保安庁は2016年、第11管区海上保安本部(那覇)に1500トン級10隻とヘリ搭載型2隻の巡視船で「尖閣専従体制」を整えた。18年には、陸上自衛隊の離島防衛専門部隊「水陸機動団」が発足。日本政府も態勢強化を図っているが、状況が好転する兆しは見えない。

 ▽中国への反発と対立の懸念、入り交じる沖縄
 沖縄県は、中国の動向に「本県漁船が操業できなくなる事態は断じてあってはならない」と反発する一方で、日中間の対立をあおるような世論形成につながらないか気をもむ実態もある。
 中国の王毅国務委員兼外相は2020年、日中外相会談後の共同記者発表で「真相が分かっていない日本の漁船が釣魚島(尖閣の中国名)の水域に入った。やむを得ず必要な反応をしなければならない」と発言。その後、県議会は「わが国固有の領土であることを明らかに否定するもので、断じて容認できない」とする抗議決議と意見書を全会一致で可決した。
 一方、元県幹部は「漁師は影響を受けるが、一般の県民が領土や領海を意識することはほとんどない」と打ち明ける。その上で、対応の難しさをこう指摘した。「日中間で衝突が起きた場合、太平洋戦争時のように、沖縄が再び『本土の防波堤』になるかもしれず、対立をはやし立てて済む問題ではない」

カツオ一本釣り漁師の漢那一浩さん=3月、沖縄県宮古島市

 尖閣国有化から10年となった2022年9月、漢那さんは取材に「今年は(宮古島近海で)捕れる魚が少ない。尖閣周辺の海域に行った方が良いのだが、中国公船が多い。漁師は『何かあったら…』と怖がっている。最近はあまりにもひどくなった」と漏らした。
 中国は2021年、海警局の武器使用を認める海警法を施行し、緊張は高まる一方だ。それでも、好漁場は捨てられない。漢那さんは「親の世代から漁で生計を支えてきた。子どもたちも同じように稼ぎ、家族を守っていける環境に戻ってほしい」と訴えた。

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