両手足に手錠を付けた遺体がなぜ玄関に…「3人家族」が抱えた17年の秘密 支援を拒否、孤立した果てに事件は起きた

事件があった住宅=7月19日、川崎市麻生区

 横浜地検川崎支部は8月、神奈川県川崎市麻生区の住宅で37歳の男性を監禁、死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪などで父親(70)を起訴した。亡くなった男性は長男。長期間ひきこもり状態にあり、精神疾患の疑いもあった。同居していた母親と妹も逮捕されたが、2人は不起訴となった。公的支援を受ける機会はあったはずなのに、一家は孤立してしまっていた。(共同通信=国枝奈々、添川隆太)

横浜地検川崎支部=9月26日

 ▽「外に出すと迷惑」
 発覚は昨年9月6日。「息子が亡くなった」という父親からの通報で、閑静な住宅街の一軒家に駆け付けた神奈川県警麻生署員は、異様な光景を目にした。
 玄関先に敷かれたブルーシートには、両手足に手錠を掛けられ、骨と皮ばかりになっている成人男性が横たわる。シートは階段まで続き、あたりは汚物臭が漂っていた。

 警察の調べに対し、父親は「外に出すと他の人に迷惑を掛けると思った」「病院に連れて行こうとすると暴れた」と話した。

神奈川県警麻生警察署=9月26日

 神奈川県警によると、長男は17年前、20歳ごろに大学を中退。その後、自宅にひきこもるようになった。大声を上げたり、家族に暴力を振るったりすることもあった。家族が麻生区役所に電話で相談したところ、区の担当者は「統合失調症の疑いがある」と指摘した。

 しかし、その後に医療機関を受診した形跡はない。2017年頃からは服を着ない、トイレで排せつできないなど、基本的な生活すらできなくなっていったという。
 昨年5月、長男は裸のまま家を飛び出し、麻生署員に保護された。麻生区はこの時も医療機関を紹介しようとしたが、家族とは連絡が取れなかったという。
 監禁生活はその直後から始まった。父親は長男の両手両足に手錠をかけ、その手錠を長さ約10メートルのロープにつなぎ、自宅2階のドアノブにくくりつけた。ところが昨年8月、ロープが絡まり、長男が階段から宙づりになっているのを家族が発見。その後は玄関で監禁するようになったという。

麻生区役所=9月26日、川崎市

 長男はどこかの時点で内因性の脳出血があり、この時期には寝たきり状態になっていたとみられる。
 母親や妹は、長男を避けるように生活してたという。警察の調べに対しては「トイレに行く時に見たことがある程度」「暴れるので怖くて、近寄らないようにしていた」と話した。
 食事は父親がコンビニ弁当を与えていたが、徐々にかみ砕く力が衰え、最後はチョコレートや水しか口にできなくなった。死亡は昨年9月6日。司法解剖の結果、死因は床ずれによる感染症と判明した。体重は50キロ程度だったという。

父親を乗せた車=7月19日

 ▽一家で孤立深め
 一家は近所付き合いが少なく、長男の存在すら知らない住人も多かった。近くに住む女性は「息子がいたとは知らなかった。3人暮らしだと思っていた」と話した。
 別の男性によると、ごみを出す際に家族を見かけることがあったが、あいさつをしてもうつむきがちで、悩みを抱えているような様子だったという。警察によると、両親、妹ともに外で仕事をしていなかった。社会との接点がほとんどなく、地域で孤立していたとみられる。
 公的支援を受けるチャンスはなかったのだろうか。行政が家族と接触する機会は、最初の電話相談時と、警察による保護時で、少なくとも2回あった。しかし、いずれも支援に結びつく前に関係が途絶えている。
 川崎市精神保健課の担当者は「ひきこもり状態や精神疾患があるからといって、直ちに特定の支援を行うことはできない。本来ならチームを組み、必要な支援を継続して行う必要があったが、本人や家族から希望されなければ、そうした行動にも移せない」と話した。
 川崎市の場合、個別のケースには各区役所が対応しているが、福祉分野の人材は少ない。支援を断られた後、自宅を訪問するといった余裕もほとんどないという。

麻生区役所=9月26日、川崎市

 ▽支援体制道半ば
 内閣府によると、ひきこもりは2016年に公表された調査結果で15~39歳が推計54万1千人。19年に公表された調査では、40~64歳でも推計約61万3千人のひきこもりがいることが判明している。ちなみにここでいうひきこもりとは「仕事や学校に行かず、半年以上にわたり、家族以外とほとんど交流せずに自宅にいる人」を指す。
 対策として厚生労働省は、全都道府県に窓口「ひきこもり地域支援センター」を2018年度までに設置した。窓口が相談を受けると、医療や福祉、教育、雇用などの関係部署につなげる役割を担う。ただ、住民にとって身近な市区町村への窓口設置は道半ばとなっている。
 厚労省は、支援のポイントを家族に置いている。厚労省の委託事業で行政担当者にアンケートをし、それを受けて昨年3月に作成された「ひきこもり状態にある方やその家族に対する支援のヒント集」も、家族支援の重要性を強調。家族の精神的なサポートが、本人支援の土台になるとの考え方となっている。

神奈川県警本部=9月26日

 ただ、専門家は行政機関による積極的な支援の必要性を指摘する。ひきこもり問題に詳しい立正大の関水徹平准教授(福祉社会学)は、今回の対応についてこう述べた。
 「福祉制度には『世話をする責任は家族』という意識がまだ根強く残っている。個人の権利が侵害されている可能性も念頭に、もっと積極的に支援するべきだった」
 さらに、精神疾患に対する支援体制の脆弱性も指摘する。「日本では精神疾患を持つ人を受け入れる先が、いまだに病院か家族かの2択となってしまいがち。家族支援がうまくいかず、受診もできなければ、孤立してしまうのは当然だ」
 関水氏によると、スウェーデンなどでは、障害がある人が成人した際、家族と離れて自立できるよう、所得保障や家賃補助、自立するための社会保障が充実している。「家族から離れ、公的な援助を受けながら個人として地域で暮らすことは、親との関係悪化を予防することにもなる。家族側が問題を抱え込む前に、気軽に行政に相談できる仕組みや、行政側も家族に頼らず当事者支援をできる制度の整備が、早急に必要だ」

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