羽生結弦「仙台にリンクつくって」と嘆願!12年後に目指す“地元で後進育成”の夢

(写真:アフロ)

「小学校でいつもジャンプの練習をしていたので“くるくるゆづるくん”と呼ばれていたのは本当ですか?」

視聴者から届いたそんな質問に、「どうなんですかね(笑)」と楽しそうに笑顔で応じた羽生結弦(27)。9月19日に地元・宮城の情報番組『OH!バンデス』(ミヤギテレビ)に生出演した際の一幕だ。

7月にプロ転向を発表した羽生は、9月に入ってから宮城県内の情報番組に立て続けに生出演している。10日に東北放送に出演したのを皮切りに、19日にはミヤギテレビ、24日には仙台放送、25日には東日本放送に、といった具合だ。

「宮城県の民放テレビ局を全局、巡っていることになります。競技人生を熱く応援し続けてくれた地元メディアや地元民への“お礼行脚”のような意味を込めているのでしょう」(地元メディア関係者)

いずれもローカル番組だが、羽生が出演するとなると“番組を見たい”という声が日本全国のみならず外国からも上がるのは必然。

「そういった声に各局が対応し、YouTubeでも配信されました。動画のコメント欄には、英語や中国語、スペイン語など世界各国の言語で感想が書き込まれています。ローカル番組が世界から注目されるなんて、すごいことですよね」(前出・地元メディア関係者)

各番組は、地元局ならではのアットホームな雰囲気で進行。冒頭の『OH!バンデス』では、羽生自ら幼いころから見ている番組だと明かし、随所で仙台愛を感じさせる発言もしていた。

そんななかで、同番組中、羽生の口からポロリと飛び出したある発言が、地元のフィギュア関係者たちから注目されているという。

自らの今後について語るなかで、羽生はこう言ったのだ。

「仙台にリンクをつくってください。みなさん、お願いします」

おどけたような軽い調子の発言だったが、羽生はこのときカメラに視線を向け直してもいた。世界中で見ている視聴者にさりげなく呼びかけるようにーー。

■進まぬ新アイスアリーナ建設に「本音が出た」

地元のフィギュア関係者は言う。

「かねて仙台のスケートの練習環境の不十分さに言及していた羽生さんですが、あんなにはっきりと『仙台にリンクをつくって』と言ったのは初めてのはずです」

羽生のみならず、トリノ五輪金メダリストの荒川静香(40)も出している仙台。それにもかかわらず、現在、市内にある通年のリンクは羽生のホームリンクでもあるアイスリンク仙台のみ。

「そもそも日本にはアイスリンクが足りておらず、営業しているリンクも、昼間は一般営業をしているので、トップ選手の多くは早朝や深夜に貸切り練習をしています。羽生さん自身も、夕方に起床して深夜にアイスリンク仙台に向かい練習を開始するという、昼夜逆転の生活をしているのです。また、アイスリンク仙台はフィギュアスケートの試合で使うにはサイズが小さいほうです。その面でも羽生さんは練習がやりにくい部分があるのではないでしょうか」(前出・地元フィギュア関係者)

今回の羽生の“訴え”について、「本音が出た、と思いました」と話すのは仙台市の佐藤正昭市議。

佐藤市議自身も、以前から仙台市に新しいアイスアリーナをつくることを提言してきた。

「羽生さんの今回の発言の反響は大きく、私のところにもたくさん電話やメールなどが来ました。彼自身、心にためていたものがあって、新リンク建設の話がなかなか進まない状況にヤキモキしていたのではないかと感じています。それにわれわれも応えていかなきゃダメだと思いました」

実は羽生の発言より1カ月前の8月19日、宮城県スケート連盟などが公営アイスアリーナの設置を村井嘉浩宮城県知事に陳情しているのだが、知事は建設費や維持管理費が莫大なものになることを指摘し、設置は難しいという考えを示している。

「県だけでなく仙台市も、行政は、リンク建設に対して渋い対応です。ただ、それに比べて市民の人たちや各企業のみなさんなどは積極的なんです」(佐藤市議)

行政が動かないのであれば民間で、という流れになるのだろうと佐藤市議は言う。

「“羽生さんもああ言っているんだから、まずは署名活動を始めよう”という声がさっそく上がっています。オンラインでの署名であれば、すぐに数十万人分は集まるのではないかとも話しています。その署名を持って、企業とすり合わせをしたり、クラウドファンディングをして資金を集めるということになるでしょう」

リンクをつくった先に、さらなる羽生の未来が広がる。

「アイスアリーナ建設となれば数年がかりの事業。羽生さんは“プロとしての自分のため”というよりも、未来の後輩たちのために訴えている部分が大きいのでしょう。さらに言えば、仙台で指導者として活動する未来の自分を想定したうえで、いまはっきりとリンクについて呼びかけておかねば、と考えたのだと思います」(前出・地元フィギュア関係者)

番組中でも「仙台にリンクを」という発言の直前、羽生は次のように将来像を語っていたのだ。

「40歳とかになってきたら、後進を育てるような動きができたら」
「小さい子だったり、本気でトップになりたい選手たちが、思考回路とか経験を必要としてくれるのであれば、伝えるようなお仕事もしていきたい。仙台大好きなので、仙台でやりたいですね」

自分に続くトップ選手を自ら育成し、仙台から輩出するーー。そのためには、40歳になるまでには練習環境を整えておきたい。羽生にとって12年先を見据えての計画になる。

「羽生さんは五輪連覇で2度の凱旋パレードを仙台でやりましたが、いつか“金メダリストのコーチ”として仙台に凱旋する彼の姿が見られることを期待したいですね」(前出・地元フィギュア関係者)

渾身の訴えが届き、羽生と仙台市民の夢が実現する日を待ちたい。

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