SKE48・古畑奈和が駆け抜けた11年間「本当の意味で、自分中心に生きてみてもいいんじゃないかな」

名古屋・栄を拠点とするSKE48で11年活動を続け、この度グループから卒業する古畑奈和さん。派手な髪色、ピアス…一見「アイドルらしくない」ようにも見える彼女。その裏にあった葛藤、そして葛藤から導き出した「答え」まで、ロングインタビューで解き明かす後編。
(取材&文・伏見 学)

●自分のために尽くすべき

アイドルとしての自覚を強く持ちながら日常を過ごしてきた古畑さんだったが、過去には自分の中での葛藤や矛盾を感じることもあった。

「アイドルはこうあるべきだ」「SKE48のために頑張らなくてはいけない」などと思い込むあまり、自分自身の気持ちを無理に押さえつけたり、過度に気を遣いすぎて、本心を出せなくなったりしていた。

「周りを気にしすぎるあまり、何も言えなくなってしまったことがありました。私の発言でメンバーの子が傷付いたらどうしようとか、すごく気になっちゃって…」

そうした苦悩を乗り越えた末に出てきた言葉が、2017年の「AKB48選抜総選挙」でのスピーチである。

「この選抜総選挙だけは『自分のために頑張りたい』『自分のためだけに尽くしたい』って考えて、ファンの皆さまと14位という素敵な順位を取りました」

この真意について古畑さんはこう語る。

「私がSKE48に入ったのは、そもそも自分のためだよなと思って。確かにグループのバランスも大事だけど、まずは古畑奈和の夢や、やりたいことを叶えてあげなきゃなと。自分がまず売れて、ちゃんと名前も知ってもらえる存在にならなきゃ、SKE48の役には立たない。そう考えるようになってから、まずは自分に尽くそうと思いました」

古畑さんの行動変容を多くのファンは支持した。

「奈和ちゃんが自分のために頑張ると言ってくれてすごく嬉しかったと、本当にたくさんの方が喜んでくれて。そこでスンと肩の荷が降りたというか、古畑奈和という存在が認められた感覚があったので、それまでよりも生きやすくなりました」

なお、この年の選抜総選挙で獲得した14位は、古畑さんにとって最高位となった。

●自由に生きよう!

自分のために頑張ってもいいんだーー。そう心を新たにした古畑さんだったが、その後、ちょっとした騒動があった。結果的には世間の誤解であることが明らかになったのだが、渦中の古畑さんは目が腫れるほど泣いて落ち込んだ。この時に学んだのは、「気にしても仕方ない。自由に生きる」ということだった。

「自分がどんなことをしていても、あれこれ言ってくる人はいるし、変わらずについてきてくれる人もいる。いろいろな人がいるんだと思ったら、もう自分の好きにやっちゃおうと思いました。もちろん、悪いことは絶対にしちゃいけないし、自分の軸があってこそだけど、自由にやった方がいいと思った途端、解放されて、何も気にしなくなりましたね」

この辛い体験は他人に対する気遣いに関してもプラスに働くことになった。

「自分が傷ついた分、ほかの人がどういうことで傷つくのかがよくわかりました。それからはもっと誰かに優しくできたり、共感できたりするようになりました」

実際、後輩のメンバーが同じようなことで悩んでいるときに、寄り添ったり、親身に相談に乗ってあげたりする機会が増えたという。

また、これを境に「自分らしさ」をより前面にさらけ出すようになった。髪を切り、金髪に染め、両耳にピアスの穴を開け、自我を解き放った。その変化も追い風となり、2019年7月にリリースされたSKE48の25枚目のシングル「FRUSTRATION」では初のセンターに抜擢されたのだった。

●卒業に迷いはない

自由奔放に見えるが、古畑さんの本質に迫っていくと、生真面目で、芯のある人間であることがよくわかる。天性のものに加えて、「これもアニメの影響かもしれない」と古畑さんは明るくおどける。

「アニメの中のアイドルは、どんなに辛いことがあっても、ステージに立ったら、笑顔で踊ったり、ファンの方のことを思って行動したりしています。もう一つ、『戦姫絶唱シンフォギア』というアニメも好きで。主人公たちは敵と戦うために頑張って歌ったり、自分の命に代えて市民を守ったり。そういうところにぐっときて、私もこうならなきゃと思っちゃって」

アイドルとしての誇りを持ちながら過ごしてきた11年間という年月は、古畑さんの人生の財産であり、胸を張って自慢できる成果だ。達成感に満ち溢れており、やりたいことはできたと古畑さんは断言する。

「センターに立ったり、ソロライブをやったり、夢を叶えることができました」

だからこそ、卒業を決めた。迷いはなかった。

「そろそろ本当の意味で、自分中心に生きてみてもいいんじゃないかなと思って。26歳になり、一人の女性として、どう生きていきたいか考えて、決めました」

唯一の心残りがあるとすれば、コロナ禍でコール(ライブでの掛け声)が禁止になったこと。「卒業する前にもう一度聴きたかったな」と古畑さんは悔しがる。

再び、場面は9月24日の日本ガイシホールに戻るーー。

全30曲、2時間半以上にわたって行われた卒業コンサート。会場での声出しは禁止されていたが、ファンたちは手拍子やサイリウムで必死に声援を送った。それを目にした古畑さんは何度も顔をほころばせた。真っ白になって客席が霞んでいた11年前と違って、今はファン一人一人の顔がくっきりと鮮明に見えている。

コンサートの幕が下りる瞬間まで、古畑さんは満足げな、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。そこに後悔の念などなかった。

© 株式会社光文社