【完全版】西九州新幹線開業ドキュメント<後編> 記者が総力挙げて追った「初日」を再録

西九州新幹線かもめは9月23日、走り出し、長崎県にとって新たな歴史の1ページが刻まれた。在来線特急かもめに別れを告げた同日未明から、記者が総力を挙げて追った「開業初日」。紙面に掲載できなかったエピソードも含め、あらためて振り返る。

=前編から続く=

お土産を手渡し乗客を歓迎する小長井中の生徒ら=諫早市、JR小長井駅

12時 有明海に面した小長井駅。23日から運行を始めた観光列車「ふたつ星4047」が停車した。諫早市立小長井中2年生21人を含む約150人が小旗を振りながら出迎え。ご当地ヒーロー「バス停戦隊フルーツレンジャー」の姿もあった。生徒らは車両から降りてくる乗客を笑顔で歓迎し、手作りのフルーツバス停キーホルダーなどのお土産を手渡した。停車時間の6分はあっという間に過ぎ、出発を告げる鐘が鳴り、乗客は名残惜しそうに乗り込んだ。

12時5分 佐賀駅構内には「2022年9月23日に西九州新幹線が開業しました。ぜひこの機会に佐賀・長崎の旅をお楽しみください」とのアナウンス。設置されたテレビには開業を祝う動画が流れていたが、足を止める人は少なかった。

12時15分 長崎駅の長崎街道かもめ市場内の喫煙所。定員5人を守り、愛煙家が10人ほど列をなした。

12時20分 佐賀駅構内。壁に置かれたチラシを見ていた佐賀市の女性公務員(60)は「私たちに恩恵はない。今のままで十分便利」と淡々と語り、「でも盛り上がっている武雄や嬉野の人を考えると、あんまり言ったらいけないかなって」と複雑な思いを漏らした。

改札付近で新幹線の開業をPRするJR佐賀駅。立ち止まって見る人はほとんどいなかった=佐賀市

12時21分 かもめ市場の土産物店では新幹線かもめのグッズやお菓子が大人気。スタッフは「足りない」と在庫の補充を繰り返していた。120個ほど入荷していた新幹線型のバームクーヘンは売り切れ、「もう終わったの?」と残念そうな客も。

12時24分 大村市役所の駐車場。同市の空から新幹線を眺めるツアーのヘリコプターが音を立てながら帰ってきた。降りてきたのは平戸市の親子。母の廣井悦子さん(42)は「巨大なジオラマの上を飛んでいるかのよう。大村の景色と一緒に新幹線を眺められるのは圧巻で一生忘れられない」と興奮気味。小学2年の新平君(8)は「空から見る新幹線もかっこよかった」と目を輝かせた。

12時30分 佐賀駅のロータリーで客を待っていた、タクシー運転手の中島一善さん(72)。佐賀県鹿島市のJR利用者は特急の本数が減り「打撃は鹿島の人たちに来ている。かわいそうよ」と嘆く。「長崎の人は全国から人が来ると思っているだろうが、逆に博多に長崎の人を取られるんじゃないの」

12時37分 路面電車の「平和公園」電停。ブルーインパルスを見るため、長崎駅方面へ向かう人と修学旅行生で長蛇の列。同様に近くのバス停にも行列ができていた。

12時48分 長崎駅近く路面電車の電停では小雨が降る中、新地中華街方面とめがね橋方面に向かう停留所に長蛇の列。列は階段の上の歩道橋まで続き、行き交う地元住民は見慣れない光景に「えっ、何の列?」と二度見。

長崎駅から南部方面に発生した大渋滞で立ち往生する車列=長崎市大黒町

1時2分 浦上駅から長崎行きの列車はすし詰め状態。ほとんどの客がホームに残り、次の列車を待つことに。

1時18分 新幹線かもめが長崎駅を出発。カメラを構え車内を撮影する客が多かった。「引き続きマスクの着用を。1日も早く安心して生活できるように皆様のご協力を」と車内アナウンス。

1時30分 建設中の新駅ビル屋上。作業員が手を止め、ブルーインパルスを待ち構える。

1時34分 新大村を通過した新幹線の車内。寝ていた女性は隣の男性に「もう新大村過ぎたよ」と声をかけられ、「えっ、もう?」

1時35分 かもめ市場内でトルコライスを楽しんだのは熊本県から来た山本聡さん、宙さんの親子。食事中はこの後に乗る新幹線かもめの話題で持ちきり。「新幹線は速くてかっこいいから好き。早く乗りたい」と宙さん。

この日から佐世保線に導入された「振り子型車両」の博多発特急みどりが佐世保駅に到着。写真に収めようと、子どもと訪れた女性(42)は「新幹線が来ていれば県北はもっと盛り上がっていただろうな…」と残念そう。

JR佐世保駅に到着する振り子型車両の特急みどり=佐世保市

1時40分 長崎駅。大阪府から新幹線で来たという女性は「期間限定」の張り紙に引かれて中華料理店の駅弁を購入。「かもめは快適できれいだった。帰りはシーサイドライナーを使って、駅弁も楽しみます」と急いで改札に向かった。

長崎水辺の森公園。雨の中、10分遅れで航空自衛隊ブルーインパルスの機体が姿を現すと歓声が沸き起こった。

上りの新幹線が嬉野温泉を通過すると、すぐに武雄温泉到着を予告するアナウンス。「リレーかもめへは1時47分、着きましたホーム向かい側10番乗り場から発車します」との車内放送。「ふつうに乗り換えればいいんですよね?」と不安げな女性客。

2時 長崎駅東口駅前広場で駅東口と西口の愛称授賞式を開催。1760通の応募の中から東口は大塚晴登さん(9)発案の「かもめ口」、西口は森川原理さん(54)発案の「いなさ口」に決定。

2時5分 長崎駅東口でブルーインパルスの展示飛行を見た西彼長与町の上滝彩葉ちゃん(4)は「4回見えて楽しかった。列になったのがかっこよかった」とにっこり。

雨の中、県庁周辺で傘を差してブルーインパルスの展示飛行を待つ人たち。建設が進む新長崎駅ビルの屋上(奥)でも、飛行に見入る作業員の姿が見られた=長崎市尾上町

2時40分 東口に続く仮設テントの通路は大勢の人が並び、前に進めないほど混雑。大村市から来た40代男性は、ブルーインパルスの飛行を見に竹松駅から快速で長崎に。電車に乗れなかった人もいたといい、「通勤で利用してるが、こんな人見たことない。今年1番の人の多さ」と驚く。

2時46分 長崎駅構内は大混雑。JR社員が走り回って対応に追われていた。

2時50分 長崎駅東口から駅構内に入るとシナモンの甘い香りが漂う。同日オープンのカフェは店外まで行列ができ、最後尾のスタッフは満席のため、テイクアウト以外の新規入店を断り続けていた。「予想以上の来店。ずっと満席状態が続いていて、お客様には申し訳ない」

2時55分 博多駅に着いた五島市の女性(27)は「新幹線は清潔感があって、コンセントの充電もしやすかった。(所要時間の)体感は1時間くらい」。

2時56分 長崎駅で発券に並ぶ列が向かいのかもめ市場の入口に到達。孫に新幹線を見せるため、入場券を求めて並ぶ60代女性は「30分かけてやっと列の半分まで来た。いつになったら買えるのか」と疲れた表情。

乗車券を求める客らで混雑する長崎駅=長崎市尾上町

3時12分 博多駅にある鉄道模型店には、かもめグッズコーナーを設置。店員によると品切れした商品もあり「反響がすごい」。

3時53分 長崎市内はバスと路面電車に長蛇の列。車も大渋滞で車列が全く動かず。

4時48分 大浦天主堂やグラバー園に続く坂道は、普段の土日とあまり変わらない。フルーツガーデン・アズタイムの女性スタッフは、車で九州圏内から来た客が多かったと話し、「新幹線が定着し、長崎に続々と観光客が来てくれるようになったら人通りも増えるかな」。

観光施設は普段の土日の人出とあまり変わらなかった。施設周辺は観光客の増加に期待=長崎市南山手町、グラーバー園

4時57分 大浦天主堂やグラバー園に続く坂道でカステラ店「清風堂」。今田健介店長は「ブルーインパルスの飛行時間から一気に人が減った」と残念そう。ただ、久しぶりに3連休で営業できることを喜び「明日に期待」。

5時27分 稲佐山観光ホテルには宿泊客が続々とチェックイン。スタッフ総出で慌ただしく丁寧に、お客さんを迎え入れた。柴田賢裕宿泊支配人によると、23、24日の予約はほぼ満室。「良い滑り出し。市内全体が活気づいていて、嬉しい悲鳴」。一方で「大事なのは開業効果の波が去った後。行政と観光業界は戦略が必要」と冷静にみる。

5時48分 稲佐山の「観光ホテル前」バス停では地元住民と観光客が30分以上バスを待っていた。関西から来たという夫婦は開業を知らずに旅行を計画したといい、「もう夜はカップ麺だね」とぼそり。

5時55分 記者がタクシーに乗り、「長崎駅西口まで」とお願いすると、運転手は「混んでないといいですけど」。朝から多くの客を乗せて運転したが、渋滞でスムーズに進めなかったという。「まちの開発が進めば、もっと大渋滞になるんじゃないかな」

6時10分 長崎市大黒町の「NGS COFFEE」は満席状態。朝から常にお客さんでいっぱいで、店の外に列ができたことも。店長の大谷和広さん(31)は「予想以上にお客さんが来て、ピークがないくらい途切れなかった」。

長崎街道かもめ市場のかもめグッズ売り場は終日にぎわった=長崎市尾上町

7時42分 かもめ市場内の混雑も解消され、「カステラ本家 福砂屋」はやっと落ち着きを取り戻した。目玉商品の「福砂屋キューブカステラKAMOMEギフトセット2個入り 青箱・赤箱」は用意していた1000セットを完売。長崎駅売店の池田安孝主任は「体感では開店以来1番の客数」と開業効果を実感。「明日もすぐ追加販売出来るようしっかり準備します」

かまぼこ店「喜味冨」の中村靖志店長(45)によると、この日、1時間あたり75回レジを売った記録があったという。「1分間に1回以上レジを打ってるってことですよね」。午前5時前から仕込んだ200個以上を完売した種類もあり、「うれしい限り」。

かもめ市場の土産物店の閉店時間が近づく中、「長崎銘品蔵」の女性スタッフは明日の準備を進めていた。ブルーインパルスの飛行後から客が大幅に増え、かもめグッズも想定以上に人気。商品の補充に追われるが、「何とか頑張ります」。

7時55分 かもめ市場のカステラ店「松翁軒」には、閉店間際も客が来店。新幹線かもめをイメージした「新幹線カステラ」はダントツの1番人気。スタッフは「新幹線開業で長崎がもっと元気になれば」と笑顔だった。

8時5分 閉店時刻を過ぎたかもめ市場の土産売り場が次々と片付けを始める中、飲食コーナーはますます活気付いていた。「開業日の雰囲気を見に来た」と話すのは、立ち飲み屋でグラスを傾ける諫早市の男性(47)と妻(50)。想像以上の街のにぎわいに驚き、「ちょっとは福岡並みになった」と笑う。「今、長崎から出て行く人多いじゃないですか。でもやっぱり長崎県はいいところ。新幹線開業で人が戻るきっかけになれば」と話す妻。「酔ったから少し褒め過ぎたかな。でも期待してます」。新幹線のある明日に希望をつないだ。

(熊本陽平、六倉大輔、三代直矢、牧夕莉子、柴﨑優衣、下釜智、荒木竜樹、岩佐誠太、酒井環、田下寛明、副島宏城、山口栄治、中島崇雄、北里友佳)


© 株式会社長崎新聞社