ジャズ・ピアニスト=桑原あいが語る、新作『MAKING US ALIVE』の魅力

桑原あい 新作『MAKING US ALIVE』インタビュー 「今こそいちばん私を近くで支えてくれている2人とアルバムを作るべきだと」

取材・文:原田和典
写真:北岡稔章, 垂水佳菜
____

今こそ、このユニット単独のアルバムを――。

ピアニストとして、作編曲家として八面六臂の活動を続ける桑原あいが最新作『MAKING US ALIVE』を発表した。デビュー10周年記念でもあるこの作品は、ジャズ活動の中心である鳥越啓介(ベース)~千住宗臣(ドラムス)との“桑原あい ザ・プロジェクト”による待望のレコーディング。レギュラー・ユニットが最も生き生きする“ライヴ”という場で捉えられた全10トラックが厳選のうえ、アルバムを満たす。

10周年ということで、「特別企画がいいのかな」、「ゲストやヴォーカルを呼んでいろんな編成をやってみようかな」とも考えましたが、そうしたアイデアが出つくした時に、「全部、腑に落ちないな」と思ったんです。そもそも私はピアノ・トリオがやりたくてジャズ・ピアノの世界に飛び込んだわけだし、今こそいちばん私を近くで支えてくれている2人とアルバムを作るべき時だと思いました。

鳥越啓介さん、千住宗臣さんとのトリオを始めて5年くらい経ちますが、私には、このメンバーでのスタジオ録音は考えられないんです。ブースに入ったり、敷居があるところで演奏するのではなくて、もっと環境ごと巻き込める状況のほうが面白いことができる。お客さんのエネルギーをもらう方向で演奏したほうが良いものが録れるということで、3人がいちばん爆発しやすい環境にするために、今回はレコーディングを前提としたツアーを組みました。声を出せない状況でも、「オーディエンスの反応はものすごく大切だ」ということを、ミュージシャンとして本当に思い知らされましたね。

3人が集まったのは約1年ぶり、コロナ禍以降初めてのことだった。特に「久しぶり感」はなかったとのことだが、演奏にとりかかると、あまりの新鮮さに驚きっぱなしだったという。

このトリオには“あー、このぐらいだよね”という安心感がないのが面白い(笑)。レギュラー・グループには、いい意味で甘えられちゃうところがあるはずなのに。でもこの3人は、同じ曲をやっても違う視点が浮かび上がってくる。しばらく会ってなかった期間の、それぞれの人生も反映されているんだろうなと私は思っています。いろんな活動で得たものが、曲をまた新しくしていくんです。

元“phat”の鳥越、ボアダムスでも演奏した千住。ひとくせある顔触れとの、“ザ・プロジェクト”結成のきっかけについても尋ねてみた。

私がそれぞれにオファーしました。鳥越さんの演奏に初めて感銘を受けたのは、中学生の時に見に行ったオースティン・ペラルタのステージ(2006年「東京JAZZ」)です。オースティンのピアノもロナルド・ブルーナーJr.のドラムもとんでもなく爆発している中で鳥越さんがグルーヴを途絶えさせず、素晴らしい演奏をしていました。

いつかプロになってお話をしたいと思っていたら、7年ほど前に元Fried PrideのShihoさんのバンドで初めて一緒に演奏することができて、その後、トリオへの参加をお願いしました。ピッチが素晴らしくて、ご本人もそこにめちゃくちゃこだわりを持っていらっしゃる。私のグルーヴがちょっと重くなった時も、ちゃんと立て直してくれますし、本当に頼りっぱなしですね。

千住さんは、菊地成孔さんのDC/PRGで知りました。「この人のグルーヴで私は踊ってみたい」と思って、声をかけさせていただいたんです。最初の頃は「俺はジャズを叩けないし、ピアノ・トリオもよく聴いたことがない」と言ってたのですが、とてもナチュラルな演奏で、音の幅もとんでもないんです。

桑原あいのトリオといえば、ウィル・リー(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)との顔合わせも話題を集めた。ひとつ前のライヴ盤『Live at Blue Note Tokyo』は、このメンバーによるものだ。

ウィルとスティーヴはアメリカン・ポップスをずっとやっていらっしゃった方でもありますし、本当に「一番きれいな流れで行こう」とか「この曲はどういう風に持っていったらいいか」という話し合いをきっちりしてからライヴに臨みます。

鳥越さんと千住さんとのトリオは一応構成とか譜面もありますが、例えば譜面に「静かに」と書いてあっても本当に静かになるかどうかはその時までわからない。勢いで「このままいくぞ」という時もあるし、その点では、2つのトリオは対照的です。でもどちらも私の大好きなトリオで、どちらも私自身。まったく矛盾はありません。

『MAKING US ALIVE』には自身のオリジナル曲やデューク・エリントンのジャズ・ナンバーに加え、「サイコ・キラー」(原曲:トーキング・ヘッズ)、「青春の光と影」(原曲:ジョニ・ミッチェル)、「シーズ・ア・レインボー」(原曲:ザ・ローリング・ストーンズ)などロック〜ポップス系の楽曲も収録。桑原のアレンジ・センスと3人の個性が炸裂した演奏が、各ナンバーをしっかりと“ザ・プロジェクトの持ち曲”として成立させている。

ただ単にヴォーカルのメロディを楽器におきかえているような“歌のないポップス”は嫌いです。どんな曲でも私がカヴァーするときは、その原曲を聴いて、他のミュージシャンのカヴァーも可能な限り聴いて、歌詞がついているものは歌詞をしっかり理解したうえでアレンジしていきます。原曲の世界観を引き立たせることができないなら、最初から取り上げない方がいい。

「サイコ・キラー」については15種ぐらい、アレンジを書いて、書き直して。ツアーが始まる前は、正直、できないかもと思ったほどです。「青春の光と影」に関しても、歌詞の意味が“ああ、なるほど”と理解できたのは、実はビルボードライブ大阪のリハーサル直後です。

発声禁止の状況が続く中での収録だったので、声援も指笛も聴こえてこない。だが、心持ちボリュームを上げて聴けば、身を乗り出して聴き入るオーディエンスの気配も感じられてくることだろう。

コロナになってから、ライヴ離れをしたままの方が、まだけっこういらっしゃるような気がします。『MAKING US ALIVE』を聴いて、“やっぱりライヴっていいよね、行きたいよね”と思ってくれたら嬉しいですね。このアルバムが、皆さんとライヴの懸け橋になってくれたらと思います。

【リリース情報】

桑原あい ザ・プロジェクト
『MAKING US ALIVE』
2022年9月28日(水)発売
SHM-CD:UCCJ-2211 ¥3,300 (tax in)
デジタル配信&CD購入はこちら→https://Ai-Kuwabara.lnk.to/MAKINGUSALIVE

© ユニバーサル ミュージック合同会社