東大が「メタバース工学部」を開設 授業や研究、東大生以外に開放!中高生向けは無料も 目玉は「AI講座」 

メタバースに再現された東大安田講堂(東京大提供)

 東京大学はインターネット上の仮想空間「メタバース」を活用し、中高生や社会人にデジタル技術や起業家精神を教える「メタバース工学部」を開設した。人工知能(AI)などを活用するデジタルトランスフォーメーション(DX)人材の育成を掲げ、10万人以上の受講者獲得を目指している。「多様な価値観で互いに教え合う学びの場が重要だ」と語る東大工学部長の染谷隆夫教授が込めた思いとは。(共同通信=須田浄)

東京大工学部長の染谷隆夫教授=9月22日

 ▽プログラミングの基礎講座、東大生向け授業の無料配信も計画
 メタバース工学部の開講式を翌日に控えた9月22日、東京都文京区の東大工学部を訪れ、染谷教授に取材した。染谷教授は「これまで東大の授業や研究は99%、東大生だけ利用可能だった。これは場所の制約が大きかったためで、制約のない仮想空間に皆で引っ越せば、もっと多くの人が学べる」と話し、「授業や研究を東大生以外に開放したい」との発想がメタバース工学部の誕生につながったと説明してくれた。
 メタバース工学部は学ぶ人の居住地や年齢を問わない新しい教育空間だ。中高生と保護者を対象とした講義は無料公開し、社会人には修了証を交付する教育プログラムを提供する。講義は10月から本格的に始まり、東大工学部のサイトで募集している。
 講座数は約20。目玉講義の一つは「AI講座」だ。ビッグデータを活用して社会や企業の課題を解決するデータサイエンティストを養成する。他にも「メタバースを作ろう」「スマホで脈波を測ろう」など、教授と受講者が意見を交わすことができるインタラクティブ(双方向)の講義が多数ある。プログラミングの基礎講座もある。東大生向けの授業を無料でライブ配信することも計画している。

メタバース工学部の開講式であいさつする唐鳳(オードリー・タン)氏=9月23日

 開講式は9月23日、メタバース内に再現した東大安田講堂で実施。受講生や来賓が自分の分身となるキャラクター「アバター」で参加した。参加した一人、台湾の行政院(内閣)でIT政策を担当する唐鳳(オードリー・タン)氏は、中学を中退しインターネットで独学した自らの経験を語って、さまざまな異なる意見を結びつけてグローバルな視点を発達させる重要性を説いた。「力を合わせれば、より良い未来につながるでしょう」と激励した。

 染谷教授が工学部長に就任したのは2020年4月。新型コロナウイルスによって社会に深刻な影響が広がった時期だった。直後に60社以上の企業を訪問し、企業が抱える課題を尋ねた。企業の幹部は異口同音に「DXを推進する人材の不足」と「女性社員のさらなる活躍と多様性(ダイバーシティー)の推進」を訴えた。染谷教授は「データを活用できる人材が桁違いに不足しており、欧米よりかなり遅れている」と痛感した。

東京大メタバース工学部で行われる講義のイメージ(東京大バーチャルリアリティ教育研究センター提供)

 ▽就職後の働き方とキャリアの情報を発信し起業家精神も伝授
 さらに染谷教授は約20の女子中学校や女子高校を訪問し、生徒が理工系の進路にどのようなイメージを抱いているか耳を傾けた。「女子中高生は出産や育児などで仕事を一時的に離れても復帰しやすいキャリアに関心が高い」と感じた。
 東大工学部の女子学生の割合は約12%と圧倒的に少ない(2022年5月現在)。21年度の文部科学省の調査によると、全国の女子学生のうち理工系専攻は7%に過ぎない。
 染谷教授は「価値観やライフスタイルが多様化している中、『これが正解だ』というものはない。複雑化した社会の課題を解決するためには多様性が大切だ」と考えた。メタバース工学部では大学教育だけでなく、就職後の多彩な働き方とキャリアを紹介する情報を発信する予定だ。「工学部は工場のイメージが強いかもしれないが、情報や金融の世界も広がっていることを知ってほしい」

メタバースに再現された東京大の赤門(東京大提供)

 起業家精神も伝える。東大から起業したスタートアップ企業は毎年約40社。累計約480社が誕生し、うち25社は株式上場した。トップ5社の時価総額は21年1月時点で約1兆5千億円になる。
 「昔は大企業の社長にならなければかなえられなかったような大きな夢が、デジタルを活用しアイデアに共感を得られれば、若くして達成できるようになった」。メタバース工学部はデータや技術の活用方法に加え、資金調達などの財務運営も支える考えだ。
 未来の大学の在り方についてはどう考えているのだろうか。「これからの学びは多様な価値観のすり合わせが大切だ。ある領域では専門家でも、別の領域では違う。『あなた学ぶ人、私教える人』という関係ではなく、お互いに教え、お互いに学ぶ関係が重要だ」と染谷教授は語る。
 「教育の質を高めるには、多様な価値観や多くの知恵が入ってきた方がいい。異なる意見が入ることで、新しいものが生まれやすくなる。東大は新しいものを生み出す知の泉の中心地であり続けたい」。メタバース工学部に懸ける熱意の大きさが伝わった。
 ※「メタバース工学部」の公式サイト
 https://www.meta-school.t.u-tokyo.ac.jp/

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