「時給222円」を変えたい 障害者が国会図書館をデジタル化 品質に合格点「彼らの力なしでは成り立たない」

国会図書館の資料をスキャンする吉田勇一さん=9月1日、東京都東村山市の「コロニー東村山」

 国内で発行される全ての出版物が集められる国立国会図書館(東京都千代田区)が、蔵書のデジタル化を進めている。本や雑誌・新聞のほか地図やCD、DVDもあり、所蔵資料は4600万点を超える。だが、そのうちデジタル化されているのは今年3月現在、6%。古い資料を中心に約281万点にとどまる。
 その国会図書館のデジタル化の一部を障害のある人たちが担っているという。なぜなのか。背景を聞いてみると、障害者が働いて得られる賃金が驚くほど低いという事情があった。現場を訪ねてみた。(共同通信=市川亨)

 ▽「未来に残る仕事」
 東京都東村山市にある工場のような建物。中にある一室のドアを開けると、黒い布で仕切られた暗室が並ぶ。そこには、ちょっと変わったスキャナーとパソコン。本を広げて黙々と作業する人たちがいた。

国会図書館の蔵書デジタル化を請け負っている障害者作業所の一つ「コロニー東村山」=9月1日、東京都東村山市

 ここは障害者が通って働く作業所「コロニー東村山」。スキャンをしている人たちも障害者だ。そのうちの一人、吉田勇一さん(54)は脚に障害がある。以前はアニメ関係の仕事をしていたという吉田さん。「そのときの作業と似ていて、黙々とやるこういう仕事は好きなんです」
 スキャナーの上に置かれているのは、国会図書館から届いた本だ。吉田さんらの作業を見ていると「おや?」と、通常のスキャンと違うことに気付く。本を上向きに置いているのだ。普通のスキャナーは下向きに置くもの。上に置いてどうやって読み込むのか。

スキャン作業は、黒い布で囲われた暗室で行う。本は上向きに置き、頭上にあるレンズで読み取る=9月1日、東京都東村山市の「コロニー東村山」

  「上にカメラが取り付けられていて、それで撮影するんです」。案内役の職員が説明してくれた。確かに視線を上げると、機体の上部に一眼レフのようなレンズが見える。本を開いて台の上に置き、ガラス板でそっと押さえて、ボタンを押すと撮影される。
 下向きに置いて、上からぐっと強く押さえたら、本のとじ込み部分が壊れてしまうかもしれない。何しろ、国会図書館が所蔵する貴重な資料だ。そのため特殊なスキャナーを使っている。
 とじ込み部分が黒く写らないよう、台の中央部に可動式の段差がある海外製のスキャナーは1台約800万円もするという。
 作業は細心の注意が求められる。吉田さんは「古いわら半紙のような本もあって、破けやすいので気を付けて扱っています」。 
 暗室で行うのも、余計な光が入らないようにするためだ。ほこりが画像に入ってはいけないので、ガラス板を時折ほこり取りで拭き、一枚一枚ページをめくってスキャンする。もちろん曲がってはいけない。「余白は画像全体の10%以内」といった細かいルールもある。
 吉田さんは1日8時間近くこの作業に取り組む。根気が要るが、「大事な本を未来に残す仕事。誇らしく感じる」と話す。

片腕が不自由でも操作しやすいよう工夫が施されたアプリケーションで画像データを入力する「コロニー東村山」の男性利用者=9月1日、東京都東村山市

 ▽いろんな人が活躍できる
 スキャンの作業には、知的障害を含む障害者約10人が携わっている。それ以外にも、工程管理システムはITが得意な車いすの人や精神障害者が開発。障害に合わせて例えば片手だけでもデータを入力しやすいよう、アプリケーションに工夫を施したりもしている。

  「コロニー東村山」の高橋宏和副所長は「彼らの力がなければ事業は成り立たない。一般企業に負けない質の高い仕事をして、『障害者だからこんなものだろう』と言われないようにしたい」と意気込む。21年度に先行実施した分について、国会図書館は「品質基準を満たし、納期までに作業を完了して頂いた。仕上がりは適切」と合格点を与えている。
 「デジタル化」と言っても、実はアナログな仕事もある。例えばスキャン作業ではほこりが天敵なので、頻繁な清掃が欠かせない。そこでも障害者が働く。
 就労支援員の吉岡由美さんはこの事業に思わぬ効果を感じている。「いろんな人が活躍できる仕事があって、職員を含めみんなで一つの事業に取り組んでいるという一体感ができた」

国会図書館の蔵書デジタル化作業の流れ(日本財団提供)

 ▽個人がネットで閲覧できるように
 国会図書館のデジタル化業務はこれまで大手印刷会社などが受注していたが、障害者就労を進める日本財団が2021年度に参入。作業に共通性がある印刷業を元々手がけていた障害福祉事業所を中心に業務を委託している。
 日本財団が約7億5千万円を助成し、スキャナーや耐火保管庫、IT機器などを整備。22年度は宮城、山形、東京、福岡、熊本にある8カ所の作業所で延べ500人ほどの障害者が約3万冊のデジタル化を進めている。

国会図書館の蔵書デジタル化を日本財団から受注している8カ所の事業者(日本財団提供)

 国会図書館は21年にデジタル化に関する計画を立て、本については5年間で100万冊以上の実施を目指す。今年5月には、デジタル化した資料のうち、絶版などで入手が難しい150万点余りをインターネットで個人向けに提供する事業をスタート。
 利用者登録をすれば、自分のパソコンやタブレット端末で閲覧できる。当面は閲覧だけだが、来年1月には不正コピー対策を講じた上で印刷もできるようにする予定だ。
 新型コロナウイルスの感染拡大で多くの図書館が一時休館を余儀なくされ、来館せずに資料を利用したいとの声を受けて昨年、改正著作権法が成立。著作権保護の期間内の出版物も個人向けの提供が可能となった。国会図書館は今後、提供資料を徐々に増やしていきたい考えだ。

 

国会図書館から届いた資料を保管庫で見る職員=9月1日、東京都東村山市の「コロニー東村山」

 ▽生活保護、一般の4・6倍
 日本財団が国会図書館のデジタル化に手を挙げたのは、そうした社会的意義のほかにも理由がある。
 障害者が働いて得られる賃金の少なさだ。障害者の作業所のうち、最低賃金が適用されない福祉的なタイプの所では、労働の対価として支払われる「工賃」は、全国平均で月約1万6千円にとどまる(20年度)。時給に換算すると、わずか222円だ。
 厚生労働省の調査では、国の障害年金を受け取っている人のうち、生活保護を受給している人の割合は全人口に比べ4・6倍に上る。例えば障害基礎年金の2級と平均工賃では、月の収入は合計でも8万円余りにしかならない。障害ゆえに貧困を余儀なくされる人が多くいることが浮かぶ。
 国会図書館のデジタル化は、障害者の作業所としては異例の大口事業で、従事する人の工賃は平均の3倍強となる月約5万円。日本財団の担当者は「障害者の生活水準向上につなげたい」と話していて、23年度以降も事業を受注したい考えだ。

© 一般社団法人共同通信社