“特別史跡への道” 出島・国史跡指定100年 『念願』 鍵を握る総括報告書 外部専門家は一定評価

表門橋を挟んだ対岸の江戸町側から望んだ出島。国史跡指定から100年を迎える=長崎市

 長崎市の出島(史跡名・出島和蘭商館跡)は、1922(大正11)年10月12日の国史跡指定から100年を迎える。国は全国1800件以上ある国史跡のうち、学術的価値が特に高いものを特別史跡(63件)に指定しているが、出島は未指定。出島の特別史跡化を目指す市は本年度、学術的価値をまとめて国の判断材料にするための「総括報告書」の作成に着手した。戦後の復元整備と発掘の歩みを経て、念願の特別史跡指定への道が見え始めた。
 出島は江戸時代初期の1636年、長崎湾に築造された人工島。41年にオランダ商館が平戸から移転して以来、幕末の1859年の同商館廃止まで218年間、国内唯一の西洋との貿易窓口だった。その特異な歴史から、1919年施行の史蹟名勝天然紀念物保存法に基づき22年、国史跡指定。戦後、同法などが統合された文化財保護法(50年施行)に基づく国史跡として、今日に受け継がれている。
 扇形の特徴的な形状、長崎の歴史を象徴する存在感。教科書にも登場し、県内の史跡として有数の知名度の高さを誇る出島。だが意外にも、特別史跡への格上げはこれまで実現していなかった。
 市は戦後の51年に出島の復元整備事業に着手し、出島があった敷地内の公有地整備、民有地の公有化を推進。96年の復元整備計画策定から、3期計16棟に及ぶ復元建造物の建設を経て2017年の出島表門橋開通まで、現地の発掘や工事が続いていた。
 総括報告書の作成は、これまでの調査成果を網羅して、現時点での出島の学術的な価値付けを総合的に行い、今後の方向性まで明らかにする大がかりな作業となる。市出島復元整備室の山口美由紀専門官・学芸員は「復元整備中は発掘が続き、総括報告書をまとめる暇がなかったが、出島表門橋の開通により一定のめどが付いた」と振り返る。
 “機が熟した”ことで20年度、専門家や地元代表でつくる市出島史跡整備審議会に、総括報告書作成小委員会(委員長・下川達彌活水女子大特別教授、3人)が発足。小委は21年度に総括報告書の編集方針を検討。2分冊各300~350ページにわたる目次案をまとめた。これに基づき市は本年度予算に同報告書の作成費用を計上。今後5年前後をかけて完成させ、26年度以降に特別史跡への格上げを実現させる道筋を描く。
 「出島の価値は特別史跡級とする外部専門家の評価は一定ある。後は総括報告書のまとめを、しっかりとやることが必要」。山口さんは表情を引き締める。

◎特別史跡とは

 文化財保護法で指定された国史跡の中で、特に歴史上、学術上の価値が高いとして文部科学相が指定した史跡。自治体と国が連携して総合的な調査を行った上で、文化審議会への諮問、答申を経て指定される。全国63件のうち、県内に所在するのは金田城跡(対馬市)と原の辻遺跡(壱岐市)の2件。


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