ギャンブル依存症がはまる「脳がしびれる臨死体験」 バカラにのめりこんだ元大王製紙会長に聞いた、その感覚と日本版カジノの行方 パチンコと何が違う?

井川意高さん=9月22日、東京都渋谷区

 日本で初となる「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」の整備計画を認めるかどうか、国が近く判断を示す見通しだ。計画を申請しているのは大阪府・大阪市と長崎県の2地域。ただ、ギャンブル依存症になる人が増えるとして反対の声も根強くある。大王製紙元会長の井川意高さん(58)は海外のカジノにのめり込み、100億円以上を失った。カジノの実情をよく知る井川さんに、パチンコや競馬など既存施設との違いや日本版IRへの見解を聞いた。(共同通信=三村泰揮)

 ▽「脳がしびれる」体験、出所後もカジノに
 井川さんは大王製紙の創業家の3代目として生まれた。東京大法学部を卒業後、1987年に同社に入社。社長や会長だった2010~11年、マカオやシンガポールのカジノで負けてつくった借金を返済するため、計106億8千万円を関連会社から借り入れた。11年9月に発覚し、2カ月後の11月に会社法の特別背任容疑で東京地検特捜部に逮捕された。懲役4年の実刑判決が確定し、16年12月に刑務所を出所した。関連会社から借り入れた金は全額返済したという。

米ラスベガスのカジノのルーレットゲーム(ロイター=共同)

 逮捕直前に「ギャンブル依存症」と診断された井川さん。自分の性格をこう語る。
「戸締まりをしたかどうか不安になって家に帰って全部の鍵を確認したくなるなど、強迫観念気味。興味を持ったことも、てっぺんまで突き詰めないと落ち着かない」
 会社経営の傍ら、カジノでは主に「バカラ」と呼ばれるトランプゲームに興じた。バカラのルールは、簡単に言えば「プレーヤー」と「バンカー」の二つの選択肢のうち一つを選び、当たったら賭け金が2倍になり、外れたら0になる。勝敗の可能性は半々でほぼ運任せ。数十秒で終わるため短時間で大金を得ることも、失うこともある。
 

大王製紙社長当時の井川意高さん=2008年

 井川さんにとってバカラは、パチンコなど他のギャンブルとは全く異なるものだった。「パチンコは勝っても負けても時間の無駄遣いをしたという感覚で、楽しくないわけじゃないけど、しびれるわけじゃない」。一方、海外のカジノではギャンブルの本質により迫る感覚を味わった。「究極のギャンブルは(2択の)コイントスに命をかけること。丁半ばくちもバカラもそれに近い。命をかけて、助かった、死なずに済んだという臨死体験を金で疑似的にするのが依存症の人間のギャンブルだ」
 井川さんは、賭博に関して印象に残っている昔の作家の言葉として「ギャンブルは、絶対使っちゃいけない金に手を付けてからが本当の勝負だ」を挙げ、それを地で行った。「この勝負に負けたら、また関連会社から金を引っ張らないといけない。そんなギリギリの状態で次の勝負から大勝ちしてある程度負けを取り戻せることができたら、『帰りの日本行きの飛行機の時間までにここまで戻した』という気持ちで、脳がしびれた」
 出所後、2018年に韓国、19年にはシンガポールで再びカジノに挑み、用意した元金の計7千万円を使い果たした。シンガポールでは1カ月間、十分な睡眠も食事もとらず、ずっとバカラを続けた結果、とうとう飽きがきたという。
そのため日本で将来、IRが開業したら行くかどうかを尋ねると「行きたいとは思わない」と言い切った。

大阪府・市が誘致を進めるIRのイメージ(MGMリゾーツ・インターナショナル、オリックス提供)

 ▽規制がうるさい事業はするべきではない
 大阪府・大阪市と長崎県がそれぞれ国に提出したIRの「区域整備計画」によると、大阪府・市は米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナル日本法人とオリックスを中核株主とする事業者と組み、大阪市の人工島に整備。経済波及効果は近畿圏で年間約1兆1400億円を見込み、29年秋~冬の開業を予定する。長崎はカジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパンなどを事業者として佐世保市のリゾート施設「ハウステンボス」の敷地に造る。地域経済への波及効果は年間約3300億円を見込み、開業は27年度を予定する。いずれもカジノの他、宿泊施設や展示場を併設する。

長崎県が誘致を進めるIRの完成予想図(長崎県提供)

 井川さんはIR誘致に特に興味はなく「自分とは関係ないから、賛成でも反対でもない」という立場だが、外国資本による運営でも、メリットはあると指摘する。
「日本のお金が外国に流れるとして外資の運営に反対する声が多いが、日本に大金を先行投資して雇用も作って法人税も納めてくれる。経済的に見ればメリットの方が大きい」
 一方で不安な点もある。カジノ施設の秩序や安全の維持のために作られた政府の「カジノ管理委員会」のメンバーが、検察や警察官僚出身者に過度に偏っている点だ。「規制しようという姿勢が強く、経済の実態が分かっていない人が多い」とみる。
 また、IR整備法が事業認定の有効期限を最初は10年、その後は5年とし、その都度、更新手続きが必要な点も疑問に思っている。「まるで運転免許証の更新の考えで作ったみたいだ。事業規模から考えると、更新できないリスクが5年ごとに訪れるのは融資のハードルを上げるなど健全ではない。もともと経営者としての感覚として言うと、規制や許認可権がうるさい事業はするべきではない」

集会でカジノは不要と訴える市民団体=9月30日、国会内

 ▽「町中にパチンコ店、スーパーに行く感覚でギャンブル」
 IRに反対する市民団体は、計画の認定を阻止しようと、9月30日に国会内で集会を開き「日本のどこにもカジノはいらない」と訴えた。大阪でも反対運動が続いており、今夏には有効署名約19万筆を集めた市民団体が誘致の賛否を問う住民投票条例の制定を府に請求。吉村洋文知事が条例案を府議会に提出したが、否決された。
 井川さんは、こうしたカジノ反対の動きを冷ややかに見る。「(法律上はギャンブルではなく『遊技』となっている)パチンコ店が町中にあるのを外国人が見たらびっくりする。公営ギャンブルの競馬や競輪なども身分確認なく誰でも入れる。スーパーに行く感覚でギャンブルに行く国で依存症を心配するなら、既存の施設にも反対するべきではないか」

大阪IRの開業をにらみ、大阪市のカジノディーラー養成所で行われた授業=4月

 ▽成功の鍵握る日本と中国の富裕層の動向は
 IRを事業として回すためには、「ハイローラー」と呼ばれる大金を賭ける客を国内外から呼び寄せて売上を伸ばすのが重要とされる。だが、かつてハイローラーだった井川さんは、日本人のハイローラーには期待しない方がいいと忠告する。井川さんによると、カジノの賭場ではディーラーと客が組んだイカサマやマネーロンダリング(資金洗浄)を防ぐため、多くの監視カメラが死角のないように設置されている。ハイローラーが遊ぶVIPルームも同様で、監視カメラを通じて多くの従業員に顔を見られることになる。井川さんが知る日本のハイローラーには、一度に億単位の勝負をする有名実業家や芸能関係者、会社経営者がおり、井川さんのように「臨死体験」を求める人もいるという。「海外では顔を知られていないので安心して遊べるが、日本ではSNSを通じて遊びぶりが漏れる恐れがある。怖くて行けません」
 そうなると、ハイローラーの人数や使う金額が多いとされる隣国・中国の富裕層の呼び込みが重要となる。ただ、汚職撲滅を掲げる習近平国家主席は海外カジノを含めた規制強化を進めており、日本版IRにも影響を与えかねない状況だ。これまで汚職などで蓄えた財産をマカオのカジノで資金洗浄するのが主流とみられていたが、監視体制は強化されている。海外カジノでの資金洗浄や資金流出を防ぐため、カジノがある海外都市への渡航を制限する制度も打ち出している。
 「マカオも新型コロナウイルスが広まる前から売り上げが落ちていた。成功すると思うから事業をするんでしょうけど、中国人が狙った通り来てくれるのか。本国に帰った人へ貸し付けた賭け金の取り立てや、勝った場合の税金など解決すべき課題も多い」。井川さんは日本版IRの成功に懐疑的だ。

© 一般社団法人共同通信社