著名人の愛読書、山岡荘八版「徳川家康」に今こそ学ぶべき「平和を希求する生き方」 岡崎出身の78歳元会長も魅せられた大局観

徳川家康の生誕地・岡崎城

 徳川家康と言えば、狡猾な「たぬきおやじ」のイメージで語られることが多い。しかし作家の山岡荘八(1907~78)が手がけ、空前の「家康ブーム」をかつて巻き起こした長編歴史小説「徳川家康」は、平和を希求した理想家としての家康像をつくり上げたことで知られる。その家康像にこそ現代人は学ぶべきだと、家康の出身地、愛知県岡崎市の醸造会社元会長深田正義さん(78)が、ガイドブック「山岡荘八著 徳川家康を読む」を自費出版した。「目先のことへの対処で精いっぱいの現代だからこそ、大局観を持った家康の生き方に学ぶことがある」と話す。(共同通信=伊藤綜一郎)

山岡荘八の「徳川家康」のガイドブックを手にする深田正義さん=9月18日午後、愛知県岡崎市

 ▽平和への願い
 山岡の「徳川家康」は1950年から17年間にわたって北海道新聞や中日新聞などに連載され、単行本は全26巻にも及ぶ。家康の母・於大の方の縁談に始まり、竹千代(家康)の誕生、織田氏や今川氏の人質時代、三方ケ原での敗戦、長男・信康の死、豊臣秀吉への臣従、関ケ原の戦い、江戸開府、大坂の陣、大往生までを描いた。
 史実としてあまりにも有名な家康の生涯だが、山岡はその長大な作中で一貫して、「この世から戦乱をなくすためにはどうするべきか」という点で行動した人物として家康を描き切った。第2次世界大戦で従軍作家として特攻隊員を取材した経験が山岡にあったことから、平和への願いを家康に託して執筆したとされる。
 政財界などの著名人にも愛読され、今でも影響を受けた本として名を挙げる人は多い。1983年には滝田栄主演でNHK大河ドラマにもなった。

深田正義さんの醸造会社が手がけた酒「徳川家康」=9月18日午後、愛知県岡崎市

 ▽地域社会をつくる
 岡崎出身の深田さんにとっても、家康は郷土の英雄としてなじみ深い存在。自身の醸造会社では「三河武士」「徳川家康」など、家康にちなんだ銘柄の酒造りに関わった。節目では山岡の小説を読み、家康の生涯に触れた。常に念頭にあったのは、酒を通じて地域社会をどうつくるかということだという。
 「単なる趣味としての酒も、商売なら良い。でも人間同士をつなげるものとしての酒の役割こそ重要だ」。そうした思いから、市民が集う勉強会の代表を務めたり、酒蔵を改築して交流スペースを設けたりしてきた。困難を乗り越え、やはり太平の世という社会をつくり上げた家康とどこか重なり合う。

深田正義さんが酒蔵を改築して設けた交流スペース=9月18日午後、愛知県岡崎市

 ▽導入、まとめにも
 2011年に妻が亡くなり、月命日に読書しながらの一人旅を続けていたが、2020年からの新型コロナウイルス感染拡大で遠出を断念。コロナ禍で社会の在り方について思いをはせ、「今の自分にできることは何なのか」と考える時間ができた。その中で、江戸時代という平和で特異な社会の始祖である家康の存在が再び浮かび上がってきた。

酒蔵を改築した交流スペースの前に立つ深田正義さん=9月18日午後、愛知県岡崎市

 山岡の小説も「読み直す必要がある」と再読。家康の故郷の岡崎でも、その長さから全26巻を読破した人は決して多くない。ガイドブック制作を思い立ち、昨年5月に発行した。「これから読む人にとっての導入にも、読み終えた人が得た教訓をまとめるのにもぴったりだ」と自負し、地元の関係者に配布した。

 

深田正義さんが発行した、山岡荘八「徳川家康」のガイドブック

▽教訓ひもとく
 194ページのガイドブックは、巻ごとのあらすじ紹介にとどまらない。歴史の流れに逆らわないこと、質素でいること、学問で世を治めていくこと、何より平和の尊さ―。物語から得られる多くの教訓、キーワードを本文から拾い上げた。
 また、その巻にゆかりの地を深田さんが巡った際のエピソードを交えながら、各巻のタイトルに込められた思いも考察。例えば、桶狭間の戦いで今川義元が討たれた後の家康の動きを描いた第4巻「葦かびの巻」の項では、桶狭間の前哨戦の舞台となった大高城跡(名古屋市緑区)を訪ねた際のことを振り返りつつ、「葦かび(葦の新芽)」に若き家康を重ね合わせた山岡の思いを読み解いている。  「多くの人に、小説の家康の生涯に学んでほしい」

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