ソロシンガー氷室京介!BOØWYの幻影を断ち切った傑作アルバム「NEO FASCIO」  10月7日は氷室京介の誕生日!

BOØWYの幻影と戦いソロシンガーに転じた氷室京介

1988年7月21日、BOØWY解散後から約3ヶ月後という早いインターバルでファーストシングル「ANGEL」をリリースした氷室京介だったが、その後構築されていく世界観はBOØWYのパブリックイメージを完全に葬り去るための戦いだったように思う。

ソロシンガーに転じ、セカンドアルバム「NEO FASCIO」以降、リリックに関して、その大部分を他者に委ねるようになった。このアルバムでも全11曲中、3曲のみに関わりを持ち、残りの楽曲は作詞家 松井五郎に依頼。サウンドクリエイト、そしてシンガーとしての在り方に重きを置き、自らの音楽性を模索するようになる。

社会情勢を予見したかのような傑作アルバム「NEO FASCIO」

1989年9月27日にリリースされた『NEO FASCIO』はベルリンの壁崩壊や湾岸戦争といった揺れ動く世界情勢を予見したかのようなコンセプトアルバムであり、自身がリリックで語らずとも、サウンド、ヴィジュアルが織りなすトータルイメージは来るべき90年代に向けて、世紀末的な感性を先取りした傑作アルバムとなった。

タイトル通り、アルバム全編でファシストを演じた氷室。これを見事に演出するような複雑なリズムとダークな世界観は、鮮やかな彩りを感じられるファーストアルバム『FLOWERS for ALGERNON』とは大きく乖離していた。サウンドプロデュースを担い、ミュージシャンとしても全面参加した佐久間正英にしてみても、BOØWY時代とは全く異なった世界観を構築しようとする氷室の意気込みを感じ取ったことだろう。

佐久間は、このアルバムの準備段階で氷室が作成したデモテープについて

「そのまま出しても作品として通用するレベルだった」

―― と後述している。これまで数多の楽曲のリリックを担った自身が身を引き、サウンドクリエイターに特化して自らの世界観を構築させるという戦いであったと思う。

しかし、作詞家としての氷室京介は抜きん出た才能があったと思う。それをあえて振り切ったというのもBOØWYの幻影とどのように戦っていくか… という決意表明であったようにも思う。

作詞家・氷室京介がBOØWY時代に遺したリリックの世界観とは

BOØWY時代、氷室京介は極めてドメスティックな日本語のロックのフォーマットを正しく継承したシンガーだった。この存在感が大衆に指示されていったわけだが、これに欠くことが出来なかったのが多くの楽曲の中で氷室が手がけているリリックの世界観だと思う。

ヤンキーテイストと称されることの多い、BOØWYのリリックだが、ここで描かれる世界観は、より多くのリスナーに向けて、佐久間正英をプロデュースに迎え満を持してリリースされたサードアルバム『BOØWY』以前からさほど変わっていない。“氷室ワールド” がBOØWYの下地であるとも言える。

サードアルバム「BOØWY」に収録されている「唇にジェラシー」では、

 笑いながら “サヨナラ” なんて言えるのか
 ハスッパな夢に気絶しそうな程
 恋によく似たFeeling 真夏にジェラシー

―― と歌う。“ハスッパ”(蓮っ葉)とは、身持ちが軽く、品性が乏しい女性の蔑称だが、このアルバムがリリースされた85年当時もあまり使われない言葉だったと思うが、このワードを敢えて選び、“夢” を掛け合わせることで、極めて刹那的で儚い印象を生み出す感性は唯一無二だった。モノローグなのか、誰かに話しかけているかわからないような孤独と敗北感を感じ取ることができる。

この感触はBOØWYのラストシングルでもある「季節が君だけを変える」でも同様の印象を与える。

 季節が君だけを変える
 馬鹿だネ マヌケなピエロ
 季節が君だけを変える
 ただ一人立ちつくすだけ

自分に言い聞かせるようなこの「馬鹿だネ」の “ネ” の部分に感じられる寂しさが圧倒的な “氷室ワールド” だった思う。音楽的に更なる高みを望み、ポップかつキャッチーに変貌していくが、この世界観は最後まで変わることなく貫き通したのだ。

BOØWYで描かれていたリリックの世界観は極めて個人的な物語であり、それは氷室の私小説と言っても過言ではないだろう。

BOØWYは孤独を抱えながら、日本で最も多い動員数を誇るロックバンドへと昇り詰めていったのだ。そして、ソロ活動以降、氷室京介は、この世界観を封印してさらなるフェーズに移行していった。BOØWYを断ち切り、ここで描かれていた私小説は、職業作家にリリックを委ねることで広い視野を持った壮大な物語へと変わっていった。

氷室京介は、このセカンドアルバム『NEO FASCIO』で改めてソロシンガーとして未見ぬ広い海原へ舵を切っていった。本当の意味で自由になり、改めて頂点を目指していったのではないだろうか。

カタリベ: 本田隆

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