7兆円の価値が一週間で失われる歴史的事件。CEOは国際指名手配…暗号資産プロジェクト、テラ崩壊の理由とは?

今年5月に暗号資産市場では7兆円規模の価値が一瞬にして失われる事件が起こりました。その引き金となった暗号資産プロジェクト、テラ(Terra)について、各国当局が捜査を進めるなかでCEOら中心人物の行方がわからなくなっていましたが、ついに国際刑事警察機構(ICPO)が国際指名手配書を発行しました。テラの本拠であった韓国では彼らに対し逮捕状も出ています。

テラは独自の暗号資産ルナ(LUNA)と、それによって米ドルとの価値の連動を目指すステーブルコイン、テラUSD(UST)を発行し、合わせて高利回りのレンディングサービス(保有している仮想通貨を取引所に貸し出し、利子を得られるサービス)を提供することで人気を集めていました。ところが、今年に入ってから金融市場全体が金融引き締めによって下げに転じるなか、LUNAの暴落とともにUSTの仕組みが崩壊してしまいました。

テラ崩壊の事件が起きてから各国ではステーブルコインに関する議論が盛んに行われています。今回はテラ崩壊の理由を振り返りながらステーブルコインの基本についてお伝えし、各国議論を踏まえてステーブルコインの今後の見通しについても考えていきます。


ステーブルコインの基本とテラ崩壊の理由

ステーブルコインは法定通貨やコモディティなどの資産価値と連動することでボラティリティ(価格変動)を抑えた暗号資産です。法定通貨や暗号資産を裏付け資産に発行される「担保型」と裏付け資産なしに発行される「無担保型」で大きく別れています。今では米ドルの価値に連動する担保型ステーブルコインが主流で、テザー発行のテザーUSD(USDT)とサークル発行のUSDコイン(USDC)がシェアの大半を占めています。

一方、テラ発行のUSTは米ドルの価値に連動する無担保型ステーブルコインです。テラは1米ドル相当のLUNAと1USTの交換を保証し、市場における裁定取引のなかでそれぞれの発行・焼却を行うことで1UST=1米ドルを維持することを目指しました。もう少し具体的にみていきましょう。

たとえば、1UST=0.8米ドルにマイナス乖離してしまったときには、市場で1USTを安く仕入れ、1米ドル相当のLUNAと交換することで、0.2米ドル分のLUNAを稼ぐことができます。このとき市場ではUSTの買いが強まると同時に、LUNAとの交換によってUSTの供給量が減るため、USTの価値が1UST=1米ドルに戻るように働きます。逆の場合も裁定取引によって同様にレートが戻ります。

このような仕組みはテラが好調でLUNAの価格も上がり続けているときは問題なく機能していました。USTはアンカー(Anchor)というレンディングサービスに預けることによって約20%もの利回りを得ることができ、その需要の大きさから一時はUSDTとUSDCに次ぐ規模にまで成長しました。

しかし、あらゆるリスク資産が売られるなかでLUNAが暴落すると、裁定が働かなくなり、LUNAもUSTも売りが売りを呼ぶ展開になりました。テラは万が一に備えて準備資産を用意していましたが、その資金で買い支えても下げ止まりませんでした。テラの信用が完全に失われたことによって数兆円規模の価値がわずか一週間のうちにほとんど失われるという歴史的な事件が起こるに至りました。

この事件はヘッジファンドが意図的に引き起こしたという陰謀説もあり、何が原因であったと一つにいうことは難しいですが、得られる教訓としては「信用のないものでは価値を保つことはできない」ということに尽きるのではないでしょうか。テラが発行するLUNAでUSTの価値を担保しても、テラの信用が失われれば全てが無になるという単純なことのようにも思います。

ステーブルコインの今後の見通し

ステーブルコインは今では暗号資産取引に欠かせないものになっています。日本の暗号資産取引所ではステーブルコインの取扱いがほとんどないため、実際にどのようにステーブルコインが使われているのかわからない人も多いでしょう。簡単にいくつかの用途を紹介します。

決済通貨

国内取引所で暗号資産を売買するときは日本円建てもしくはビットコイン建てとなっていますが、海外ではBTC/USDTのようにステーブルコイン建ての取引が一般的となっています。

逃避資産

市場のボラティリティが大きくなると投資家はビットコインやアルトコインからステーブルコインに資金を移すことによってリスクを回避します。

分散型金融(DeFi)

DeFiはブロックチェーン上の金融サービスとして提供されるため、法定通貨でそのまま取引することはできず、ステーブルコインが法定通貨に代わって安定した価値をもつものとして使われます。

国際送金

日本円や米ドルを銀行送金で海外に送る際には多大な手数料と時間がかかりますが、ステーブルコインの場合はどこ宛の送金であっても比較的安価かつ素早く送ることができます。

米ドルへのアクセス

特に新興国の人にとってはステーブルコインが銀行を介さずとも自国通貨を米ドルに交換できる手段として役立ちます。

このようにステーブルコインは様々な利便性を備えていますが、テラ事件を受けてステーブルコインが抱えるリスクも顕在化しました。今回はUSTの利用が暗号資産市場に留まっていたため金融市場への影響はほとんどありませんでしたが、一部では暗号資産関連企業の連鎖的な倒産も起きており、ステーブルコイン崩壊による将来的なシステミックリスク(特定の場所で発生した決済不能が広がっていき世の中に混乱を及ぼすリスク)が懸念されています。

こうしたリスクに備えて各国当局はステーブルコインの規制強化に動いています。

米国ではイエレン財務長官が早急にステーブルコイン規制を整備する必要があると発言し、年内を目標に法整備が進められています。発行体には銀行ライセンスと同水準の厳格な規制を敷くべきとの声がある一方で、それでは暗号資産のイノベーションを阻害してしまうとの声もあり、意見は別れています。

日本でも今年6月に担保型ステーブルコインの規制を初めて盛り込んだ改正資金決済法が成立しました。発行体は銀行や資金移動業者、信託会社に限定し、取引の仲介者に対しては登録制を課した上で、十分なAML/CFT対策を求める内容となりました。

欧州その他の国でもステーブルコインのルールが作られようとしています。USTのような無担保型については禁止するべきという厳しい意見もありますが、各国がどのような取り決めをするのかはこれから徐々に明らかになることでしょう。

このような規制の動きは暗号資産市場にとって短期的にネガティブに捉えられるかもしれません。しかし、取引所と同様に適切な規制が整備されることによって中長期的には市場のさらなる発展につながります。

© 株式会社マネーフォワード