名門相撲部OB、“指導”と称した異常な暴力 上下関係がエスカレート「熱したスプーンを腹に押しつけられた」

2022年9月8日、鳥取地裁での被告=イラスト画・堀内菜摘

 学生時代のいびつな上下関係は、社会人になっても続いていた。「熱したスプーンを腹に押しつけられた」。当時25歳の男性が警察に被害を訴え出たことで事件は発覚。相手は大学相撲部の先輩だった。“指導”と称した異常な暴力は約10カ月に及んでいた。封建的な徒弟制度に似た因習を今なお残す相撲界の、暗部の一端を示したともいえるこの事件。公判の一部始終をリポートする。(共同通信=勢理客貴也、稲本康平、堀内菜摘)

照ノ富士の横綱昇進を祝う横断幕の前で、喜ぶ鳥取城北高の相撲部員=2021年7月21日午前、鳥取市

 ▽高校横綱だった
 5月末、鳥取県警は県庁職員の男(29)を男性への傷害容疑で逮捕した。
 起訴状などによると、被告は昨年10月下旬、鳥取市内の男性宅で熱したスプーンを男性の腹部に押し当て、全治約4週間のやけどを負わせた。また12月下旬には、男性宅で顔に扇風機の電気コードを打ち付け、全治約3カ月のけがを負わせたとされる。
 被告と男性は、大関琴光喜や横綱照ノ富士ら大相撲の力士を多数輩出してきた強豪・鳥取城北高校出身。2人とも名門の日本大学に進んだ。
 男性と3学年上の被告は日大の相撲部で先輩後輩の関係になった。被告は全国高校総体相撲個人の部で優勝し、「高校横綱」に君臨。大学でも全国大会で優勝している。被害男性も高校総体に出場した実力者だった。
 就職先まで同じだった。2016年11月に被告は鳥取県スポーツ課に会計年度任用職員として採用され、男性も続いた。2人は、県を代表し国体などで好成績を残すことを目指す傍ら、母校で外部指導員として後進の育成に励んでいた。事件後、スポーツ課の職員は取材に、被告の印象を「週に1度ぐらいしか顔を合わせないのであまり知らないが、もの静かで、穏やかな人だと思う」と語っている。

 ▽度を超した暴力
 初公判は9月8日、鳥取地裁(多田裕一裁判官)で開かれた。半袖の白のワイシャツ姿で法廷に現れた被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
 検察側は冒頭陳述で、被害男性の聞き取りなどから事件当時の状況などを浮かび上がらせた。
 現場は男性が当時住んでいた、閑静な住宅街に建つ2階建てアパートの1室。一つ目の事件は仲間内の懇親会で起きた。炉端焼き器で焼き鳥などを作り、お酒も進んだ。泥酔して寝てしまった男性。朝、目が覚めてシャワーを浴びた時、腹部に激痛が走った。やけどをしていた。
 起きてきた被告に事情を尋ねると、「おまえが暴れるから、炉端焼き器で焼いたスプーンを当てた」と告げられた。その場の雰囲気を盛り上げようとの気持ちでやったという。全治4週間のけがだった。
 二つ目の事件も男性宅で起きた。酒を買いに行くよう指示された男性が後輩と帰宅すると、被告は「遅えだろ」と激高してビンタ。指導と称して、正座したまま扇風機を両手で頭上に掲げ続けるよう命令した。男性の体がふらつくと、「下ろすなよ。下ろしたら殺す!」と言い、扇風機の電気コードで体を殴ってきた。
 「おまえ、本当に使えないな」「なんでミスばっかり」と罵声を浴びせること20分間。扇風機の重さに耐えかねて腕が下がると、電気コードのプラグを顔面に打ち付けた。男性の歯は折れていた。
 それでも、暴行がエスカレートするのを恐れて、痛みを口にすることもできず、その後も飲食に付き合ったという。後日、病院で全治3カ月と診断された。

公判審理が行われた鳥取地裁

 ▽プライベートでも先輩優先
 公判に男性は出廷しなかったが、検察官が男性の供述調書を読み上げた。相撲部の延長上で厳しい上下関係を強いられ、プライベートでも被告を優先するよう求められたという。
 例えば、被告がプライベートのトレーニングで使用する衣服の洗濯や用意は男性の役割。「乾きが悪い」とか「においが悪い」などと文句を付けては殴ってきた。酒やタバコを買いに行かされた。飲み会は主に男性宅に設定され、宴の後始末もすべて押し付けられる。被告の“パシリ”として動くのに忙殺され、父親が会いたいと言ってきた日も、「どっちを優先するんだ。俺との約束があったよな」と迫られた。その日は被告の誕生日だった。
 昨年6月ごろからは日常的に暴行を受け、多い時は週に2~3回暴力をふるわれていた。男性は被告から(暴力について)口止めもされていたという。男性の父親が男性宅を訪問し、荒れた部屋の様子から異変に気付くまで、誰にも相談できずにいた。
 詳細な供述内容が読み上げられる間、弁護人の手前に座った被告は、うつむいて聞いていた。
 高校の相撲部顧問の調書も読み上げられた。「強豪校であり、暴力を肯定するつもりはないが、平手打ちぐらいの暴力は許容してしまっていた」と証言。被告については「生活態度をただし、仲間のミスが許せない。連帯責任でなんでもきちんとしないと気が済まない性格」と指摘した。被害男性は「おっとりした面があった」と述べ、被告とは関取と付き人のような関係に見えたという。

2022年9月8日、鳥取地裁で開かれた公判のイラスト(右上から時計回りに多田裁判官、検察官、被告、被告の母親、弁護人)

 ▽被告が学生時代に経験した、平手打ち許容の指導
 この日、情状証人として被告の母親が出廷した。被告は小さい頃はめそめそした性格で、中学生になって相撲を始めたころに精神的に強くなったと振り返った。
 大学1年の時、「もうこんなところにおれない」と布団に潜って泣きながら電話してきたことがあったという。相撲部や寮生活でしんどいことは理解したが、同じ境遇でもがんばっている仲間がいる、と言って励ました。
 洗濯物を丁寧に洗い、たたむようになった息子を見て、大学の寮で鍛えられているんだなと思ったという。
 母親は被害男性とはあいさつ程度の関わりしかなかったが、「穏やかな子」という印象だったという。2人の関係性を「仲が良く、(被告が)面倒見が良いと思っていた」と振り返った。夏には魚釣りや海辺でのバーベキュー、野球や相撲観戦にも一緒に行っていたらしい。
 母親は事件の原因について「(息子が)彼に関わりすぎた。大学時代の上下関係を引きずっていたのだと思う」との考えを述べた。
 被告は保釈後、県の任用職員を辞めた。今後の生活などの見通しを問われた母親は「何も考えられないが、本人から相撲を取ったら立ち直れなくなると思う」とおもんぱかった。

 ▽「ずっとそういうところで生きてきた」
 最後に証言台に立った被告。弁護側の質問に促され、日大時代に理不尽な暴力を先輩から受けたと明かした。時間を守れないことなどがあると正座を長時間強いられ、平手や拳で殴られたという。時にはタバコを投げつけられ、やけどを負った。1人がミスをすると連帯責任で、みんなが暴行を受けたという。
 こうした雰囲気に染まり、被告も同じような“指導”を後輩に繰り返してきたという。
 社会人になっても、被告の行動は変わらなかった。被害男性が社会人としてのマナーを注意しても改善されないと感じた時や、うそをつかれたと思った際に「かーっとなって手を出した」「仲間内の感覚でやりすぎた」という。
 常にほぼ一緒にいたという2人。職場では同じチームの仲間で、被告は上司から、男性の自己管理について「大丈夫か」といった指摘を受けていたという。指導の必要性がプレッシャーとなり、暴力の形で出たというのだろうか。男性に日常的に暴力を振るう一方で、食事に連れて行くなどフォローしており、よい関係は築けていると思い込んでいた。
 「大学時代(の上下関係)が染みついてしまっていた。その延長で指導が変わらなかった。ずっとそういうところで生きてきた。今思えば、言葉で注意するべきだった」と後悔を口にした。最後に、「暴行は駄目だと指導する立場なのに、生徒たちに合わせる顔がない。被害者とその家族、私に関わる全ての人に迷惑をかけた。反省して謝罪したい。もう相撲には関われないと思っている」と言葉を選びながら語った。

 ▽「反省を忘れることなく、真面目に生きたい」
 検察側は論告で「凶器を使用した危険な犯行で常習的な暴行のなかで行われており悪質」と指摘。動機が身勝手で、被害男性も示談に応じておらず厳重処罰を求めているとして、懲役3年6月を求刑した。一方、弁護側は「大学時代に厳しい上下関係を強いられ価値判断がまひしていた」と強調。男性側からの求めがあればいつでも弁済できるよう全財産の約80万円を供託金として法務局に預けているとして、執行猶予付き判決を求め、即日結審した。
 鳥取地裁で4日開かれた判決公判。裁判官に促される形で、被告は「被害者におわびして、反省を忘れることなく、真面目に生きたいと思います」と述べた。判決は懲役2年6月、執行猶予5年だった。

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