ひろゆきが火種に
何か変な形で、沖縄の反基地運動(とそれに対する批判)に注目が集まってしまっている。
2ちゃんねる創設者の「ひろゆき」こと西村博之氏が沖縄の辺野古を訪れ、「基地反対運動の現場を見に来たが、誰もいなかった!」という主旨で現場の写真をツイッターに投稿したのが発端だ。
基地反対の座り込み運動はタイムスケジュール制で、「24時間座り込んでいるわけではない」らしく、西村氏は運動家が不在の時間に訪れたようである。
これに対する意見は様々あるだろうが、「行ってみたけど誰もいねーじゃん(笑)」「結局そんなもんだよね」といった脊髄反射だけで終わらせるのではあまりに知恵がない。しかし、完全にイデオロギー闘争化してしまっている沖縄の基地問題を改めて知るのにどうしたらいいかわからない、という人も多かろうと思う。
そこで、今回はぜひ川名晋史編『世界の基地問題と沖縄』(明石書店)を紹介したい。
かねて沖縄の基地問題が話題になるたびに、気になっていたのは「横須賀や岩国など、他の在日米軍基地はどうなってるの?」「アメリカは世界各地に基地を持っているけど、韓国やオーストラリアの米軍基地と沖縄はそんなに違うのか?」などという比較の問題だ。そうした疑問の答えを探し出すための材料が、本書には詰まっている。
日本は世界一の「米軍」受け入れ国
まず序章で驚いてしまった。
アメリカは自国の世界戦略に基づき、世界の33カ国の国と地域に625の基地を置いている。「へぇ、あるとは思っていたが、そんなにあるのか」というのが驚きのポイントではない。驚くべきは、施設数、兵員数のトップが、ダントツで日本だということだ。
2位、3位の韓国・ドイツを大きく突き放しており、米軍基地が占める広さも、日本がトップ。個別の基地の広さでも、沖縄の嘉手納基地が世界のトップだ。その昔、「知ってるつもり!?」というテレビ番組が放送されていたが、まさに「知ってるつもり」の在日米軍について、こんな基本的なことすら知らなかったことにまずは気づかされる。
本書は「世界の米軍基地の70%を占める」日独韓以外にも、トルコ、スペイン、フィリピンや米領のグアムなど、米軍を受け入れている国(接受国)の個別の事例を詳しく解説しており、これまた発見が多い。例えば戦時作戦統制権返還などに関する一部の議論への知識から「何となくわかっていたつもり」の韓国の事例でさえ、なるほどそうだったのかと気づかされるのだ。
「アメリカに有利な内容になっている」と言われる日米地位協定だが、韓国はより自国に不利な協定を結んでおり、「せめて日本並みに」というのが今も韓国側の希望だという。
日増しに高まる中朝露の軍事的脅威
米軍はこれまで主に対北朝鮮を念頭に韓国に駐留してきたが、これからは対中国の観点からも、重要な拠点となる。韓国へのTHAAD配備が「対北朝鮮用である」という建前を中国が疑うのもそれゆえだ。在韓米軍の動向は、日本の安全保障にも多大な影響を及ぼす。
また、「沖縄に韓国の活動家が入り込んで、反基地運動をやっている!」という話は保守側ではよく聞かれ、確かに親北朝鮮的なスタンスの活動家によるものであるならば警戒は必要だ。
他方、相手の手法を逆手にとって、日韓の保守側が「米軍」や日米韓の連携を念頭に連携する、という発想も現実路線を取る保守だからこそ、持ちうるのではないだろうか。
もちろん日韓間に信頼関係が構築できなければ話もできないわけだが、現実として中朝露の軍事的圧力は日々、増している。安倍政権が2015年に行った「日韓慰安婦合意」も、中朝という脅威を前に安全保障上の必要性から日韓関係をリセットするものだった。
日独比較に大きな意味が
同じ「敗戦国」であるドイツの場合はどうか。欧州の冷戦後は米軍基地そのものが縮小へ向かい、最大30万人が駐在していた米軍の75%は撤退。そうした状況を追いかける形で、反基地運動や基地問題も環境問題以外は収束傾向にあるという。
基地における環境問題とは、沖縄でも問題になっている有機フッ素化合物を含む消火剤(AFFF)高濃度有機フッ素化合物(PFASs)などが基地から周囲に漏れ出し、環境を汚染しているという問題で、ドイツはNATO軍地位協定・補足協定で環境保護について明確な基準を設けたという。
日本でも2015年に日米地位協定において環境補足協定が制定されたが、ドイツのものとは違って「互恵的ではない」という。なぜそうなってしまうのか、日独を比較する意味は大きい。
ドイツでは2020年までの調査によると、若年層のうち62%が「米軍基地は自国の安全保障に重要でない」と回答したという。だがロシアによるウクライナ侵攻が現実のものとなった今、「重要である」とする回答が一気に増えるのかもしれない。
沖縄を「分断の地」にしてはならない
本書の「はしがき」で編者の川名氏が述べている通り、沖縄基地問題は容認派・反対派の二項対立となり、膠着・停滞状態にある。さらには「政争の地」となってしまったことで、フェイクニュースや陰謀論も飛び交う状況にある。
こうした混乱の影響は沖縄を含む日本全体を揺るがすだけではなく、東アジアの安全保障環境にも及びかねない。
中国の「分断工作」を懸念する筆者(梶原)の立場からすれば、日本国内で日本人同士が沖縄を巡って、議論の水準に達しない罵り合いやフェイクニュースに基づく独断等々を繰り広げることほど、中国にとって「狙い通り」の展開はないだろうと思われる。
「地政学的に沖縄に基地は必要だ」と思う側こそ、沖縄を「分断の地」として決定づけ、あまつさえ中国の側に押しやるべきではない。
クライブ・ハミルトンは『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社)でオーストラリアがアメリカの同盟国の中で最も「弱い環」であったがゆえに中国の浸透工作のターゲットになったと指摘している。日本で言えば沖縄が「弱い環」とみられていることは確実だ。
そして、それは「反基地運動によって政府への攻撃を企てている左翼」だけに責任があるのではない。
「あの門から先は〝日本〟ではない」
筆者は「日本の自立と存続」を重視する保守派(右派)を自認しているが、だからこそ初めて米軍基地を目の当たりにしたときの衝撃を今も覚えている。地元の人がつぶやいた「あの門から先は〝日本〟ではない」という言葉は、今も頭から離れない。
自国の安全保障に責任を負う大人である以上、「反基地運動の拠点に行ってみたけど誰もいませんでしたー!(笑)」と言った類の書き込みが、結果として誰を利するのかくらいは考えて発信すべきだろう。
まずは正しい知識から。
極めて冷静に、相対的に、正しい知識に基づく沖縄基地を捉えられる本書は、まさにうってつけの一冊と言える。