同姓同名タナカヒロカズさんだけで挑むギネス記録、頑張らずに「親のおかげで世界一」を達成できるか 「田中宏和運動」28年間の脱力エピソードと、意外に深いその哲学

リモートで対面したタナカヒロカズさん(田中宏和さん提供)

 同姓同名の田中宏和さん同士がゆるやかに交流する「田中宏和運動」という集まりがある。28年前の1994年、1人の会社員の思いつきから始まった運動は着実に拡大を続け、全国大会が10月29日に東京・渋谷で開かれることになった。目指すは、同姓同名の人が一カ所に集まるギネス世界記録164人の達成だ。
 大会はこれまでも2回開かれたが、ギネス世界記録には届かなかった。今回は過去2回を大きく上回る人数が既に参加の意向という。さらに、ギネスワールドレコーズ社の規定を踏まえ、「田中弘一」や「田中浩和」など、漢字は違うが読みは同じ「タナカヒロカズ」にも広く門戸を開く。三度目の正直で記録達成の期待が高まる。
 運動を始めた一般社団法人「田中宏和の会」代表理事の田中宏和さん(53)は「親に付けられた名前のおかげで、頑張らなくても世界一になる。そんな脱力した例を作ってみたいんです」と笑う。ばかばかしい取り組みだと言う人もいるだろう。でも、よく話を聞いてみると、常に成果が求められ、何かと分断が進む社会のぎすぎすした空気を、ふっと緩めてくれるヒントがそこにあるような気がしてきた。(共同通信=小田智博)

 ▽不思議と仲良く
 1994年秋、プロ野球のドラフト会議。近鉄(当時)のドラフト1位に、同姓同名の田中宏和が指名されたと知ったのが、全ての始まりだった。代表理事の田中宏和さんは、まるで自分が選ばれたかのように気持ちが高ぶり、翌年の年賀状で、この珍事を面白おかしく紹介した。そこから同姓同名の人に注目するようになり、成果を毎年の年賀状で披露するのが定番になった。
 

28年間の活動について話す一般社団法人「田中宏和の会」代表理事の田中宏和さん

 2002年末、コピーライターの糸井重里さんが主催するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で、過去数年分の年賀状を披露したのをきっかけに、情報が一気に集まり始めた。
 翌2003年、メールで連絡をくれた田中宏和さんと初めて対面した。名刺を交換すると、当然ながら同じ名前。見ず知らずの他人なのに、それだけで親近感がぐっと増した。同姓同名の人と会うことの不思議な魅力に取りつかれ、田中宏和探しがライフワークになった。
  生い立ちも年齢も職業もまるで違う、新たな田中宏和さんに出会うたび、すぐに親戚のように仲良くなれた。お互いを識別するため、あだ名を付け合う慣習ができ、代表理事の田中宏和さんは「ほぼ幹事の田中宏和」と命名された。
 親交を深めるうちに、さまざまな企画が立ち上がった。「WEBの田中宏和」の技能を生かし、「田中宏和.com」というウェブサイトを制作。数々のゲームやアニメ「ポケットモンスター」の楽曲を手がけたことで知られる「作曲の田中宏和」とともに、「田中宏和のうた」を作った。田中宏和だけで「自分で選んだわけじゃない/気づいた時には呼ばれてた(以下略)」と合唱した。
 観光バスを仕立てて、10人ほどで泊まりがけの旅行に出かけた。露天風呂につかると、右を向いても左を向いても田中宏和。「猿が温泉に入っているような気分だね」と誰かがつぶやき、どこまでが自分なのか分からなくなるような感覚を覚えた。
 14人で「田中宏和さん」という本をまとめた。本の広告を新聞に出す際、著者として「田中宏和」という名前を14人分並べると、シュールな広告だと注目された。電話帳データなどから推測すると、日本には約850人の田中宏和がいるようだ…。そんな情報ももたらされ、まだ見ぬ田中宏和との出会いに期待が膨らんだ。

14人の田中宏和さんがまとめた本「田中宏和さん」の奥付

 2010年、初めて全国大会を開くと、33人の田中宏和が集まった。「もしかしたら、ギネス世界記録になるかも」と思い、ギネスワールドレコーズ社に問い合わせた。するとギネス社は「Largest gathering of people with the same first and last name(同姓同名の最大の集まり)」というカテゴリーを新設。次回、最低でも50人を集めればギネス世界記録として認定すると返答があった。
 2011年の初挑戦。全国大会には、50人を大きく上回る71人の田中宏和が集合した。世界一を達成したと喜んだところで、ギネス社から思わぬ連絡が入る。認定前に精査した結果、2005年に米国で同姓同名マーサ・スチュワート(MARTHA STEWART)さんが164人も集まっていたことが判明したという。
 しかし、運動はその後も着実に進んだ。2017年、代表理事の田中宏和さんが会ったことがある田中宏和は、116人に増えていた。山口県では生後半年の田中宏和ちゃんを抱っこし、感慨にふけった。久しぶりの全国大会を開き、ギネス世界記録に挑んだ。天候に恵まれなかったこともあり、東京・渋谷の会場に集まったのは87人にとどまった。うち20人は代表理事の田中宏和さんと初めて対面したものの、世界一への道のりは、この時点ではまだ遠いかと思われた。

2017年の全国大会で名刺交換する田中宏和さんたち

 ▽漢字違いの是非
 一方で、ギネス社からは「読みがタナカヒロカズ(TANAKA HIROKAZU)であれば、漢字が異なっていても同姓同名としてカウントできる」と伝えられていた。代表理事の田中宏和さんは「今後は漢字にこだわらず、『タナカヒロカズ』を広く募ろう」と決意。東京五輪・パラリンピック後に「マーサ超え」を果たそうと誓った。
 しかし2020年、新型コロナウイルスにより、世界は混乱に陥った。全国大会を開けば、田中宏和の3密状態になりかねない。東京五輪・パラリンピックと同様に延期を余儀なくされた。
 2021年春には悲しい知らせが届いた。「ミニバンの田中宏和」が新型コロナに感染し、50歳の若さで亡くなったのだ。先天性の骨形成不全の障害で長年車いす生活を続けながら、乗用車で各地を駆け回るなど、アクティブに活動していた方だったという。
 代表理事の田中宏和さんがお悔やみを伝えると、親族からは「宏和は、田中宏和運動が好きでした。ギネス世界記録目指してがんばってください」と逆に励ましの言葉をかけられた。
 コロナ禍では、運動の停滞が懸念された。ただ、それは杞憂だった。リモートでの対面をフル活用したためだ。「復興の田中宏和」「動物王国の田中宏和」「シンデレラガールズPの田中宏和」…。画面越しに新たな仲間が次々と増えた。代表理事の田中宏和さんは、2022年の年賀状でこう宣言した。「去年は160人目の田中宏和さんとリモート初対面することができました。満を持してギネス世界記録にチャレンジします」
 2022年に入るとついに、漢字が違う「タナカヒロカズ」に巡り合えた。9月末までに運動に加わったのは「尋常の田中尋和」「花の田中浩一」「コーチの田中弘和」「三浦海岸の田中弘一」「土地活用の田中寛和」「二輪の田中寛一」の6人。くしくも全員の漢字が異なり、日本の漢字文化の奥深さを実感した。
 新たに仲間になったタナカヒロカズさんたちからは「これまで寂しい思いをしていた」と言われ、「心が狭かったな」と反省した。田中浩一さんからは「『こういち』と呼ばれることが多くていやだった」と打ち明けられ、「宏和」には分からない悩みがあることも知った。
 ウェブサイトの題字も「タナカヒロカズ運動」に更新した。一方、従来のメンバーの一部からは「同じ漢字であることにこだわるべきではないか」という声も上がっているという。代表理事の田中宏和さんは「そんな議論をするのも面白い」とむしろ歓迎する。

2017年の全国大会で集合した87人の田中宏和さん

 ▽どんな人も『世界で唯一』
 2022年9月末時点でメンバーは184人に達し、10月に入ってからも新たなタナカヒロカズさんとの出会いが続いている。10月29日の東京・渋谷での全国大会には、北は北海道から南は沖縄まで、各地で暮らすタナカヒロカズさんが集結する。
 最年少は3歳。最高齢88歳の「伊那の田中宏和」は「米寿の記念に、生きているうちに世界記録をつくりたい」との願いを口にしているという。運動のきっかけとなった、1994年のプロ野球ドラフト会議で指名された「ピッチャーの田中宏和」も大阪から駆けつける見通しだ。
 なぜ、運動はここまで広がったのだろうか。代表理事の田中宏和さんは、名前をきっかけに他人とつながることが何より面白いからだと語る。そして、「田中宏和運動のように、人畜無害で出入り自由、ゆるやかな共同体を求めている人は多いのではないか」と推測する。
 自宅や学校、職場といった、いつもの場所での人間関係だけでは、息が詰まりそうになることもある。そうではない居場所で、役職や立場を超えて共に時間を過ごし、新たな人間関係を広げていく。コロナ禍で人と人とのつながりが失われたことで、その重要性が改めて認識された。代表理事の田中宏和さんはそんな風に考える。
 運動は「人はちょっとした『同じ』で仲良くなれる」ことを示す社会実験でもあるそうだ。インターネット上などでは、ささいな違いで激しく対立する事例が多くみられる。あちこちで「分断」が進む時代だからこそ、同じ名前という一点でまとまる姿を見せたいという。
 全国大会を控えて、代表理事の田中宏和さんはウェブサイト上に「宣言」を書き込んだ。「みんなが『努力』を強要されているような、『がんばったぶんだけ報われる』というギスギスした『成果』偏重の世の中に、少し風穴をあけてみたい」「自分で選んだわけではない、親から与えてもらった名前で、世界一。どんな人も『世界で唯一の存在』になれるということの証明ができたらいいなと」
 世界記録達成に必要なのは、その人が「タナカヒロカズ」であること。努力だとか、能力だとかは関係ない。人はただ、生きているだけで価値がある。そんなメッセージが伝わればいいなと思っている。

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