沖縄知事選結果分析③ 政策ビジョンの貧しさと人材難

目黒博(ジャーナリスト)

目黒博のいちゃり場

【まとめ】

・沖縄政界の人材の乏しさが浮き彫りに。人材難とアイディア不足は沖縄社会全体の問題。

・非正規雇用の比率は40%を超え、全国一位。産業構造の歪みが。

・県庁と県内の大学が、アジアの情報を収集分析する体制を築き、専門的な人材を育成し、内外の専門家とのネットワーク築くことが必要。

今回の沖縄県知事選では、どの候補者もまともな政策ビジョンを提示しなかった。沖縄政界の人材の乏しさが浮き彫りになったが、人材難とアイディア不足は沖縄社会全体の問題でもある。

財政、格差、教育、医療、離島など、難題が山積する。だが、沖縄県庁内に、このような問題を綿密に調査して政策を提言する専門職員も、全体を俯瞰して将来ビジョンを描く幹部も不在だ。

政策内容より、辺野古問題で国との対決を優先する「オール沖縄」系知事が、計3期目を迎えた。行政が政治化したことで、適材適所の人事が行われず、県庁職員の士気は低い。1兆円規模の予算を持ち、2万人の職員を抱える県行政がいつまで漂流するのか、と懸念する関係者は多い。

<非正規雇用を大量に生み出す産業構造>

コロナ禍による倒産と失業によって、県民の苦境が続いてきた。とりわけ深刻なのは、非正規雇用の人々だ。

沖縄の主な産業が土建と観光であるうえに、地元企業の下請け化などの要因が重なって、非正規雇用の比率は40%を超え、全国一位である。子どもを抱えたカップルが二人とも非正規であれば、彼らは夢を持てない。家庭内暴力が頻発し、離婚も増える。困窮したシングルマザーの多くは、夜の歓楽街で働く。そこにコロナが襲い、社会末端に生きる人たちを痛めつけた。

玉城知事は、「誰一人取り残さない」と繰り返すが、問題の背景にある産業構造の歪みには言及しない。

観光業界では、滞在型とエコツーリズム、ワーケーション(仕事と観光の組み合わせ)など、数より質を目ざす試みもある。ただし、季節変動が大きく、台風やコロナなどの影響も受けやすい業界の体質の転換は、容易ではない。

2015年、那覇空港を、航空機の整備と修理の拠点(MRO)にする事業が、全日空、ジャムコ、三菱重工などによって始まった。期待は大きいが、その規模はまだ小さい。

大規模港湾のない島嶼県の沖縄では、大量生産型の製造業は育たなかった。地理的優位性と航空物流を念頭に、超小型部品の生産などと連動させた中継拠点構想も提案されている。しかしながら、情報の収集分析や高度な技術分野の人材難は続く。

<大型施設志向の経済界>

経済界は、大型プロジェクト志向が強い。その典型は、2015年開業のイオンモール沖縄ライカムと、2019年オープンのパルコシティ沖縄だ。どちらも4000台の駐車スペースを持つ。また、見本市会場を中心とした統合観光施設MICE(マイス)、テーマパークの建設構想もある。小さな島には不釣り合いだが、県民の多くも大型施設を好む。

▲写真 イオンモール沖縄ライカムの内観 出典:筆者提供

戦後27年間米国に支配された沖縄は、鉄道が建設されず、車社会になった。そのため、大型施設中心の米国型都市計画が定着し、沖縄の風景を彩っていた小さな商店は姿を消していった。このトレンドは非正規雇用を生み出す要因にもなったが、その問題点を指摘する人は少ない。

<安全保障の議論が成立しない背景>

今回の知事選で、安全保障の議論はなかった。基地問題は安全保障の問題でもあるのだが、安全保障を語りにくい、沖縄独特の社会風土がある。

この問題には、沖縄の近現代史、東アジア情勢と日米同盟の在り方が複雑にからむ。ここで詳細を述べることはできないが、少しだけポイントを挙げておこう。

まず指摘したいことは、多くの県民にとって「戦争」とは沖縄戦だ、という現実である。

3か月に及ぶ沖縄戦で県民の全人口の4分の1が亡くなったが、島であるために逃げ道がなかった本島南東部は、修羅場になった。本土決戦を遅らせるために沖縄は捨て石になった、と多くの県民は考える。

さらに、戦後27年間にわたって沖縄を占領し統治した米国は、米軍基地を次々と建設する。その一方で、米国統治機関は、冷酷に人権を抑圧した。その結果、今も沖縄に存在し続ける米軍基地は、沖縄戦と米軍による占領の象徴になったのだ。

本土復帰から50年を経て、不条理な時代を体験した世代は高齢化し、その記憶は徐々に薄れつつあるように見える。だが、沖縄社会が共有した悲劇的な体験の記憶は、「戦争に巻き込まれてはならない」という思いに転化し、県民の心に深く根を下ろした。

一般県民が絶対平和主義を支持するのは、当然かもしれない。しかし、学者や有識者まで「巻き込まれ論」を強調するのは問題だ。そのような発想は、戦争の原因とその背景の考察につながらないからだ。「台湾有事に巻き込まれたら大変だ」と県民の恐怖心を煽るのではなく、どうすれば中国に台湾への武力進攻を諦めさせることができるか、を論じるべきだろう。

<現代中国・台湾の研究者がゼロ>

沖縄で安全保障の議論が活発でない理由の一つは、中国の専門家がいないことだ。

近年、東シナ海や台湾海峡、南シナ海の危機が報道されてきたにもかかわらず、沖縄では、大学教授や文化人たちは、もっぱら米軍基地の是非ばかりを論じ、中国とその周辺地域の情報収集さえ怠った。

中国の強硬な対外姿勢と急速な軍拡に、多くのアジア諸国は懸念を抱くが、沖縄では「基地がなくなれば平和になる」と考える人が少なくない。

現実は理想とは異なる。1992年に米軍基地がフィリピンから撤去された直後に、中国は、フィリピンが領有を主張してきた島などを占拠した。地域で圧倒的軍事力を持つ中国は国際社会からの批判を撥ねつける。米軍基地の撤退は地域の不安定化をもたらしたが、沖縄の言論界はその事実には触れない。

中国が南シナ海で一方的に領海を設定した「九段線」も、なぜか沖縄では知られていない。また、「オール沖縄」や、同陣営の支持者たちは、「地元の民意」と「自己決定権」を主張してきたにもかかわらず、香港や台湾の人々の「民意」や「権利」については、ほとんど沈黙する。

▲写真 南シナ海の九段線 出典:防衛白書(令和4年版:P.53)

「アジア経済戦略構想」などの看板は立てたが、アジアの情勢分析もなく、「構想」だけが宙に舞う。まずは、県庁と県内の大学が、アジアの情報を収集分析する体制を築き、専門的な人材を育成しながら、内外の専門家とのネットワークを築くことが必要だろう。果たしてそれが実現するかどうか。そのカギを握るのは、玉城知事と大学の幹部たちだ。

トップ写真:沖縄、那覇市の国際通り(2022年9月11日) 出典:筆者提供

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