グラムロック、キワモノ的な扱いとは裏腹に英国を代表する文学、演劇性を備えた実力派コックニー・レベルの1st&2nd

『The Human Menagerie』('73)、『The Psychomodo』('74)

ギタリストのいないロックバンドというのは2020年代でも極めて珍しいだろう。それほどにギターという楽器はリズムを刻んでも、リードをとるにしても便利な楽器で、ポピュラー音楽には欠かせないものだ。見た目という点も無視できない。ギタリストがステージでポーズをキメながらギターを弾く姿は、たくさんの人を魅了してきた。キース・リチャーズに憧れてギターを手にしたキッズは世界中でどれくらいいたことだろう。といって、別にそれがテーマで本作を選んだわけではない。今回ご紹介するのはコックニー・レベル(Cockney Rebel)。このバンドには最初、ギタリストがいなかったのだ。正確にはリード・ギタリストが不在だった。

リーダーでリード・ヴォーカル、スティーヴ・ハーレイ(Steve Harley)率いるコックニー・レベルがデビューしたのは1973年、ビートルズがこじ開けたロックの扉を通って、60年代半ば、70年代はヴァラエティに富んだ音楽性のバンドがシーンを沸かせた。グラムロックもそのひとつだった。グラムロックはゲイリー・グリッターを筆頭に主なアーティストとしては何と言ってもマーク・ボラン率いるT-REX、デヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージック、モット・ザ・フープルといった英国勢が中心で、米国ではアリス・クーパーやニューヨーク・ドールズくらいだろうか。他にもたくさんいたのだと思うのだが、存在感を示せたのはそれぐらいのものだ。きらびやかな衣装でユニセックスを謳い、男女に関係なく中性的にメイクアップを施すなど、ギラギラと派手な外見を指して“グラマラス=グラム”と定義づけしていたわけだが、それだけを取って見れば、エルトン・ジョンなどはグラムそのものの衣装&メイクだったし、クイーンもそう、ローリングストーンズだってステージではグラム的な衣装をまとっていたものだ。音楽性はさまざまだったが煌びやかにショーアップすることが流行った。ロックの歴史にそんな一時期があったわけだ。

で、話がそれかけたが、今回の主役であるコックニー・レベルもグラムロック全盛の中でデビューし、その一派として日本では紹介されていたと思う。だが、本当は違ったのではないかと今では思う。まぁ、あまり情報が伝わってこないその時代に、デビュー盤のジャケットのフロントを飾る写真を見たら、これはグラムロックだと決めてしまうのも無理からぬことだろう。それにしても、日本でもリリースされたデビューアルバム『The Human Menagerie』の邦題は“美しき野獣の群れ”というもので、もう少し何とかならなかったのだろうか。野獣の群れ…とは

スティーヴ・ハーレイの生い立ち

リーダーのスティーヴ・ハーレイは1951年、ロンドンの下町ニュークロス地区で生まれている。父親が牛乳配達人という典型的な労働者階級の家庭で、ハーレイは5人兄弟の2番目の子として育っている。病弱だった彼はポリオ(小児麻痺)のため、3歳から約14年間を病院で過ごしている。言うまでもなく、この経験は彼の人生に大きな影響を及ぼし、その間にT・S・エリオットやD・H・ローレンスの詩、ジョン・スタインベック、ヴァージニア・ウルフ、アーネスト・ヘミングウェイなどの文学に耽溺し、そしてボブ・ディランを知る。

また、9歳の時からクラシック・バイオリンを習い始め、後には学校のオーケストラの一員として演奏するようになる。また10歳の時にクリスマスに両親からガット弦のギターを贈られ、ギターも習っている。このあたりはセミプロのジャズ歌手であったという母親の、病弱な我が子に何か将来役に立つことでも習わせようという意向によるものだったのだろう。

学校での成績はパッとせず、高校を中退すると、ハーレイは新聞社に職を得て働き出し、いろいろ下働きをしたり、気の乗らない記事を書かされたりしていたようだ。1971年頃からバーやクラブで演奏活動を始める。もっぱらアマチュアでも出演できるオープンマイクの夜にフォーク系のクラブが舞台だったが、そこはジョン・マーティン、ラルフ・マクテル、マーティン・カーシーら、ロンドンのフォーク・シーンでも人気のあったミュージシャンたちも出演する店だったという。そこで出会ったのが、後にコックニー・レベルの創設メンバーとなるバイオリンのジョン・ポール・クロッカーで、意気投合したふたりはロンドンの地下鉄やポートベロー・ロード、ハイドパークなどでバスキングを始める。バスキングというのは、街角や路上で演奏して投げ銭をもらうというもので、今でも珍しいものではないだろう。

そうした大道芸、ボードヴィル、米国で言うところのヒルビリー的なフォークのスタイルも悪くなかったのだが、世の時流がフォークではないことを悟ると、ハーレイはロック風の自作曲を書き始め、それを試してみるべく、バンドを結成することを決断する。

文学性、演劇的要素を 高度な演奏力で昇華させてデビュー

ハーレイ(ヴォーカル、ギター)、ジョン・クロッカー(フィドル、マンドリン、ギター)以外のメンバーはオーディションで募集し、スチュワート・エリオット(ドラム)、ポール・ジェフリーズ(ベース)、ミルトン・リーム・ジェームズ(キーボード)の5人が揃う。全員が無名だったが、確かな技量を備えたバンドは数回のギグを行なっただけでメジャーのEMIとの契約に漕ぎ着ける。どうやらハーレイが新聞社のツテを頼ってレコード会社の人間を招待したらしい。こうしてコックニー・レベルはスタートする。コックニー(ロンドンっ子+労働者階級の)+レベル(反逆)?

前評判は皆無に等しかったものの、デビュー作は新人離れした仕上がりだった。ハーレイの書いた文学的な詞、叙情的なメロディー、英国らしいポップセンスがうまく混ぜ合わされていた。それをギター・レスという、独特のサウンドで構成した点も巷のロックバンドとテイストを異なったものにした。しかも、バンドの演奏力は極めて高かったのだ。さらにレコーディングにはオーケストラ、合唱隊まで動員されていた。新人に潤沢な予算など組んでもらえないのが普通だと思うが、リハーサルを見たレーベル関係者が「これは…」と、その才能と可能性に見合う特別なはからいをしたのだろうか。

そして、リード・シンガー、ハーレイの説得力のある歌唱、表現力、ことにライヴにおける演劇的なパフォーマンスもインパクトがあった。こうしてアルバムはリリースされる。ライヴデビューはジェフ・ベック・グループの前座だったそうだ。アルバムからのシングル「Sebastian」は英国では振るわなかったものの、ヨーロッパ各国で大ヒットとなる。アルバムも同様で自国イギリスでは今一歩だったが、欧州各国で高評価で迎えられる。日本でもグラムロックの新人アーティストとしてアルバムは紹介される。この時に付けられたタイトルが前述の“美しき野獣の群れ”で、おまけにご丁寧にサブコピーには“黄昏の欧州のモダニズムとロマンティシズムをグラマラスにドレス・アップして70年代のロンドンに舞い降りた禁断のヒーロー”とつけられていた。

アルバムジャケットのイメージをそのまま言語に置き換えたようなものだが、自分やバンドに対して、こうした曲解されたイメージを植え付けられたこと(日本だけではなく自国でも)、また、それを安易に許してしまったことをハーレイは後年、後悔しているらしい。と言われて、同時期のグラムロック勢と比べると、サウンド的にも随分と異なる。案外近いと思わせられたのが、中期のキンクスだろうか。レイ・デイヴィスが歌うキンクスの「セルロイド・ヒーローズ」など、そのままハーレイが歌ってもピタッとハマりそうだ。プライドの高い、ザ・キンクスを率いるデイヴィス兄弟(レイ、デイヴ)が自分たちより後発のコックニー・レベルと同列で語られるのはたぶん喜ばないとは思うが、出身地も含め、コックニー仲間、共通項は多いように思える。交遊はなかったのだろうか。他にもスティーヴ・マリオットやロッド・スチュワート、ロニー・ウッドを擁したスモールフェイセス/フェイセスのベーシスト、故ロニー・レインにも彼ら、あるいはハーレイの音楽性はどこか通じるものがあると思う。

より音楽性を高めた 2ndアルバム『The Psychomodo』

ジャケット写真に見られる中性的なメイクアップを施し、アンダーグラウンドの支配者のように中央に座するハーレイを囲み、これまた奇妙なコスチュームを身につけたメンバーがしもべのように付き従う構図…きっと、これも所属レーベルEMIのイメージ戦略だったのだろう。続く2ndアルバム『The Psychomodo』もより倒錯的なイメージのジャケットになっている。しかも邦題は“さかしま”と、これは強烈なインパクトだった。この2ndの出来も1作目に勝るとも劣らない内容で彼らの評価を高めるものになる(プロデュースはピンク・フロイド、ビートルズとも関わりがあったアラン・パーソンズが担当)。ちなみに“さかしま”はフランスの作家ジョリス=カルル・ユイスマンスによる小説のタイトルで、1884年に刊行され、象徴主義、デカダンスの作品として知られる。日本でも澁澤龍彦訳で1962年に刊行されている。ちなみに副題には“美と頽廢の人工楽園”とある。バンドのデビュー作の邦題、コピーは個人的には安っぽすぎて共感できないが、2ndの邦題はちゃんとこのバンドの音楽性を理解して付けられたものだろう。まぁ、ジャケットのイメージはともかくとして、『The Psychomodo』はバンドの真価を発揮した傑作で、シングル「Mr. Soft(邦題:ミスター・ソフト)」は全英8位のヒットを記録するほか、どの曲も粒ぞろい、好き嫌いは分かれるとは思うが、独特のねじれたポップセンスは評価されて然るべきものであったと言える。

話をデビュー作に戻すと、シングルカットされた「Sebastian(邦題:悲しみのセバスチャン)」は発表当時、日本でもラジオでオンエアされるほど話題になった(ヒットには程遠いが)。演劇的というかドラマチックな構成で、クラシカルなピアノのイントロに始まり次第に盛り上がり、劇的な転調も用意されている。この構成、ハーレイの表現力。これはロックの枠を越えたものになっている。

余談だが、この曲やハーレイのキャラクターにインスパイアされたと思しき小説がある。作家、松浦理英子さんが1981年に刊行した小説『セバスチャン』がそれである。というわけで、間接的ではあるが、ユイスマンといい、松浦理英子さんといい、文学と何かと縁があるバンドだった。

傑作と言える2作を発表後、メンバーチェンジがあったり、ハーレイのソロ活動、俳優業など、バンドとして解散状態の時期もあるが、2022年現在もコックニー・レベルは活動継続中だそうだ。それに日本にいては伺いしれないが、英国では彼らの音楽は再評価され、英国ロックを代表するバンドのひとつであるとして人気を保っているようだ。ハーレイの書く文学的な詞が大学の講義で取り上げられる、なんてこともあって本人を戸惑わせているとも聞く。

今でも思うのだが、もうちょっとセンスのいいアートディレクターが付き、デヴィッド・ボウイのような人が手を貸していたらもっと状況は違っていたかもしれないが、1973年はボウイもあの“ジギー・スターダスト”を演じている真っ只中にあって、そんな余裕はなかっただろう。ワンマンで自己主張も強そうなハーレイとボウイが気の合う関係を持てたかどうかも疑問ではあるのだが…。ニューウェイヴ期に先駆けること10年、この早過ぎたポップセンスを惜しまないではいられない。というわけで、日本では長続きしなかったグラム人気、中性的、倒錯したイメージ等の紹介のされ方が相まってか、今一歩、人気が出なかったコックニー・レベルだが、ぜひ一度聴いてみてほしい。

TEXT:片山 明

アルバム『The Human Menagerie/美しき野獣の群れ』

1973年発表作品

<収録曲>
1. 真夏の秘め事/Hideaway
2. ルーシーのことば/What Ruthy Said
3. ロレッタはプレイガール/Loretta's Tale
4. クレイジー・レイヴァー/Crazy Raver
5. 悲しみのセバスチャン/Sebastian
6. 嘆きのピエロ/Mirror Freak
7. 美しき悪徳/My Only Vice
8. 俳優ミューリエル/Muriel The Actor
9. カメレオン/Chameleon
10. 死の旅/Death Trip

アルバム『The Psychomodo/さかしま』

1974年発表作品

<収録曲>
1. 甘い悪夢/Sweet Dreams
2. さかしま/Psychomodo
3. ミスター・ソフト/Mr. Soft
4. 奇妙なバンド (みせかけの真実はどこに)/Singular Band
5. パステル・カラーのデカダンス/Ritz
6. 偏執的ノスタルジー/Cavaliers
7. かなわぬ情事/Bed in the Corner
8. 矛盾の人生/Sling It!
9. 転落/Tumbling Down

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