国を超え、時代を超え共鳴する2人の画家…片桐仁がその不思議な共通点を巡る

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。7月1日(金)の放送では、「東京ステーションギャラリー」で、生まれた時代も国も異なる2人のアーティストの共通点に迫りました。

◆フランスと日本、生まれた国も時代も異なる2人の画家の展覧会

今回の舞台は東京都・千代田区にある東京ステーションギャラリー。ここは東京駅構内にある美術館で、駅を利用する方に文化を届けようと1988年に開館。駅舎の大規模な復元工事に伴う休館を挟み、2012年にリニューアルオープン。重要文化財でもある丸の内駅舎で個性的な展覧会が楽しめる美術館です。

片桐は同館で開催されていた「牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児」へ。

フランスの画家アンドレ・ボーシャンと日本人画家の藤田龍児、生まれた国も生きた時代も異なる2人ですが、その作品の雰囲気はどこか似通った部分があると語るのは、館長の冨田章さん。今回は、この展覧会を企画した冨田館長自らの案内のもと、2人の不思議な共通点に迫ります。

◆50歳で大きな転機を迎えた藤田龍児

まずは藤田龍児の作品から。藤田は1928(昭和3)年、京都で生まれ、大阪で絵を学習。美術文化協会に所属し、シュルレアリスムの影響を受けた作品を多く描きました。そんな彼の38歳のときの作品が「於能碁呂草」(1966年)。

ちなみに、於能碁呂草(エノコログサ)とは猫じゃらしのこと。画中の盛り上がった部分は、クレンザーとボンドを混ぜ、ニードルで絵の具の上から引っ掻いて作ったもの。

冨田館長曰く、こうした作品は売れることなく、当時の藤田はかなり生活が苦しかったそう。

苦労しながらも自分の思う絵を描き続けた藤田は、50歳である転機が。57歳のときの作品「老木は残った」(1985年)を前に片桐が「ガラッと作風が変わりましたね」と話すように、先ほどの作品とは全く雰囲気が異なり、どこか牧歌的でノスタルジック、郷愁を誘う作品に。

これほどまでに画風が変化した理由は病気。藤田は50歳を目前に脳血栓を発症し、利き腕の右腕が使えなくなってしまいます。そのため一時は絵を断念しようとするも諦められず、彼は左手に絵筆を持ち替えて活動を再開。それを聞いた片桐は「これは左手時代の絵なんですね!」とビックリ。

ただ、冨田館長は絵筆を持ち替えたこと以上に「病気による心境の変化が彼の画風を大きく変えたと思う。技法は同じだが(タッチの)細かさは左手になってからの方が細密になっている」と解説します。また、「空間的・時間的にもすごく広がりを持ったような気がする」とも。

のどかな自然を題材に、細やかなタッチで描く藤田のスタイルは独自の境地へと向かうなか、その晩年、亡くなる1年前の73歳で描かれたのが「山なみ(13)」(2001年)。

山が連なるその様に片桐は「エネルギーがありますね」と見入っていたこの作品では、活動初期の抽象的な画風が散見。そして、白い犬とともに山頂に杖をついている人物が描かれており、これは「藤田の自画像ではないか」と冨田館長。ようやく頂上へと辿り着くも、その向こうにはまだまだ山がある、そんな73歳のときの心境を表していると推察します。

冨田館長の解説を聞き、「左手で描き始めて20数年、相当上手くなっていますね」と唸る片桐。この頃は右手で描いていた時間と同等の時間を費やし、かなり熟練の腕前に。ただ、技術力を誇るだけではなく、素朴な味わいを忘れないようにしているところも感じられ、そこからは豊かな気持ち、晩年のある種の達成感が垣間見える作品です。片桐も「やめずに描き続けたからこそですよね。やっぱり継続は力」と感心しきり。

◆46歳にして絵の道へと歩み始めたアンドレ・ボーシャン

3階から2階へと移り、続いてはアンドレ・ボーシャンの作品へ。ちなみに3階は戦争で焼けてしまったため復元していますが、2階は1914年の創建当時の壁がそのまま残っており、3階とは違った雰囲気が漂っています。

ボーシャンは藤田よりも55年早い1873年にフランスで誕生。もともとは苗木職人でしたが、50歳を目前に絵の世界へ。そのきっかけは戦争で、戦中に彼は測量データをもとに地図を描く測地術の仕事を担当し、それを機に絵画に興味を持つようになり、美術学校などで学ぶことなく絵を描き始めます。

こうした独学で進むスタイルは「アンリ・ルソーもそうですよね」と素朴派の巨匠の名を挙げる片桐。その素朴派こそ美術教育を受けていない画家たちのことで、まさにボーシャンもそのひとり。

ボーシャンが72歳のときに描いた作品「川辺の花瓶の花」(1946年)を前にし、片桐は「独特の絵ですね」と目を見張ります。のどかな自然風景の中央に花瓶の花が突如現れた不思議な作品ながら、そのタッチは非常に細やか。

「ちょっとシュルレアリスムみたいな感じ」と印象を語る片桐。素朴派は美術的な教育を受けていない分、発想が自由でした。また、ボーシャンの特徴としては非常に色が明るく、華やかで、木や花などの表現もとても丁寧かつ細やか。片桐も「そういう感じがします。花びらの違いや葉の違いをちゃんと描き分けていますよね」と見入っていたディティールへのこだわりは、藤田も同じです。

続いては75歳の作品「芸術家たちの聖母」(1948年)。背景を見てみると、絵描きや彫刻家などが描かれていることから、おそらく芸術家たちの守護をする聖母という意味だと思われますが、本作はとにかく人物の表現が独特。

ボーシャンは美術教育を受けていないため、人物を描く素養がなく、あくまで我流。そのせいか表情が非常に乏しく、片桐からは「イエスは、めちゃ機嫌悪いですよね。口角がめちゃ下がっている」との声が。

ただ、こうして上手に描こうとしない、人物をきちんと描こうとしないといった自分のスタイルを貫いたところが、「彼の偉大なところ」と冨田館長。年齢を重ねるに連れ、人物を交えて独自のスタイルを見出していくところも、藤田と共通していると言えます。

続いて、片桐が「人物と風景ですけど、いい絵ですね~!」と褒めちぎっていたのは、「収穫する村人たち」(1948年)。

タイトルには"収穫”とありますが、その様子は全くなく、むしろ気になるのは人々の視線。他の作品でも言えることですが、みんな変な方向を向いており、その様を片桐は「『あれ、UFOじゃね!?』ですよね」と笑いを誘う一幕も。

また、片桐は「こんなウルトラマンみたいな服があったのかな。女性のファッションを含めてたまらないですね」と興味津々の様子。本作もまた藤田同様、背景の木や建物が緻密に描かれつつ、全体を覆うその朴訥とした感じはボーシャンならでは。

◆藤田とボーシャン、2人に共通しているものとは?

藤田、ボーシャンとそれぞれの作品を鑑賞した後、最後は2人の作品を一同に見られる空間へ。そこに展示されていたのは、ボーシャンの「青い花瓶の花」(1953年)と藤田の「白い壺の花」(1972年)。

奇しくも2人とも晩年まで単独の花をたくさん描き、ボーシャンは植物の構造や大きな部分では非常に写実的。一方で、藤田は現実的ではない部分も多々あるものの、細部はとても細かく丁寧に描写。2人の違いは歴然としているものの、どこか似通っているものがあり、そこに共通しているのは「自然に対する愛」と冨田館長。

片桐も「絵の中に愛情がありますよね」と納得しつつ、「不自由な部分と自由な部分が画中で相まっている感じもあって、時代も全然違い、知り合いでもないんだけど、なんか共通項があるのかもしれない」と率直な感想を語ります。

冨田館長によると、この展覧会を企画したのは2人の作品の共通した部分がものすごく響き合うような気がしたからだそうですが、そもそもの発端はコロナでした。予定していた海外の企画展が延期になり、別の展覧会をやらないといけないとなったときに、冨田館長が藤田とボーシャンであれば作品を集められると提案。そして、2人を比較することで、それぞれの個性を際立たせています。

今回、藤田龍児、アンドレ・ボーシャン共々、作品を初めて見たという片桐は、生まれた国も生きた時代も違う2人の中に見えた不思議な共通点に感動。「50歳を境に絵が変わっていったり、絵を描き始めたり…。当然知り合いではなく、国も日本とフランスと違う2人の絵に共通するものがあるということを教えてくれる展覧会、すごく貴重な機会をいただきました」と感慨深げに語ります。

そして、「牧歌的で自然を愛する2人の画家、そしてその2人の画家を美術展という形で引き合わせた東京ステーションギャラリー、素晴らしい!」と拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、館内2階の"壁”

東京ステーションギャラリーの展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから冨田館長がぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。冨田さんが選んだのは、館内2階の"壁”です。

前述の通り、展示室の壁は駅舎創建当時のもので、それは東京ステーションギャラリーの大きな売り物のひとつと冨田館長。そして、その壁の一部には「熊さん江」という文字が刻まれており、こうしたものもまた大きな歴史のひとつ。

片桐も「すごいですね、まさに歴史。これは、絶対に明治時代の方ですよね、熊さん」と膨大な時間を刻んできた壁をまじまじと眺めていました。

最後はミュージアムショップへ。定番のハガキなどが置かれるなか、片桐が注目したのは本展覧会の図録。片桐が「今回のは素敵ですよ~。藤田龍児さんとボーシャン、2人を見せたいということで両A面」と言う通り、両面表紙仕様となっており、2人の作品をたっぷりと楽しむことができます。

また、東京駅グッズもたくさんあり、赤レンガ・白レンガ模様のマグカップや東京駅舎のペーパークラフトも。片桐はペーパークラフトの完成品を手に東京ステーションギャラリーの場所を指しつつ、「駅そのものが美術館というのをぜひ体感してほしいですね」とアピールしていました。

※開館状況は、東京ステーションギャラリーの公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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