W杯王者フランスでさえ抱える育成問題。「スマホ弊害」「教育格差」新時代のサッカー界の在り方

世界有数のサッカー大国であるフランスでは昨今、将来性のある才能豊かな選手が次々出てきている。10代でプロデビューを飾り、瞬く間に世界の注目を集める選手も少なくない。外から見ると順風満帆のように見えるが、自国内では育成の現状をどのように捉えているのだろう? フランスで長く指導者として現場に立ち続けている樋渡群氏に話を伺った。

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

“情報としての答え”にどれほどの意味があるのか

各ポジションにワールドクラスをそろえたフランス代表は、FIFAワールドカップの現王者であり、11月に行われるカタール大会での連覇も期待されている。さらに、経験豊富なトップ選手たちを脅かす若手の台頭も著しい。そんなフランスでさえ抱える、育成の問題とはなんだろう。フランスで指導者として長く育成現場に身を置く樋渡群はこのように指摘する。

「フランスでは、スケジュール管理など子どものあらゆることを全てコントロールしようとする親が相当数いるんです。サッカーにおいても、親が『このあたりでやってほしい』というレベルを想定して、子どもたちにそのためのあれこれを指示して、実行することを求める。目に見える形、見えない形で子どもたちにプレッシャーが与えられ続けているケースがフランス全土で増えてきていると聞きます。

そうするとやっぱり、子どもが自分で考えなくなってしまいます。『パパ、ママ、次はどうしたらいいの?』『これが終わったら、何をしたらいいの?』とすぐ親に聞いてしまうし、親もすぐ答えてしまう。子どもたちが『自分がこうしたい』という考えがないまま育っているんです。これは由々しき事態だと思っています」

こうした例はフランスだけではなく、筆者の暮らすドイツでもよく議論されている現象であり、おそらく日本も同じような問題を抱えているだろう。

スマホの発達によって、子どもも親もスマホを使えば、簡単に“答え”にたどり着ける時代だ。子どもが何かわからないことがあれば、スマホ片手になんでも手軽に確認したり、調べることができる。そうなると「なんで?」「どうやって?」と物事に向き合う機会がどんどん失われてしまう。大人にとっても、例えば「子どもをサッカー選手にする方法」についてインターネットをたたけば、たくさんの専門家や先人の語る“答え”が出てくる。

ただし、苦労することなく、自分で深く考えることもなく手にした“情報としての答え”にどれほどの意味があるのだろうか。

日々のスケジュールを親に管理され、空き時間はスマホと過ごす子どもたち

スマホさえあれば、楽をして答えを見つけられるだけではなく、空いた時間にいつでもそれなりの娯楽を満喫することができる。そうした時代的な流れを受けて、フランスでも子どもたちに影響が出始めているという。

「子どもたちがサッカーを選ばないんです。それは何でだろうと考えると、スポーツや体を動かすアクティビティーを自分で選ぶ、行うという親自体がどんどん少なくなってきているという背景があると思います。世界的にそういう世代が親になってきている段階なのかもしれないですね。

例えば、家の近所の公園やコートで親が家族や仲間と楽しい雰囲気でボールを蹴っていたら、たぶん子どもも自然とサッカーがしたくなると思います。しかし、そうした環境があまり見られなくなってしまっています。学校でも休憩時間にサッカーをやる子が少なくなってきているという話も聞いたことがあります」

体を動かす楽しさ、息を切らせて走ることの充実感、仲間とともに一緒にプレーする喜び。そうしたことを体験できる機会がフランスでもどんどん減ってきている。日々のスケジュールは親に管理され、子どもが自由に自分で「何をしようかな?」と考えることもなくなってきている。

加えて、フランスではいま教育現場があまりうまく機能していないという問題点も指摘されている。社会的な階級差がついてしまい、教育熱心な親を持つ子どもと、そうではない子どもの差は広がる一方。教育のことまで考えられない親を持つ子どもたちが先生の言うことを聞かないことが常習化してきているという。子どもたちに確かな基準を示すことができないまま、全体的な学力レベルがどんどん下がってきてしまっている現状を危惧する声が後を絶たない。

地元の優秀な選手を集めた中学校がフランス全土で“900校”

フランス国内で問題視されている教育問題に対して、フランスサッカー協会はサッカーを活用した取り組みに努めている。才能ある選手を可能な限り取り逃さないために、さらに、そうした選手が正しい教育を受けられるような構造づくりだ。

「フランスでは、プロクラブの育成アカデミーに入るトップトップの子どもをのぞくと、ほぼみんなが13歳までは一般的なアマチュアクラブでプレーをすることになります。そして、13歳以降になると地元の優秀な選手を集めた中学校があり、学校でサッカーのトレーニングをしながら勉強にもしっかりと取り組める環境が用意されます。これがフランス全土で900校くらいあるんです。

レベルでいうと、プロクラブにはまだ入れないけど、将来性がある子たちが対象になります。イメージ的には日本のトレセンに入るような子が集まる学校に入ってサポートを受けるという感じですね。フランスサッカー協会としては教育をとても重視していて、高校卒業、あるいは大学に進学できるレベルの学力まで導くことを大切にしています。

学校のチームとして活動するわけではなく、所属先はあくまでも地域にあるグラスルーツのクラブ。子どもたちはその学校で通常通りの授業を受けて、スポーツの時間の代わりにサッカーのトレーニングを行い、午後はアマチュアクラブのトレーニングに参加するという流れが一般的です。学校で行うサッカーのトレーニングには学校の先生ではなく、協会から認定を受けたクラブのサッカー指導者が担当することになっています」

こうした仕組みがフランスサッカー協会と国の支援で成り立っている。加えて、フランスサッカー協会が主導するクレーヌフォンテーヌ(フランスのナショナルフットボール研究学院)という育成アカデミーもあり、各機関連携を取りながら、包括的なサポートを目指しているという。

社会に対して説得力のあるメッセージを送れる存在

当然プロクラブの育成アカデミーにおいても、教育に関するアプローチは非常に重要視されている。

「フランスサッカー協会が各育成アカデミーを格付けするんです。例えば『何人の選手が高校に入る資格を取ったか』『大学に入る資格を取ったか』というような評価基準があります。そのため学校の成績が落ちたり、問題を抱えたりすると、練習参加を控えさせて、学業に取り組む時間を多く取るようにしています。そのあたりはかなり厳格に向き合っているクラブが多いですね」

国からの支援があると書いたが、管轄となるのが教育・スポーツ省。そのため「教育をしっかりやってくれ」という要望はかなり強い影響力を持って現場に伝わってきているようだ。

「フランスというのは、その土壌としてそもそも職業訓練がとても盛んな国なんです。そうした背景が影響して、昔から手に職の考えを大切にし、あまり子どもに夢を与えすぎないようなシステムになっているのかなと思います。13歳〜15歳ぐらいで『将来的にこの道に進むのだから、こっちの学校に行きなさい』という方向性を決めてきた歴史があります。職人が多かったというのもありますし、農業大国であることも影響していると思います。一方で、芸術や建築への理解は昔からあったのですが、スポーツへの理解はあまりなかったというのが現実問題としてありました。

そんななか、イングランドや周辺諸国の協会やプロクラブによるスポーツ界への教育的なサポートの必要性がどんどん動きとして見られてくるなかで、フランスでもスポーツ選手をサポートする仕組みをつくらないといけないという流れが出てきたんです。とはいえ、スポーツだけで市場を活性化させようというのは限界があるので、やっぱり大事なのは教育だという話になったわけです。選手としてだけではなく、一人の人間としてしっかり育てようと。これはある意味自然な発想なのかもしれません。もちろんプロ選手になれたら素晴らしいし、すごいことだけど、なれない選手のほうが絶対に多い。だからこそ、教育をしっかりとやっておかないと、いざというときに他のどんな分野にもいけないじゃないですか」

世界王者になったからといって将来全てが安泰ということはない。フランスはフランスでさまざまな社会的な問題と向き合いながら、そのなかで可能性を探り続けている。

ドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリン元育成部長のフランク・フォーゲルが「プロクラブとは社会に対して説得力のあるメッセージを送れる存在でもある。だからこそ教育や育成に対してできることがたくさんあるのだ」と話していたことを思い出す。

スポーツ協会やスポーツクラブは、これまで以上に社会に対するイメージリーダーとしての役割を担う時代がきているのかもしれない。

<了>

[PROFILE]
樋渡群(ひわたし・ぐん)
1978年生まれ、広島県出身。崇徳高校を経て、東京都立大学を卒業後に渡仏。フランスではパリ・サンジェルマンU-12監督などを歴任。2006年に帰国後、JFAアカデミー福島のさまざまなカテゴリーで指導者を務めた後、ヴァヒド・ハリルホジッチ元日本代表監督の通訳を務めた。その後、フランス女子地域リーグ2部クラブチーム監督ボワッシーなどで監督を歴任。UEFA Aライセンスを所持。

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