<北朝鮮内部>「コロナ勝利」はウソかまことか (3) 中国貿易再開を渇望  金与正氏の「コロナは脱北者が送り付けた」演説で韓国憎悪も

コロナ発生の非常事態を伝える朝鮮中央テレビの5月14日のニュース

<北朝鮮内部>「コロナ勝利」はウソかまことか (1) 発熱者は継続発生…「PCR検査なんて知らない」 集団免疫獲得の認識広がる

◆咸鏡北道からの報告2

金正恩氏は8月10日に新型コロナウイルス感染症に勝利した宣言。以降、死亡者も発熱者も公表されていない。実態はどうなのか? 連載の3回目は咸鏡北道(ハムギョンプクド)の中国に隣接するF市に住む取材協力者E氏の報告。E氏は軍関係の仕事をする労働者だ。(カン・ジウォン/石丸次郎

――コロナ防疫統制は続いていますか?

「随分ましになりましたよ。まず、人民班で毎日していた体温測定がなくなり、熱が出た人が自発的に申告するというやり方になりました。普通は、4日程度自宅隔離して熱が下がれば外に出ています。消毒や封鎖も、発熱者の家に限ってしていて、地区全体を封鎖したりすることはありません」

――コロナはゼロになった?

「発熱者は今も出ていますが気にしなくなりましたね。私も罹ったし、周りも、皆罹っています。罹ってない人を探すのが難しいくらい。防疫所の人間に聞いても、これ以上は大きく伝播しないと見ているそうです。一度罹って回復した人は、感染者と接触しても罹らないという報告が上部に上げられたそうです」

――移動統制はどうですか?

「まだ他の道に出ることはできず、F市に入ってくることもできません。(中国との)国境地帯は特別で、中国からコロナが入って来る可能性があるから警戒せよというわけです。豆満江への接近も、まったく許されないまま続いています」

――コロナは一安心のようですね?

「コロナは当分の間大丈夫そうですが、問題は生活。何もまともに稼動していないし、市場での収入もなくなりました。生産を早く再開して中国に輸出して食糧を輸入できるようになることを大いに期待していますが、今は中国側が我が方のコロナのせいでなかなか承認しようとしないみたいです」

中国からのコロナ流入阻止を名目に国境一帯に張られた有刺鉄線の脇でたたずむ住民。2021年7月に中国側から撮影アジアプレス

◆金与正演説で対南憎悪

E氏の報告で目を引いたのは、8月10日の金与正(キム・ヨジョン)氏の演説に対する反応だ。金与正は韓国から北朝鮮に入り込んだ物資がウイルスを媒介したことは明白で、脱北者団体がビラを散布してコロナ送り付けたと主張した。

――金与正氏が、韓国の脱北者がコロナを北に送り付けたという内容の演説をしました。

「金与正の話は本当ですか? 私にはわかりませんが、こちらではコロナの被害を受けた人が多く、憤慨しています。『こちらに家族がいるはずなのに、なぜ(ウイルスを)送り付けたりするのか。裏切り者だ』と露骨に罵る人もいます」

――韓国に脱北した家族がいる人は立場が悪いですね。

「金与正の発言があったため、ここの家族たちは顔も上げられませんよ。関係ないことで諍いになっても、裏切り者の家族だ、反逆者の家族だと言われて攻撃されています。ついこの間まで、『脱北者の家族は韓国からお金を送ってもらって本当にうらやましい』と言っていた人たちまでが批判しています。脱北者の家族たちには少なくない被害が出ていますよ。

(コロナで)中国との国境が封鎖されて2年以上も苦労してきたわけです。死んだ人もいるし、飢えに苦しんだ人もいます。韓国と脱北者に怒っている人が多いですね」

平壌や他地域の状況は情報不足で不明なことばかりだが、北部地域の取材協力者4人の証言から、5月以降にコロナ罹患者が爆発的に急増して集団免疫を獲得したような状態になり、8月末時点でコロナの流行が鎮静化したのは間違いないだろう。

協力者たちの報告によれば、少数だが発熱者や自宅隔離者は継続して出ており、「感染者ゼロ」はありえないだろうが、コロナ感染拡大の峠は越えて安定した状態にあると思われる。

問題は住民たちの打ちのめされた暮らしの再建だ。この2年8か月間の金正恩政権の防疫対策は明らかに過剰で多大な副作用があった。ゼロコロナ政策を徹底させるため、2020年1月末から国境を封鎖して中国との貿易を大幅に制限、国内の移動や物流も大部分が止まり、経済麻痺と物資不足が深刻化した。

薬品不足で多くの高齢者や幼児が死亡し、現金収入を激減させた庶民が困窮、栄養失調に苦しむ人が大量に生み出されるなど、明らかな人道危機が発生している。(了)

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図(製作アジアプレス)

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