カンヌライオンズに学ぶパーパス・ブランディングとは――2022年度第2回SB-Jフォーラム

一般社団法人NEWHERO代表理事の高島太士氏

サステナブル・ブランド ジャパンの法人会員コミュニティによる「2022年度第2回 SB-Jフォーラム」がこのほど博展(東京・中央)本社とオンラインで開かれた。今回は世界最大の広告の祭典であり、「国際クリエイティビティ・フェスティバル」の名前で毎年開催されている「カンヌライオンズ」の近年の受賞作品から企業のコミュニケーション手法のヒントを得ようという趣向で、約3時間半にわたる報告と討議が行われた。参加者は地球環境や社会を変える大きなインパクトを持つ最先端の広告作品の世界観に引き込まれつつ、自社の目指すべきパーパスブランディングのあり方について考えた。

カンヌライオンズの紹介に先立って、青木茂樹・SB国際会議アカデミックプロデューサーがリモートで登壇し、サステナブル・ブランド ジャパンが国内企業の持続可能な環境・社会への取り組みとブランドイメージについて毎年独自に調査しているジャパン・サステナブルブランド・インデックス(Japan Sustainable Brands Index:JSBI)の最新版(2021年版)の結果について改めて報告。

企業のSDGsへの貢献度合いをイメージした得点と、実際の取り組みに対する評価得点の両方を上げるには、CSRやサステナビリティの活動、広告や流通部門が相互に連携し、パーパスに根差したブランドの存在感をしっかりと示すことが肝要であり、そのためには、「社内外の共鳴を呼ぶようなソーシャルインパクトをいかに打ち出せるかにかかっている」と強調した。

カンヌライオンズ受賞作品のソーシャルインパクトに着目を

続いて大手広告代理店で社会課題やSDGsをテーマにしたクリエイティブの製作に多く携わり、現在はコンサルタントの立場で企業のパーパス策定やサステナビリティ経営の支援を行うPwCサステナビリティ合同会社の間宮孝治氏が「ソーシャルインパクトの可視化とストーリーテリング」と題して講演した。

PwCサステナビリティ合同会社の間宮孝治氏

間宮氏は企業のブランディングを、課題解決と利益を両立させるべく、企業が未来の稼ぐ力を培うための「評判形成力」だと位置付け、その取り組みがどういう因果関係で将来の利益増加や機会損失減につながるかを想像し、ストーリーを描いてみるよう参加者に提言。その上でカンヌライオンズの受賞作品を「ソーシャルインパクトに着目して見てほしい」と続けた。ポイントはそれぞれの作品が、なぜそのインパクトを目指し(パーパス)、どうやってそのインパクトを実現したか(施策)、そして、実際にどんなインパクトが達成されたか(数値)の3点にあるという。

今年を象徴するウクライナの作品 ゲストにゼレンスキー大統領も

ここでフォーラムはいよいよ受賞作品の鑑賞タイムへと移り、自身クリエイターとして何度も現地入りしている一般社団法人NEWHERO代表理事の高島太士氏と間宮氏とが、2018〜2022年(2020年はコロナ禍で開催されず)の受賞作の中から8作品の映像を一つずつ紹介しながら解説と感想を述べ合う形で行われた。

最初の作品は、2022年を象徴する、「BACK UP UKRAINE」。画面に映し出されるウクライナの歴史的建造物の数々が戦火で破壊されるなか、これらを既存の携帯電話のアプリを使ってデジタルアーカイブしようと呼びかけるもので、デジタルクラフト部門でグランプリを獲得した。今年のゲストスピーカーには同国のゼレンスキー大統領も招かれ、世界のクリエイティブコミュニティに対してウクライナへの支援を訴えたという。

創設4年のSDGs部門 島国パラオがパスポートに施した工夫とは?

続いて2018年に創設されたSDGs部門でこれまでにグランプリを受賞した3作品が紹介された。このうち「Palau Pledge」(2018)は、観光客が珊瑚を傷つけ、海にごみを散乱させ、保護されている生物を密猟するなど、自然破壊が進んでいた島国パラオで、パスポートに施したある工夫に焦点を当てた作品だ。

その工夫とは、パスポートに押すスタンプ自体が誓約書になっていること。「私は客人として、みなさんの美しくユニークな島を保存し保護することを誓います。足運びは慎重に、行動には思いやりを。自然に消える以外の痕跡は残しません」。誓約書は瞬く間にSNS上で拡散され、あのレオナルド・ディカプリオもいち早く賛同したという。

また2019年には、動物の画像を広告に使っているブランドや組織に対し、そのメディア支出の0.5%を国連開発計画(UNDP)が支援する野生動物の生息地を守る活動に寄付するよう奨励するイニシアチブの取り組みを描いた作品がグランプリに、また2021年にはスウェーデンの金融系のスタートアップ企業による、あらゆる製品がCO2をどれほど排出し、どうすれば削減できるのかを自動に計算できるツールについての作品がグランプリに選ばれた。この企業は2019年にも、購入した製品のCO2排出量によって利用制限がかかるクレジットカードを開発し、大きな話題を呼んだのだそうだ。

SDGs部門の4年間の歩みを振り返って、間宮氏は「最初はパブリックセクターの事例が多かったのが、最近は民間の事例が増えてきたのが大きな特色。そうした取り組みほど社会的インパクトが大きいのはもちろん、回り回って自社の財務にプラスになって返ってくる。日本におけるSDGsの広がりもそうだったように、社会貢献的なところから始まったものが今では民間が取り組んで結果を出さなくてはいけなくなっている傾向が見て取れる」と分析。

さらに上記の3作品について、高島氏は例えばパスポートのスタンプを変えただけでディカプリオが来たというような変化の中には「(人々の)意識をデザインする」という発想が、また動物保護のイニシアチブには「ユニオンを形成する」という、スウェーデンのスタートアップ企業には「機能に制限を加える」という、パーパスブランディングのヒントにもなるクリエイティブなアイデアが潜んでいると指摘した。

カンヌライオンズ受賞作品に見られる

クリエイティブなアイデア(パーパス・ブランディングのヒント)

#意識をデザインする
#ユニオンを形成する
#機能に制限を加える
#アートを活用する
#廃棄物を資源にする
#廃棄物に機能を追加

P&Gがインドで生理教育を促進 1企業が国の教育を変える

そして、2022年のSDGs部門のグランプリに輝いたのが、インドにおけるP&Gの活動だ。これまでずっとタブーとされ、教科書にも載っていなかった生理と生理用品についての教育を促進するための取り組みを追った作品「THE MISSING CHAPTER」である。

「死ぬかと思った。たくさんの血が流れて。誰もそのことを話してくれなかった」と語る少女。インドでは毎年2300万人もの少女が思春期を迎えて学校を退学している現状があるという。その課題にP&Gの生理用品ブランドである「ウィスパー」が立ち向かい、本来あるべき教科書の一章として、生理にまつわる生態を理解するための解説文を赤い紙にイラスト付きでデザインし、この赤い紙を生理教育に懸ける革命のシンボルとしたのだ。

ユニークなのは、このシンボルを美しいアートへと変容させ、街中の至るところに目に見える形で施したこと。これがSNSなどで広がって少女たちの声は国の意思決定者に届き、政府は歴史的な決定として教科書に生理についての章を追加することを約束した。

この作品について高島氏は「いちばんすごいなと思うのは、1民間企業が、国の教育の在り方を根本的に変えたこと」と評価。アイデアとしては「アートの活用」が大きく、作品のインパクトとしては、生理教育の必要性を訴える100万件以上の嘆願書が寄せられたこと、P&Gが1100万人の少女たちに生理用品を提供したこと、その結果、P&Gは目標以上の売り上げを得たことの3つを挙げた。

またこのウィスパーの事例は将来の財務にもつながっていくのではないかという観点から、間宮氏は、「インドの生理教育を変える突破口になった商品ということで、その道筋が想像できるように思う。市場を広げるという意味で最初のアクションに取り掛かる意味は大きい」と述べた。

フォーラムは全8作品を鑑賞した後、各作品から得たアイデアを、自社の製品やサービスにどのように生かせば、新たなソーシャルインパクトを生み出すことができるかをテーマに、会場とオンライン上とでグループ討議が行われた。このうち会場のメンバーからは、自社製品の容器を環境負荷の低い素材に変えることができないかといった話に始まり、物の本質を見極めるためには子どもたちへの教育が重要ではないか、といったところにまで議論が及んだことが報告された。各グループそれぞれに課題を共有し、活発な意見交換がなされたようだ。

最後に青木氏は、「そもそもJSBIを設計した理由は、暖簾に腕押しのような感覚でなく、手応えのあるサステナビリティを推進してほしいから。それにはお客さまも巻き込み、共鳴、共感を広げていく新しいコミュニケーションを図っていかなくてはいけない。カンヌライオンズの事例を通じて、その必要性を感じていただけたのではないか。皆さんの中から新しい事例が生まれる日を楽しみにしている」と述べ、フォーラムを締めくくった。

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