この地に生きる5(3)辻麻衣子さん(45)=真庭市 自身の声に耳傾けて

思いを込めた日本酒を手にする辻さん=真庭市、辻本店

 子どもの頃、とにかく早く実家を出たかった。小さい町では、道を歩けば「御前酒の麻衣ちゃん」と声をかけられる。私は私なのに「ここの家の子」という目で見られるのが息苦しくて、高校から岡山市内で1人暮らしを始めた。大学は東京へ。地元も日本も出て、海外で暮らしたいとさえ思っていた。

 ただ、外に出れば出るほど、実家が酒蔵である自分のアイデンティティーが魅力的に思えてきた。酒は日本の文化。旅先の海外で出会った人や大学時代の友人は、家業を話すと「日本酒を造ってるなんてすごい」と感激してくれた。酒を飲める歳になると、自分の好きな酒を造りたいと思うようになった。

 それでも、真庭市に帰るかはすごく迷った。都会ではたくさんの経験ができ、多様な人に会える。一方で、祭り好きな自分は地域が団結する喧嘩(けんか)だんじりのある勝山の雰囲気も好きだった。家族や友達に相談し、都会と田舎の暮らしをてんびんに掛け、最終的に地元で酒造りをすることを自分で選んだ。

 18歳の皆さんには、自分自身の声に耳を傾けることを大事にしてほしい。どんな決断をしても、行く先には必ず苦労がある。でも、自分で決めた道なら頑張れるはず。杜氏(とうじ)を20代で引き継いだ時、「麻衣ちゃんにできるのか」と心配の声が上がった。でも、自分で決めて始めたことだから、「なにくそ」という気持ちで踏ん張れた。

 真庭市は少子高齢化に直面している。何とかしたいが、若い人はいったん地元を離れていろんな経験をするのもいいかもしれない。違う環境に身を置くのは後々、自分の肥やしになる。私のように、地元の良さに気づく人もいると思う。

 「蔵のある風景を感じる酒」を造りたい。飲めば思わず真庭に行きたくなるような酒だ。酒を通して、古い町並みや豊かな自然といった地元の魅力を伝えることが、住みたい地域づくりのために私にできることだから。

 つじ・まいこ 真庭市出身。城東高、中央大総合政策学部卒。2000年、創業二百余年の老舗・辻本店に入社した。前杜氏の原田巧氏から酒造りを学び、原田氏の死去後、07年に県内初の女性杜氏に就任。ワインボトルのようなスリムな見た目の「GOZENSHU9(NINE=ナイン)」など、酒離れが進む若者や女性向けの新商品も企画してきた。県発祥の酒米・雄町の魅力を発信しようと19年から「全量雄町化」を掲げ、今季の酒造りから全商品に雄町を使用する。

辻さんのメッセージ

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