片桐仁が泉屋博古館東京で出会った写実派と印象派、美術界を席巻した“光”と“影”

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。7月8日(金)の放送では、「泉屋博古館東京」で、19世紀~20世紀にかけてしのぎを削った写実派と印象派の魅力に迫りました。

◆泉屋博古館東京で写実派と印象派の作品を比較

今回の舞台は、東京都・港区、六本木一丁目にある泉屋博古館東京。2002年、住友家の麻布別邸跡地に京都にある泉屋博古館の分館として開館。その後、2022年に改修工事を終え、リニューアルオープン。住友家の美術コレクションを中心に、京都・東京合わせて約3,500の作品を所蔵しています。

片桐は、同館のリニューアルオープン記念展Ⅱ「光陰礼讃―モネからはじまる住友洋画コレクション」へ。印象派と呼ばれる以前のモネの貴重な作品と、同時代の写実派の画家たちの作品、それをどちらも所有しているという珍しいコレクションです。

フランス美術界が激変した19世紀末、見たものをありのままに描くアカデミックな写実派が次第に衰退。その理由のひとつが感じたままの絵を描き、新しいムーブメントを起こした印象派の登場でした。今回は館長の野地耕一郎さんによる案内のもと、そんな写実派と印象派の作品を比べながら当時の空気を探ります。

◆印象派の巨匠モネの若かりし日の作品に片桐驚嘆

まずは、展覧会のタイトルにもある印象派の巨匠クロード・モネの若き頃の作品「サン=シメオン農場の道」(1864年)を鑑賞。

作品を前に、片桐は「(これは)モネですか!?」とビックリ。というのも、溢れる光とともに表現する印象派らしからぬ画風だから。この頃のモネはまだその画風に目覚める前で、新しい表現を模索していました。

ちなみに、この"サン=シメオン農場”はモネや友人のフレデリック・バジールらが集まり、新たな運動を起こそうと奮闘していた場所で、画中の三角屋根の小屋にみんなが集まっており、いわば印象派の聖地、起点になった場所だとか。

その隣には、同じくモネの「モンソー公園」(1876年)が。「サン=シメオン農場の道」から12年後の作品で、「これはもうモネって感じの絵ですね」と片桐。

絵の具を混ぜずに点で描く点描が全面に広がっていますが、「サン=シメオン農場の道」と「モンソー公園」は同じような構図ながら、前者は田舎、後者は都会の公園と対照的で、こうした2つの時代が異なるモネの作品を見比べることができるのも住友コレクションならでは。

片桐も「確かに面白い。(「サン=シメオン農場の道」の)空の感じから徐々にタッチが変わり、(「モンソー公園」になると)もう茶色なんか使わない。明るさが全然違いますね」とその変化を興味深く捉えつつ、「パッと見で言ったら『サン=シメオン農場の道』のほうが上手いって思う人もいますからね。リアルという意味では。モネ独自のタッチということですよね」と思いを巡らせます。

こうしたモネの新しい表現は、後の芸術家に多大な影響を与えました。そのひとりがエルネスト=ジョセフ・ローラン。細かい点によって絵を描く点描画が特徴の"新印象派”に属される画家で、彼の作品「芍薬」(20世紀初頭)を前に、片桐は「モネの後だからか、よりタッチがはっきりわかるというか」と印象を語ります。

この作品はほぼ点描でできていますが、ローランはモネなどが始めた点描を独自に解釈・昇華し、空間表現に変換。モノ自体ではなく、空気や雰囲気を描写することを目指したそう。花や壺、全てのモノは周囲に空気、重力があるから存在し、そうした背景を点描で表現しました。

「難しいことをしていますね~」と片桐は感心し、「なんてことのない花の絵なのに、全体をこのタッチで描くことで叙情感を引き立たせる。言葉にすればするほど届かないというか、絵でしか伝えられないし、見た人も絵を見ないとわからないという感じが」と感慨深そうに語ります。

こうして印象派や新印象派の画家たちが印象や主観を感じたままに表現する一方で、同時期には見たものをありのままに描くことこそ芸術の目指す道だと考えた写実派の画家たちも数多く活躍していました。

◆印象派が隆盛する一方で、写実派の人気も健在

片桐が「すごく古い絵って感じですけれど」と目を丸くしていたのは、フランスの画家、ジャン=ポール・ローランスの「マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち」(1877年)。

この作品は、オーストリアと戦うなかで戦死したナポレオン軍のマルソー将軍が、あまりに勇壮果敢だったために敵将のカール大公が葬儀に参列することを条件に遺体を引き渡すと頭を下げている様子が描かれています。

なぜこうした作品が描かれたかといえば、1870年に普仏戦争が勃発し、フランスは敗北。そこでフランスは愛国心を高めようとキャンペーンを実施し、そこで使用されたのが本作。サロンにも出品され、見事に賞を受賞しました。

そして、写実派のなかでも異なるタッチの作品も存在。ローランスと同時代に描かれたギヨーム・セニャックの作品「ミューズ」(19世紀末)に、片桐も「なんか明るいですね」と目を見張ります。古典派といってもさまざまで、セニャックは日光の下で明るい色彩で自然を描写する"外光派”でした。

当時、印象派が拡大する一方で、写実派のようにしっかりと美術教育を受け、伝統的な絵画を描く画家たちも健在で、まさにセニャックもそのひとり。この作品のような腕の静脈や組まれた足の見事な描写は基礎なくして描けず、光や影をも丁寧に描くことができる、いわばテクニックの賜物。「淘汰されていったと思っていた人たちも全然元気っていうね。それはそうですよね。主観がいいっていう人もいれば、客観だっていう人もいますし」との片桐の言葉通り、印象派・写実派ともどもそれぞれの感性を信じ、画家たちは全く違う画法で同じ時代に活躍していました。

◆印象派、写実派に影響を受けた日本人アーティストたち

最後は印象派と写実派、それぞれの影響を受けた日本人画家たちの作品へ。まずは渡辺與平の「ネルのきもの」(1910年)。

その背景に片桐は「背景が点描というか、新印象派の感じというか」と反応します。これはまさにそうした流れが日本に入り始めた頃に描かれたもので、点描を独自に解釈した実験的な作品です。

描かれているのは渡辺の子どもを産んだばかりの妻で、その表情はどこか沈んだ感が。子どもを産んで幸せな一方で、一抹の不安も感じられます。渡辺自身はもともと京都で日本画を学び、その後、洋画に転向。印象派を推進したひとりですが、22歳という若さで死去。そのため作品数は少なく、本作はとても貴重な代表作のひとつだと野地館長は話します。

渡辺のように印象派の影響を受ける画家が現れる一方で、写実派の流れを汲むアカデミックな画風で芸術への挑戦を行った日本人画家もいます。それが和田英作で、彼の作品「こだま」(1903年)は当時にしては珍しい女性のヌードが描かれています。

その頃の日本人の反応に関して、「わかりやすい例えで言うと、もう『Santa Fe』(宮沢りえさんの写真集)ぐらいの衝撃じゃないですかね」と片桐。当時はヌードに慣れていない日本人が多く、警察の取り締まりも厳しい時代だったこともあり、その衝撃はかなり大きかったとか。

和田の師匠、東京美術学校の助教授・黒田清輝もヌードを描写しており、この作品にはその系譜が垣間見え、「とても挑戦的な絵」と野地館長。それを聞いた片桐は「師匠があれだけやるんだったらってことですよね」と頷きます。

印象派、そして写実派のさまざまな作品を鑑賞し、「この番組でも散々見てきた印象派のスター、モネ。モネがモネになる前の絵。なおかつ同じ時代に光を描いていた印象派とは対照的に、影を描く古典主義。印象派の光り輝いているところばかり見がちだけど、同じ時代にもそうじゃない人がいたというのを見られたのが、ありがたかったですね」と片桐。

さらに「それで日本人が何をしたかって、アカデミックなものにも影響を受けつつ、印象派にも影響を受けつつ、日本人の作品とは何か、やっぱり客観と主観みたいな、そういう話も面白かったです」と語り、「光と影、それぞれの魅力を教えてくれた泉屋博古館東京、素晴らしい!」と絶賛。自らの信念のもと芸術を追求した偉大なるアーティストたちに拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、河久保正名の「海岸燈台之図」

泉屋博古館東京の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから野地館長がぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。野地館長が選んだのは河久保正名の「海岸燈台之図」(1902年)です。

片桐が「わかりやすい海の絵ですね」と評するこの作品は、1902年に描かれたもので、もともとは住友の須磨別邸の海の見える部屋に飾られていたそう。そんな本作の興味深いところは、砂浜に落ちている"ゴミ”。

本来、描かなくていいものをあえて描いたこと、野地館長はそこに人間味とともに大きな興味を覚えたようで、それを聞いた片桐も「そう言われるとどんどん気になってきますね。ここに物語がね」と共感していました。

最後はミュージアムショップへ。定番の絵ハガキのコーナーがありつつ、スズでできたバングルやおちょこなど一風変わったグッズが。

その後、片桐が手にしたのは手ぬぐい。そこには「僕のイメージの泉屋博古館はこれ!」と言う中国の古代の青銅器の模様が染められており、「この模様、好き!」とお気に入りの様子。

さらにモネの作品がプリントされたクリアファイルを発見し、「これはモネ好きは、たまらないんじゃないですか。人に説明したくなりますもんね!」とはしゃぐ片桐でした。

※開館状況は、泉屋博古館東京の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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