「誰かのために歌い生きる」 鹿沼クレーン車事故から11年半、遺族の伊原さん

イベントで歌う伊原さん。ベルトには大芽君のサッカーの練習着を引っ掛けている=1日午後、宇都宮市江野町

 栃木県鹿沼市の国道で2011年4月、登校中の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、長男大芽(たいが)君=当時(9)=を亡くした父伊原高弘(いはらたかひろ)さん(50)が命の大切さを訴える音楽活動を広げている。4年8カ月前にギターを始め、20年11月に初のCDを自主制作。その後、県内でライブ演奏を重ね、「勇気をもらえた」「救われた」との声がファンから届く。9月には2枚目のCDをリリースした。遺族の自分が“歌う意味”をより強く感じている。事故は18日、発生から11年半となる。

 1日午後、宇都宮市のオリオンスクエア。募金イベントの会場に、ギターの音色と伊原さんの力強い歌声が響いた。

 ♪今負けそうで泣きそうで 進めない時もあるけど やっぱり負けたくないから あきらめたくない

 闘病中の知人に向けた曲「今はあきらめない」など5曲を歌い上げた。目元を拭う人も。「次も来ますね」。演奏後にはファンが伊原さんを囲んだ。

 伊原さんは事故後の苦しみを癒やしてくれた楽曲を自身も歌いたいと、18年2月にギターを習い始めた。次第にオリジナル曲を作り始め、20年11月には初めてCDを自主制作した。

 それから2年近く。県内の道の駅やカフェなどでライブを重ねてきた。歌に込めたのは、会えなくなった人への思い、命の大切さ-。何度も足を運んでくれるファンの姿を目にし、自分の歌が勇気や希望につながっていることを知った。

 2枚目のCD『今はあきらめない』は22年2月からレコーディングし、9月14日にリリースした。その日は9歳で亡くなった大芽君の21回目の誕生日だ。

 1枚目のCDでは息子を失った悲しみや苦しみ、大芽君への思いを歌った。新作の6曲には「1枚目以上に誰かの幸せを願う気持ちを込めた」と語る。

 講演の依頼を受けたこともある。ただ、人前で話すことで、事故のこと、大芽君を奪われたことを思い出し、強い苦しみや悲しみが襲ってくる。伊原さんは歌詞とメロディー、歌で思いを表現することを選んだ。

 被害者、悩んでいる人、生きづらさを感じている人…。自分だからこそ、届けられる歌がある。伊原さんは言う。「残りの人生は誰かのために歌って生きると決めました」

イベントで歌う伊原さん。ベルトには大芽君のサッカーの練習着を引っ掛けている=1日午後、宇都宮市江野町

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