武蔵野南線、旅客化の夢

 【汐留鉄道倶楽部】JR武蔵野線と言えば東京の郊外をぐるりと回る約70キロの環状線だ。JR南武線に接続する府中本町(東京都府中市)を起点に「外回り」の電車で北上すれば、やがて東に向きを変え、さいたま市を通り、さらに南下して西船橋(千葉県船橋市)に到達する。電車はそのまま京葉線に入って西へ約25キロの東京駅地下ホームまで走る。都心のターミナルから放射状に伸びるJRと私鉄の各線を結ぶ近道としての利用が多く、府中本町―東京をわざわざ2時間近くかけて乗り通す人はよほどの電車好きだ。

 さて日常的に乗ることのできる武蔵野線はここまでだが、実は普段は乗れない武蔵野線というのが存在する。通称「武蔵野南線」と呼ばれ、府中本町から南東方向へ東海道線の鶴見に至る約30キロの貨物専用線だ。

 

トンネルから顔を出した臨時列車の快速「鎌倉あじさい号」=東京都稲城市

 この武蔵野南線には臨時の旅客列車が走ることがあり、たまたま見かけることがあれば幸運な気持ちにさせてくれる。今年6月中の土日、青梅線の青梅を始発駅として鎌倉を目指す快速「鎌倉あじさい号」が運行された。立川から南武線に入り、府中本町で武蔵野南線に渡り、鶴見から東海道線、さらに横須賀線を走るルートだ。

 武蔵野南線は多摩丘陵の下をトンネルで抜ける構造のため、地上に出る「明かり区間」は数カ所に限られる。そのひとつ、東京都稲城市の向陽台で臨時列車の通過を待ち受けた。ニュータウンの住宅地にぽっかり穴が空いたような空間。トンネルから列車の走行音が漏れてきて少しずつ大きくなったかと思った瞬間、E257系電車が飛び出してきた。白、緑、黒の3色で塗分けられた車体。5両編成の列車はあっという間に次のトンネルに吸い込まれていった。

 もともと都心の山手貨物線のバイパスとして計画された経緯から、貨物輸送という所期の目的は達しているが、沿線住民からしてみれば普段から乗れたらどんなに便利かと思う。京王相模原線、小田急線、東急田園都市線、東急東横線、JR横須賀線・新宿湘南ラインと、それぞれ交わる所に駅を設ければ鉄道ネットワークが一気に広がる。

 

武蔵野南線の多摩川橋梁を渡る貨物列車=稲城市側から撮影

 実は武蔵野南線の旅客化は、ほぼ並行する南武線の混雑がひどくなってきたこともあり、ずっと課題ではあった。しかし、多数の貨物列車が昼も夜も頻繁に通過する長大トンネルに、あとから駅を建設するのは容易ではない。そこで川崎市は「川崎縦貫鉄道(川崎市営地下鉄)」という新線計画を打ち出し、2001年には一部区間の事業許可まで取得したが、社会情勢の変化や事業の採算性の懸念から計画は打ち切られてしまった。

 その代わりとして、今度は横浜市が名乗りを上げ、現在横浜市営地下鉄ブルーラインの終点となっているあざみ野(横浜市青葉区)から新百合ヶ丘(川崎市麻生区)まで地下鉄を延伸する計画を発表している。2030年の開業を目指す内容だが、市街化の進んだ丘陵地に新線を建設するのは容易ではないだろう。

 だから当面は武蔵野南線を走る臨時列車がもっと増えればいいなと思っていたところ、これまで「快速」として走っていた列車が「特急」に格上げされていることに気づいた。この秋登場した特急「鎌倉」(武蔵野線・吉川美南―鎌倉)は、これまでは「ホリデー快速鎌倉号」として運行されていた。昨年に続き今年8月に運行された特急「あたみ」(青梅―熱海)も以前は「ホリデー快速あたみ号」だった。指定席料金に特急料金が加わるので運賃総額は高くなる。行楽の利便性を考えればそのくらいは許容範囲かもしれないが、「快速」という微妙な響きがむしろ特別感があって良かったのになあと思う。

 ☆共同通信・篠原啓一

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