44歳になった元日本代表MF中村俊輔が今季限りでの現役引退を発表した。
ここでは、日本サッカー界が生み出した天才系レフティを無理やり5人に絞ってみた。
中村俊輔
ついにスパイクを置くことを決めた日本サッカー史上に残るファンタジスタ系レフティ。
2002年の日韓W杯では失意の落選を味わうも、その後は日本の“10番”としてエースに君臨した。
世界レベルにまで極めた必殺のプレースキックを武器に活躍。2003年のコンフェデレーションズカップではフランス相手に圧巻のフリーキックを突き刺し、2005年の同大会でもブラジル戦でワールドクラスのミドルシュートをぶち込んだ。
引退を知った古巣レッジーナは「我々は10番だけが出来るボール上でのダンスを見た」との言葉を送ったほか、イタリアメディアも「日本人ファンタジスタ」と讃えていた。
名波浩
日本代表の記念すべき初W杯で10番を託されたマジカルレフティ。
元々は典型的な司令塔タイプだったが、加茂周監督によってボランチへコンバートされたことで「ユニフォームを汚す10番」へと変貌した。
正確無比な左足から繰り出されるパスで決定機を演出するだけではなく、的確なカバーリングや献身的な守備など、攻守両面で貢献する近代的なゲームメイカーとしての地位を確立。
代表戦では67試合で9ゴールを記録したが、数字以上の印象を残している。特に2000年アジアカップは“王様”として圧巻のパフォーマンスを見せつけた。ちなみに、その生い立ちは意外にも武闘派である。
本田圭佑
日本人離れしたキックとビッグマウスで一時代を築いたレフティ。
本人も認めているように決して才能的に秀でていたわけではなく、天才というよりも秀才タイプかもしれない。ただ、異次元の向上力と意志で自らを高め続け、あのミランで10番を背負うまでに飛躍した。
出場したワールドカップ3大会すべてでゴールを決めており、その記録を持つ日本人選手は彼しかいない。まさに唯一無二のレフティだ。
久保建英
若くしてバルセロナに引き抜かれた天才レフティ。バルサ仕込みの足元の豊かな技術、そして、卓越した判断力は明らかに年齢離れしていた。
あのアンドレス・イニエスタも「違いを生み出せる選手。(現バルセロナMF)ペドリのようにパスやドリブルなどベストなタイミングでベストな判断ができる。ボールを持ったら何をするべきか分かっている。それをできる選手は多くない」と評価している。
レアル・マドリー移籍後はやや停滞感があったが、今季加わったレアル・ソシエダで一皮むけた。まだ21歳だけに今後が楽しみだ。
久保竜彦
規格外のスケールを持っていたモンスター系レフティストライカー。
日本人離れした身体能力、予測不能な動き、破壊力抜群の左足を武器に暴れた。
元々はMFだったため意外と視野が広くパスも巧かったり、驚異的な跳躍力を持つものの、競り合うのが嫌いなのでヘディングはあまり得意ではなかったり、とにかくユニーク。
対戦相手や試合の流れなどはお構いなしで、常人には絶対不可能な仰天プレーを幾度も見せてくれた。
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あのパヴェル・ネドヴェドがいたチェコ戦で突き刺した一撃は衝撃的、そして、浦和レッズ相手にやった超ロングシュートは伝説級だ。
まさに彼にしかできないプレー…。日本史上に残る天才といえるはずだ。