京都・ウトロの放火、検察官は「ヘイトクライム」事件の本質を理解していたのか? 被害住民側の冨増四季弁護士が語る「不平等」

ウトロ地区放火事件で燃えた住宅=4月、京都府宇治市

 在日コリアンが多く住む京都府宇治市のウトロ地区で昨年8月、住宅7棟が焼ける放火事件が起きた。逮捕・起訴された男は裁判で「韓国人に対して敵対感情があった」と説明。このため、事件が民族蔑視に基づく「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」として注目された。
 今年8月に出た京都地方裁判所の判決は、検察側の求刑と同じ懲役4年。ただ、被害住民側弁護団の冨増四季弁護士に聞くと、検察に対する辛口の意見が返ってきた。「検察官は事件の本質を理解していなかった疑いがある。マイノリティーが被害者の場合、事件の取り扱いに不平等が生じているのではないか」
 ヘイトクライムをどうすれば防げるのかも含め、冨増弁護士に詳しく聞いた。(共同通信=禹誠美)

インタビューに応じる冨増四季弁護士=10月5日、京都市

 ―京都地方裁判所の判決について、どう受け止めましたか。
 「評価しています。判決は求刑の『8掛け』が一般的と言われる中、本件では求刑通り懲役4年でした。犯行を『特定の出自を持つ人々への偏見や嫌悪感に基づく身勝手な動機』で『暴力的な手段に訴えることで、社会の不安をあおって世論を喚起することは、到底許容されない』と非難しました。踏み込んだ内容で、被害者に共感を示したと考えています」

京都地方裁判所=10月18日

 ―検察側の対応については。
 「検察官の元々の訴追内容が適正だったかは、検討の余地があります。検察は非現住建造物等放火罪などで起訴しましたが、より法定刑の重い現住建造物等放火罪で起訴できなかったのか。論告の際、『韓国人への一方的な嫌悪感から犯行に及んだ』と指摘しましたが、差別という言葉は盛り込めなかったのか」
 「事件では住宅7棟が全半焼しました。しかし、この事件の本質は、財産的被害ではなく、地域に対するヘイトクライムという点です。被告の男は、地域住民の社会的排除をもくろみました。恐怖で威圧し、住民の生きる権利や生活基盤を根っこから否定したのです。このことを検察官が理解できていなかった疑いがあります。人や地域に対する差別攻撃として見立てていれば、現住建造物等放火罪を選択する余地もあったのではないでしょうか」
 「刑事裁判は、検察官が切り出した公訴事実と罪名について裁判官が裁くのがルールです。検察官がヘイトの実相を裁判の俎上に載せない限り、裁判官は判決に盛り込むことができません。それを補おうと、公判では、ウトロ平和祈念館の金秀煥副館長が意見陳述しました。祈念館は、地域の歴史を伝えるために今年4月、現地にオープンした施設です。放火事件では、展示予定だった立て看板などの資料も焼けています」
 「金さんは、過去のつらい差別体験を語りました。事件を契機に不安な思いを抱えて生きていかなければならない地域住民の現状を決死の思いで伝えました。そうしたことが判決に影響したと考えています。本来、公益の代表者として検察官には被害者の痛みを法廷に届ける任務がありますが、それが不十分でした。検察の不十分さを、被害者側にフォローしてもらう綱渡りの展開でした」

ウトロ平和祈念館=4月、京都府宇治市

 ―冨増さんは、これまでもヘイトクライムと言われる事件に関わってきましたね。
 「『在日特権を許さない市民の会』(在特会)のメンバーが2009年、京都市の朝鮮学校に、大音量でヘイト発言を繰り返した事件では、弁護士仲間の呼びかけで学校側弁護団の事務局長を務めました」
 「2010年には、在特会メンバーらが、朝鮮学校に資金支援をした徳島県教職員組合を糾弾するため事務所に乱入した事件が起きています。こちらでは被害者代理人を引き受けました。二つの事件とも、メンバーらに威力業務妨害罪などで有罪判決が出ています。民事裁判でも高額の賠償が命じられました」
 「米国留学中に黒人居住区などに滞在して人種問題を学んだ経験が、ヘイトクライム問題への関心とつながっています」

ウトロ地区放火事件の裁判の後、記者会見する冨増四季弁護士=6月、京都市

 ―現行法ではヘイトクライムへの十分な対応が難しいため、新たに法律を制定するべきだとの声もあります。
 「警察・検察の差別的な捜査・訴追の運用に関心を向けない限り、新たに法律を制定しても期待する効果は生まれないと考えます。在特会の京都、徳島での事件で、被害者側が威力業務妨害罪だけでなく名誉毀損罪での起訴も求めたのに、検察は法定刑の軽い侮辱罪で起訴したり、侮辱罪の適用すら見送ったりしました。ウトロ事件も通して見ると、被害者がマイノリティーの場合に取り扱いの不平等が生じているのではないでしょうか」
 「ヘイト被害の深刻さや理不尽さについて理解を深めることも急務です。被害に見合った適正な捜査や処罰が確保されているか、1件ずつ丁寧に検証して監視していく必要があります」
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 とみます・しき 1977年三重県生まれ。米スタンフォード大卒。2005年に弁護士登録し京都弁護士会所属。今年4月、大阪府茨木市のインターナショナルスクール「コリア国際学園」に男が侵入し、火を付けたヘイトクライム事件でも被害者代理人を務める。

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