原由子のシンガーの才能が桑田佳祐らによって開示されたポップで多彩なソロアルバム『はらゆうこが語るひととき』

『はらゆうこが語るひととき』('81)/原由子

10月19日、原由子のニューアルバム『婦人の肖像(Portrait of a Lady)』がリリースされた。オリジナルアルバムとしては何と約31年振り(!)になるというから、これはもう日本の音楽シーンにおける歴史的なでき事と言っても大袈裟ではなかろう。発売にちなんで、滅多にテレビに出ない本人が『マツコの知らない世界』や『徹子の部屋』といった番組にも出演し、改めてその愛すべきキャラクターを見せていたことも印象的な今週である。当コラムでは、そんな原由子の1stソロアルバムを紹介する。竹内まりやは“サザンオールスターズの主体は原坊だと確信した”と言ったそうだが、その発言の意図が分からなくもないほどに豪華なソロ第1作である。

サザン変革期に制作されたソロ

昨日だったか一昨日だったか、確かYahoo!ニュースの記事だったと思うけれど、原由子の語る桑田佳祐に、そして、桑田佳祐が語る原由子に、とても仲睦まじい様子が感じられて思わず心和んだ。仲睦まじい夫婦の喩えで“琴瑟相和”という言葉があるそうだ。“瑟”とは大型の琴のことで、琴と瑟とで合奏すると音がよく合うことから生まれたものだという。ともに音楽家であるお互いを信頼している桑田ご夫妻にぴったりの言葉であろう。サザンオールスターズ(以下、サザン)が活動を開始からおおよそ48年。半世紀にもなろうというおふたりの関係、とりわけ公私に渡って桑田佳祐が寄せる信頼については外野が語るアレコレ必要はないだろうが、この原由子という人は、桑田のみならず、本当に多くの人たちに愛されているアーティストだ。原が周りの人たちを幸せにしている、と言ってもいいかもしれない。本作『はらゆうこが語るひととき』から感じるのは先ずそこである。サザンのメンバーはもちろんのこと、メジャーデビュー前から付き合いのあるミュージシャン、デビュー後に関わったアーティスト、また、ミュージシャンだけでなく、ビジネスを差配するスタッフも含めて、実に多くの人たちのバックアップがあってこそ実現した作品であると言っても過言ではなかろう。

サザンのメンバーで初めてソロ活動をしたのが原由子であり、そこで発表された作品が『はらゆうこが語るひととき』である。それだけでも彼女が周囲の人たちに如何に愛され信頼されていたのかが分かろうというものだろう。本作は1981年4月発表。サザンの3rdアルバム『タイニイ・バブルス』(1980年)発売の翌年であって、そこに収録された、これまた初の原由子リードヴォーカル曲だった「私はピアノ」の評判が良かったことからソロアルバム制作の話に至ったという。同曲は高田みづえがカバーしてヒット。それも原由子ソロの追い風になったことだろう。

また、当時のサザンの状態を併せて考えると、本作の重要性の理解はさらに深まる。サザン評論の第一人者と言っていいスージー鈴木氏は著書『サザンオールスターズ1978-1985』の中でこう述べている。[1981年のサザンのあり方を一言で表すと、「音楽主義」という言葉・考え方になる。(中略)前年の『タイニイ・バブルス』の方向性をさらに突き詰め、テレビの中で下世話な姿をさらすことの対極として、スタジオで「いい音楽」を追求するという姿勢を、極限まで強めた1年だったということだ]。サザンが1981年に発表した音源は4th『ステレオ太陽族』と、シングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」「栞のテーマ」のみと少なく(しかも、そのシングルはカップリングを含めて全て『ステレオ太陽族』に収録)、スージー氏はそこも指摘されている。そこからもサザンが音楽制作によりストイックになっていったことがよく分かるが、その1981年に、サザンに関わるミュージシャンたちが参加した『はらゆうこが語るひととき』が制作された意味も決して小さくない。上記1981年のサザン作品よりも原由子ソロのリリースのほうが若干早い。つまり、変革期のサザンがその端緒に注力したのが本作なのである。スージー鈴木氏は同著作で本作を[傑作にして名盤、そして、サザン関係の作品の中で、もっと評価が高くてもいいと、強く思わせるものの1つだ。(中略)『A LONG VACATION』と並んで、81年を代表する1枚である]と大絶賛している。(ここまでの[]はスージー鈴木著『サザンオールスターズ1978-1985』からの引用)。

桑田佳祐を始め 気心知れたメンバーが集結

具体的に本作を語ると、収録曲の多くをアレンジし、ほぼ全ての演奏を手掛けた“HARABOSE”なるバンドの存在が、本作を語る上では欠かすことができない。本作用に編成された、いわゆるバックバンドである。サザンからはキーボードを担当する原本人の他、桑田佳祐(Gu)と松田弘(Dr)が参加していることに加えて、青山学院大学の音楽サークルで原、桑田と活動を共にしていた斉藤誠(Gu)、宮田繁男(Dr)らもそこに名を連ねている。斉藤はすでに大学中に裏方で音楽活動を始めていたとは言え、ソロデビューするのはそこから2年後のことだし、宮田にしてもまだ大学在学中であったという。しかし、キャリアうんぬんではなく、そうした気心の知れたメンバーで、原由子初のソロワークを盛り上げたことが重要だろう。

一方で、“Swingin' HARABOSE”としてその名前がクレジットされている大中牟礼貞則(Gu)や八木正生(Key)らは青山学院大学の大先輩。八木正生は本作の前年の1980年からサザンの楽曲の編曲を手掛けていて、件の変革期のサザンに大きく寄与したアーティストとも見られている。そして、ホーンセクション“Horn Spectrum”は、初期サザンのアレンジを手掛けた新田一郎率いるユニットである。プロ中のプロもガッチリと外堀を固めた布陣である。桑田佳祐がプロデューサーとしての役割を担って中心となったことは間違いないだろうが、こうしたところにもアーティスト、ミュージシャンとして原由子に対する愛情を感じざるを得ない。

結論を急ぐようだが、本作のベストトラックはその“HARABOSE”の作曲となっているM8「Loving You」であろう。メロディーはさわやかでありつつポップ。しっかりとした抑揚があるが、まったく下世話な感じはしない。真のキャッチーさとはこういうことを言うのではなかろうかと思うほど、洗練されたメロディーである。彼女の本来の声を最も活かす音域と展開ではないかとも思う。筆者を含むサザンにそれほど詳しくない者でも、原由子らしく感じるところだろう。もしかするとM8は原由子らしさで言えばサザン関連楽曲の中でも1、2を争うナンバーなのではないだろうか。そんな気もする。

その素敵なメロディーを彩るサウンドはシンプルで柔らかくありながらも、ちゃんと(?)硬派なバンドもの。Bメロ終わりからサビにかけて聴こえてくるギターの音色はThe Beatles(『Please Please Me』とか、いわゆる初期のもの)を連想させる。彼女自身、幼い頃にThe Beatlesから衝撃を受けたことを公言しているので、これはその辺が直結したことであるのは間違いなかろう。Aメロ後半で桑田佳祐のヴォーカルが入り、アウトロでは原、桑田ふたりのアドリブの歌(というか、コーラス? スキャット?)が重なる。この辺りはサザンからの初ソロとなれば当然のことと思いつつ、全体のメロディーとサウンドの良さからすると個人的には“あそこはなくても良かったのでは?”と思ったりもした(あくまでも個人的には…ですよ)。であるが、皆さんご承知の通り、おふたりは翌年1982年にご結婚されるわけで、それも止む無し(?)ではあろう。間奏ではキーボードとギターとが絡む。これも原と桑田によるものだろう。そう捉えると歌詞も意味深に思えてくる。

《愛してるとつぶやきたいのに/てれくさいなら言葉でどういうの》《Makin' love with you, boy 言葉にださないほうが/I wonder if you can be off your guard someday/Oh! やっと少しは大人になれるみたい》(M8「Loving You」)。

無論、歌詞には汎用性があって然るべきだし、100%プライベートなことだけを反映させたわけでもないだろうが、今となっては思わずほっこりとしてしまうナンバーでもある。

潜在能力を引き出した多彩な楽曲

そのM8の他、全10曲が収録された本作は、バラエティー豊かなアルバムである。バラエティーに富んだ作品とすることはもともとある程度は意図したものであろうし、それはおそらく原由子というヴォーカリストのポテンシャルを最大限に引き出す目論見があってのことだっただろう。その企図は完全に成功したと言える。当時のアイドルが歌っていてもおかしくない印象のポップなロックンロール、M1「My Baby Shines On Me」。メロ、サウンドのハツラツとした感じが、可愛らしい声にとても合っている。

そこから一転、M2「おしゃれな女 (Sight of my court)」はボサノヴァタッチ。しっとりとしたナンバーも十二分にこなせることを体現している。M3「I Love Youはひとりごと」はデビューシングル。歌詞に賛否あり…というか、“否”が多かったようで、当時は放送禁止になったとも聞く。桑田らしいとも言えるムード歌謡的なメロディーと言えるし、そんなトラブルがあったという歌詞も昭和らしさを感じるという意味では、今となっては音楽遺産的な側面があると捉えることもできて面白いのではなかろうか。

M4「しっかり John-G」はその「I Love Youは~」のカップリング曲でもあったミドルバラード。メロウな歌を“HARABOSE”がややブルージーに仕上げている。M8での桑田のコーラスにはやや否定的んことを述べた筆者ではあるが、このM4の2番以降のコーラスワークの素晴らしさには素直に脱帽である。ハーモニーは実に気持ち良い。

M5「うさぎの唄」は2ndシングルとしてのちにシングルカットされている。ヨナ抜き音階の民謡的なメロディーは宇崎竜童の作曲らしいと言えるのかもしれない。日本民謡とオキナワン、そしてロックの融合というのはバンド自体のレベルの高さとメンバー意気込みが垣間見えるし、まさしく原由子というヴォーカリストの懐の深さを感じるところだ。今も新鮮に響く。作詞はサザンのベーシスト、関口和之が担当。ノスタルジックな雰囲気を如何なく注入している。関口はプレイヤーとして本作には参加していないが、M5の作詞の他、本作にのジャケットを描いているのが関口である。

M6「がんばれアミューズ」の“アミューズ”とは、言わずと知れたサザンの所属事務所である株式会社アミューズのこと。歌詞に出てくる《大里社長》《山本専務》《池田部長》などは実在の役員で、茶化し気味に歌われているところに、むしろアーティストとマネジメント会社との良好な関係がうかがえる。スタッフも原の初ソロとあって強力を惜しまなかったのだろう。もっとも、ビッグバンドジャズ風味のサウンドに乗せて原がポップに歌うことで、会社うんぬんの歌詞はあまり気にならなくなるのが正直なところ。その辺にも原由子のヴォーカリストとしての優秀さが感じられると思う。

M7「いにしえのトランペッター」は、テンポも緩くてM6とはタイプは異なるけれど、こちらもビッグバンド風。M6よりはマニアックというか、まさに歌詞に登場するLouis Armstrongへのオマージュをストレートに感じさせる。間奏で聴こえてくるサッチモ的な声は桑田佳祐のようだ。さすがに…というべきか、声真似が上手い。また、本作ではM7だけでなく、M2、M6、M8、M10の管楽器、とりわけトランペットがとてもいい。時にアーバンに、時に情熱的に、楽曲にアクセントを加えている。人が演奏している体温というか、よりヒューマニティが感じられるようになっていると思う。

M8は前述の通り。続く、M9「幸わせなルースター」はちょっと変わった曲で、イントロでM2をインストにしたものが流れ、そこからソウルミュージックに展開する。ブラスもギターも派手で、ベースもスラップを見せる。ファンキーでダンサブル。“これもアリか!?”という新鮮さがある。

M10「Last Single X'mas」はタイトル通りのクリスマスソング。派手さのないメロディーだからこそ、しっとりと聴かせるところがあるように思う。抑制を効かせた落ち着いたサウンドでありながらも、ストリングス、ホーン、ハープやベルなど要所要所でキーとなる音色を配している点は、憎らしいほどの手練れっぷりである。歌詞も若干深読みの余地がないわけではないけれど、それは無粋というもの。いつの時代にも寄り添える普遍的なクリスマスソングだと素直に受け取るのが良かろう。

これだけバラエティーに富んだ作品で、収録時間は41分弱。そこをとってみても、『はらゆうこが語るひととき』はポップミュージックの見本のようなアルバムだと言える。サザン関連作品でも上位にランクする人がいるのも納得の名盤だろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『はらゆうこが語るひととき』

1981年発表作品

<収録曲>
1.My Baby Shines On Me
2.おしゃれな女 (Sight of my court)
3.I Love Youはひとりごと
4.しっかり John-G
5.うさぎの唄
6.がんばれアミューズ
7.いにしえのトランペッター
8.Loving You
9.幸わせなルースター
10.Last Single X'mas

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