<社説>マイナ保険証 「義務化」撤回すべきだ

 河野太郎デジタル相は、現行の健康保険証を2024年秋に廃止してマイナンバーカードを代わりに使う「マイナ保険証」に切り替えると発表した。 カードの取得は義務ではないはずなのに、生活に不可欠な保険証を廃止して事実上、義務化する。こんな乱暴な手法は認められない。方針を撤回すべきだ。

 マイナンバーカードは国内に住む全ての人に割り当てられた12桁の個人番号(マイナンバー)を記載している。社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理する目的で16年から交付を始めた。

 政府は普及に向け、なりふりかまわぬ手法を使ってきた。カード取得者にポイントを還元する「マイナポイント事業」は、制度の目的と関係のない利益誘導であり、カードを取得しない住民に経済的不利を与えてしまう。任意取得の原則に反する事業に税金を投入するのはおかしい。

 市区町村ごとに取得率を公表し、普及状況に応じて地方交付税やデジタル関連交付金の配分額に差をつける方針も打ち出した。地方交付税は自治体の財源不足を補う、税収の再配分機能だ。義務でもないカードの普及促進を自治体に迫る取引材料に使うのは本末転倒も甚だしい。

 今年9月末時点で普及率は全人口の約5割にとどまっている。多くの国民にとって取得の必要性が感じられないことが最大の要因だ。

 日弁連は「個人番号カードは、住基カード等に比べて、プライバシー保護の観点が著しく後退していると言わざるを得ない」と指摘する。個人情報の安全性への不安も普及が進まない理由の一つだ。過去にはデータ入力業務を委託された企業が中国の業者へ再委託し、マイナンバーなど詳細な個人情報の流出が懸念された事例もある。

 マイナ保険証は、医療や看護のデジタル化を後押しし、患者や医療関係者の利便性を高める狙いがあるという。本音はカードの普及が思うように進まないことへの焦りがあるのだろう。

 マイナンバーカードには顔画像が搭載されている。顔認証システムは指紋の千倍の正確さで本人確認ができるといわれる。保険証と一体化させることでカード取得が事実上義務化されると、住民は顔画像の提出を拒めない。日弁連は「顔認証システムによる市民監視の危険性を著しく増大させる」と危惧する。従来の保険証は顔写真がなくても運用されている。カードと一体化する必然性がない。

 医療や介護に関する情報はプライバシーの中でも特に保護されるべき機微情報である。情報が漏れ、乱用されたらどうするのか。保険料を支払いながらマイナ保険証の取得を拒む住民はどうなるのか。国会で議論を尽くさず、カード普及ありきで見切り発車すれば、ますます政府に対する不信が高まるだけだ。

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