国税庁「マルサ」誕生の背景、もとは密造酒の摘発組織だった?

映画で知る人も多くなった脱税を摘発する国税局査察部、通称「マルサ」ですが、なぜ生まれたかご存知でしょうか?

元国税調査官の大村大次郎 氏の著書『世界を変えた「ヤバい税金」』(イースト・プレス)より、一部を抜粋・編集してマルサの意外な誕生秘話を紹介します。


「源泉徴収」は戦時の特別措置だった

日本では、給与所得に対して「源泉徴収」がされています。年間の所得税をあらかじめ差し引くというものですが、この制度の原型をつくったのは、実はナチスだと言われています。

ヒトラーは、政権をとるとすぐに大規模な税制改革を行いました。

それは大衆の税負担を少なくし、企業や富裕層の税負担を増やすというものでした。ヒトラーは大衆の支持によって政権を獲得したので、大衆が気に入るような政策を講じたのです。

たとえば、扶養家族がいればそのぶんだけ税金が安くなる「扶養控除」を創設し、低所得者の税金を大幅に軽減させました。その一方で、大企業には6%を超える配当金を禁止し、利益を強制的に預金させるなどの実質増税を行っています。

そうした税制改革の一環として、ヒトラーは源泉徴収制度を取り入れたのです。

かつてドイツでは、所得税などは年に1回、まとめて支払うものでした。しかし、一度に大きな金額を用意するとなると、納税者の負担感は大きくなります。

そこで、1年ぶんを一括で払うのではなく、毎週、毎月の給料から少しずつ払う制度をつくりました。しかもそれは、自分で払うのではなく、会社が給料からあらかじめ天引きするのです。

これにより、納税者の負担感は大きく軽減され、また税務当局にとっても徴税が非常に楽になったのです。源泉徴収制度自体は以前からありましたが、それだけですべての納税が完結するような制度をつくったのはナチスが初めてでした。

この制度は世界各国で採用され、戦時中の日本も、ナチスにならって源泉徴収制度や扶養控除を導入することになります。

日本で源泉徴収制度が導入されたのは、戦時中の昭和16(1991)年のことです。

信じられないことかもしれませんが、それ以前のサラリーマンの給料には、所得税がかかっていませんでした。所得税はありましたが、法人の所得に対してしか課せられていなかったのです。

会社は、売り上げの中から社員に給料を払います。会社の売り上げにすでに税金がかかっているので、社員の給料に税金をかければ2重に支払うことになります。だから戦前は、サラリーマンの給料に税金をかけるなんて非常識だと思われていたのです。

しかし戦争が激しくなると、戦費がいくらあっても足りなくなります。そこで、特別税としてサラリーマンからの源泉徴収が始まりました。

源泉徴収の旨味を知った税務当局は、戦争が終わっても手放そうとはしませんでした。現代日本におけるサラリーマンの源泉徴収は、戦時中の特別税が今でも続いているということなのです。

源泉徴収制度は、税務当局にとって非常に都合の良い制度です。

会社が給料からあらかじめ天引きするので、取りっぱぐれがありません。また給料を払っている会社が計算するので、過少申告などもありません。会社としても、自社の税金ではなく従業員の税金であり、自分の腹が痛むわけではないので、正確に計算するのです。

また源泉徴収制度を用いると、徴税コスト(税金を取るための費用)も非常に安くなります。申告から徴税までをすべて会社がやってくれますから、税務署としては、間違いがないかをチェックするだけでいいのです。

一方でサラリーマンにとっては、自分がいくら税金を払っているのかわかりづらくなるという大きな弊害があります。最終的な手取り額ばかりを見るので、もし手取り額が少なかったとしても、税金が高いのか、自分の給料が安いだけなのか簡単には判断がつきません。そのため少々増税しても、本人は気づきにくいのです。

つまり源泉徴収制度を用いれば、徴税も増税もしやすくなります。

日本のサラリーマンは、世界的に見てもかなり高額な税金、社会保険料を払っているのに、あまり文句を言いません。それは、自分が実際にどのくらいの税金、社会保険料を払っているのか、よくわかっていないからだと思われます。

が、税金や社会保険料が、サラリーマンの負担になっていないわけがありません。日本の消費は、近年ずっと低迷し続けているのです。

気づかないうちに増税され、国民は知らず知らずのうちに、少しずつ生活が苦しくなっていく。源泉徴収制度は、こういった悪魔的な要素を多分に秘めているのです。

マルサの意外な誕生秘話

伊丹十三監督の映画「マルサの女」によって、すっかり有名になった国税庁のマルサ。

「マルサ」とは、脱税の摘発を専門とする、国税局査察部の別称です。査察部の「査」を丸で囲んで表記したことからこう呼ばれるようになりました。このマルサが、なぜ生まれたのかをご存じでしょうか?

終戦後、もっとも多く行われていた脱税は、「密造酒を販売する」というものです。酒の製造には免許が必要であり、酒はつくった時点で脱税として扱われます。

戦前は市販の酒がたいへん高価だったので、自宅で飲む程度の酒は、一般家庭でもつくられていました。ただ小規模な脱税に対しては、当局もそれほど目くじらを立てることはなかったようです。

しかし戦後の混乱期になると、大規模な酒密造業者が増加します。もともと酒は高価で買えなかったことに加え、免許を持つ業者も戦争の被害を受けたことで製造量が落ち、供給不足となっていたのです。そのため、酒を密造して売りさばく者が続出しました。

その方法は、大がかりで悪質でした。中には、村単位で酒の密造をした地域もあったそうです。

前述したように、戦前の日本では酒税が税収の柱となっていました。が、密造酒の弊害は、税収が減るというだけではありません。

当時は、酒の原料となる米や麦自体が不足していました。酒の密造業者が増えると、食糧問題にもなったのです。

また密造酒では、工業用アルコールやメチルアルコールなどを使った粗悪品なども出回ります。健康を害する人も少なくありませんでした。

税収の確保だけでなく、社会問題の解決のためにも密造酒の摘発が重要だったのです。

当時は人心がすさんでおり、脱税者たちが当局の意向をおとなしく聞くようなことはありません。密造酒の取り締まりは困難を極めました。

取り締まりにきた税務署員を袋叩きするなどは日常茶飯事。一応、警察に応援も頼めますが、それも限りがあります。当時の密造酒の取り締まりは命がけであり、実際に殉職する税務署員が出たほどです。

そこで、当局は密造摘発のための専門部署を設けることにしました。このとき国税局の中につくられた国税犯則監視課が、マルサの起源なのです。村単位で密造を計っていた地域に対しても「特定集団密造地域」に指定し、取り締まりを強化しました。

戦後の混乱期に跳梁跋扈した酒密造業者達は、食糧事情と社会が安定するとともにほぼ消滅しました。現在では、酒は密造するより買った方が安いので、酒税逃れのための密造などはなくなっています。

ビール業界の税金戦争は終結するか?

ビールは、非常に高い税金がかかった商品です。

l缶350㎖に、約77円の税金がかかっているのです。l缶350㎖は230円程度なので、30%以上の高税率商品となります。これは、ビールが高級洋酒とされてきた時代の税制を引き継いでのものです。

発泡酒はビールよりも2、3割価格が安いのですが、この価格差も、税金の差によるものです。ビールよりも発泡酒の方がはるかに税率が低く、350㎖あたりに課されるのは約47円。そのため、発泡酒は安く売ることができるのです。

1990年代から、ビールメーカーは相次いでビールに類似した発泡酒を製造し、税務当局は頭を悩ませてきました。

しかしビールの高税率は、なにも最近になって始まったことではありません。また発泡酒の税率が低かったのも、昔からです。それなのになぜビールメーカーは、1990年代に突然、発泡酒の発売をし始めたのでしょうか?

これには、地ビールの登場が関係していると考えられます。

ビール業界は、これまで大手4社による寡占市場でした(沖縄のオリオンビールを除く)。ビールの製造免許を新たに取得することは事実上不可能であり、ビール業界は新規参入の余地がまったくないところだったのです。大手4社が、高い税率を課せられながらも税務当局に従ってきたのは、規制によって守られてきたからでもあります。

しかし1995年、ビールの製造免許が規制緩和され、「地ビール」と言われる新規参入者が続出しました。つまり、ビール業界は守られた業界ではなくなったのです。

そうなると、大手ビール各社にすれば、素直にお上に従うことが馬鹿馬鹿しくなっていきます。そこで、今まで「禁じ手」とされてきた発泡酒の発売に踏み切ったものと見られています。

税務当局の方も黙って見過ごしていたわけではなく、何度も法改正をして、この税の抜け穴を塞ごうとしてきました。しかしビール業界も、その法改正を潜り抜けるような商品を開発し、いたちごっこが続いていました。

結局、税務当局としてもこのままいたちごっこを続けても意味がないので、手打ちをすることにしたようです。

2026年には発泡酒とビールは税率が統合され、350㎖あたり約54円に変わることになりました。ビールはかなりの値下げ、発泡酒は少し値上げということになるのです。酒売り場の様子は、今後大きく変わりそうですね。

著者:大村大次郎

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