通常の12倍、当初想定の3.8倍――近江鉄道「全線無料デイ」の衝撃、その手ごたえを聞く

近江鉄道車両イメージ(写真提供:近江鉄道)

2022年10月16日、近江鉄道が「全線無料デイ」を実施――

沿線各地で開催される「ありがとうフェスタ2022」にあわせ、同社の電車線全線をおとな・こども無料にする。そんな実験的な取り組みは、鉄道業界の枠を越え大きな反響を呼びました。

当日の賑わいはテレビ・新聞など大手マスメディアでも取り上げられ、SNS上でも「首都圏の通勤ラッシュ並み」「無料デー恐るべし」といった写真付きの投稿が見受けられました。

近江鉄道によれば当日の推定利用人数は約38,000人。これは普段の利用者数(定期外)の約12倍に相当します。無料化が沿線にもたらした経済効果などの検証はこれから進められていくのでしょうが、まずは当日の手ごたえなどをおたずねしてみました。

全線無料デイの手ごたえは? 近江鉄道に聞く

――「全線無料デイ」の反響について、率直なお気持ちをお聞かせください。

近江鉄道:多くの方にご利用いただけたことは大変うれしく感じております。想定を大きく上回るお客さまにご乗車いただけたことで、沿線地域へ誘客し活性化および鉄道活用の機運醸成に寄与できたと従業員一同大変うれしく感じております。

また、各駅周辺にある飲食店などの利用が増加し、地域経済への効果もあったと感じております。

――当日の利用者数や各地のイベントの来訪者数などを教えてください。

近江鉄道:全線での推定利用人員は約38,000人。当初想定利用者数は約10,000人でした。「ありがとうフェスタ」彦根駅東口特設会場には、当初想定の約2倍の約5,800人の方にお越しいただきました。

沿線連携イベントについては、すべてのイベントにおいて、想定を上回る来場があり大変喜んでいただきました。来年も開催を願う声を多くいただき、また近江鉄道線の存在価値を再認識したという声も多数ありました。

――実施にあたり、沿線自治体との調整など苦労されたことは?

近江鉄道:沿線自治体からは「ありがとうフェスタ」のご後援もいただき、大変感謝しております。

――想定を大きく上回る混雑ぶりに行列や積み残しなども生じていたようですが、「全線無料デイ」で大変だったこと、今後の課題などがございましたら教えていただきたいです。

近江鉄道:駅への入場制限などの対応に追われ、ご利用のお客さまに大変ご迷惑をお掛けすることになりました。

また、各駅前のロータリーや路上、施設への無断駐車が多数発生し、ご迷惑をお掛けしました。これらを課題として捉えております。

――今回は「ありがとうフェスタ2022」と組み合わせての一日無料でしたが、今後沿線のイベントなどにあわせて同様の試みを実施してみたいといった考えはありますか?

近江鉄道:今回実施したイベントも一つの方法だと思いますが、無料デイや沿線連携イベントを振り返り、引き続き、地域の皆さまと連携して、まち・駅の賑わいを創出していきたいと思っております。

――ありがとうございました。

「全線無料デイ」実施の背景 2024年度から上下分離方式へ

近江鉄道は2016年に「現状のままでは鉄道線の維持は困難」として、滋賀県や沿線自治体と協議を行い、2024年度から「上下分離方式」へ移行します。列車の運行は従来通り鉄道事業者が行いますが、運行に必要な設備などは沿線自治体が保有するスタイルです(線路などの維持費も沿線自治体が負担)。

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※上記記事では近江鉄道の現状、上下分離方式への移行の経緯、バス転換と比較した際のメリット・デメリットなどを掲載しています。

そうした状況で、しかもコロナ禍によって鉄道利用が低迷しているなか実施された「全線無料デイ」は、普段鉄道を利用されない方へのアピール、乗車のきっかけ作りといった狙いがあります。滋賀県は車社会ですから、鉄道に乗車されたことのない方も多く、「知ってもらう」「体験してもらう」ための施策を打つ意義は大きいでしょう。

「赤字なのにそんなことをやる余裕があるのか」といった意見も見受けられましたが、沿線のイベントや観光施設への送客による経済波及効果は無視できるものではありません。他県の事例ですが、たとえば2019年に「SAKURA MACHI Kumamoto」のグランドオープンにあわせて開催された「熊本県内バス・電車無料の日」では、県内ほぼ全ての公共交通機関が参加し、約2,500万円の支出費用総額に対して約20倍の経済効果が得られたと推測されています。

近江鉄道の「全線無料デイ」が実際にどれほどの効果をあげたかは今後細かく検証され、沿線自治体との話し合いの場や「近江鉄道パートナーズクラブ」のイベントなどで発表されていくのではないかと思われますが、推定で「普段の12倍のご利用があった」時点で沿線には少なからぬメリットがあったと考えられます。

もっとも、近江鉄道の手腕が問われるのはこれからです。運賃の高さや運転本数の少なさに加え、すぐ隣を走るJRという競合の存在、なにより「自動車」という便利な移動手段がある状況で、どうすれば自社線を移動手段として選んでもらえるか。上下分離へ向けて今後も目が離せない状況が続きそうです。

記事:一橋正浩

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