繰り返されるバス置き去り死、「命預ける」園で子どもをどう守ればいいのか 防止に向けた現場や国の動きは

 悲劇が繰り返された。静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」に通う3歳女児が9月、通園バスに置き去りにされて死亡した。園は降車確認を怠るなど、昨年7月に福岡県で起きた同様の痛ましい事件の教訓は生かされなかった。大事な子どもの「命を預ける」園。子どもをどう守ればいいのか、どうすれば再発を防げるのか。模索する保育現場や国の動きを追った。(共同通信=関かおり、大野雅仁)

実験のため、事件当日に駐車した場所に移された通園バス=9月14日午前、静岡県牧之原市

 ▽車内は40度超、水筒は空に
 9月5日午後2時ごろ、河本千奈ちゃん(3)がバスの車内で意識を失っている状態で見つかり、その後、病院で死亡が確認された。死因は熱中症。バスは午前8時50分ごろに園に到着したのに降ろしてもらえず、施錠された車内に約5時間にわたり置き去りにされた。上衣を身に着けておらず、水筒は空だった。
 静岡県警は後日、同じバスを使い車内の複数箇所の温度を計測する実験をした。最高気温30・5度だった事件当日とほぼ同じ気象条件で、車内は40度を超えていたことが明らかになった。
 園が9月7日に開いた記者会見で、思い込みや怠慢など複数のミスが重なり、事件につながった実態が明らかになった。
 まず、本来の運転手が休みで急きょ代行することになった増田立義理事長(当時)と、同乗した派遣職員は、降車確認をせず、千奈ちゃんを残したまま園舎に移動。前理事長は車内の清掃も消毒もしなかった。
 園はスマートフォンアプリを使った登園管理システムを導入していたのに、派遣職員は千奈ちゃんの登園を確認しないまま「登園」と入力した。
 担任は、千奈ちゃんの保護者から欠席の連絡がなく、クラスに姿もないと分かっていたのに「無断欠席かもしれない」と思い込んだ。園側は「連絡しないまま来ない園児もいる」と釈明した。

記者会見中、うつむく川崎幼稚園の増田立義理事長兼園長(当時)=9月7日午後、静岡県牧之原市

 ▽安全管理、現場任せで「死角」に
 昨年7月、福岡県中間市で倉掛冬生ちゃん=当時(5)=が保育園のバスに置き去りにされ死亡した事件が起きたばかり。なぜ繰り返されるのか。
 要因の一つとして、安全管理が保育現場任せになっていた実態がある。園内での保育と異なり、送迎は付加的なサービスとして行われており、園と保護者による「私的契約」と位置付けられている。国は送迎に関する基準を作成しておらず、基本的に指導や監査の対象外。保育施設における安全管理の事実上の「死角」となっていた。
 国は、福岡の事件の後、自治体に安全管理を求める通知を出しただけだった。静岡の事件を受け、「国としてほっとくわけにはいかない」(政府関係者)と、ようやく重い腰を上げ、マニュアルの作成や送迎バスを保有する幼稚園や保育園への一斉点検に乗り出した。
 ▽停車「3分以内」に確認ボタン
 韓国でも2018年、4歳の女児が保育園の送迎バスに置き去りにされて死亡した。韓国政府は数カ月後に道路交通法を改正し、子ども全員の降車確認を規定した。バスの後部座席側への警報システム設置を義務付けた。停車してエンジンが止まってから3分以内に車内をチェックして「確認ボタン」を押さないとアラームが鳴る。運転手らの目が行き届きにくい後部座席を見落さないようにする狙いがある。違反すると罰金が科されるようになり、政府が装置の導入費用を支援して普及を進めた。
 米国では、同種の装置や、取り残された園児をセンサーで検知して警告する装置を取り入れて対策を取る事例もある。

 日本でも事件を機に装置の導入を求める機運が高まり、認定NPO法人フローレンスが募った設置義務化を求める署名は4万筆以上が集まり、国に提出した。
 政府は10月12日、全国の幼稚園や保育所などの通園バス約4万4千台に対し、来年4月からブザーやセンサーなどの安全装置の取り付けを義務化すると発表した。違反した園は業務停止命令の対象となる。装置の費用に関して上限20万円程度までを全額補助する意向で、岸田文雄首相は国会で「事業者の負担が実質的にゼロになる財政措置を講じる」と述べた。

小倉将信こども政策相(左)に通園バスへの安全装置設置義務化を求める署名を手渡す、認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹会長(中央)=9月28日午前、東京都千代田区

 ▽助け呼ぶためクラクション鳴らし、保護者の園への関わりも重要
 もし車内に取り残された時にどうすれば良いのか。幼稚園や保育園では万が一に備え、助けを呼ぶためにクラクションの鳴らし方をバスで練習する動きが広がる。
 山梨県韮崎市の「韮崎カトリック白百合幼稚園」は、通園バスの出入り口近くにクラクションを鳴らすことができるスイッチを設置した。運転席は子どもが簡単に立ち入れないようなつくりになっていることから、クラクションを押すのは難しい。そのため「園児が運転席に入らなくても外部に知らせることができるように」と運転手らが考案したという。富山市では幼稚園と警察が共同で、園児がクラクションを鳴らして助けを呼ぶ訓練を実施した。

通園バスの運転席に乗りクラクションを鳴らす園児=9月20日午前、富山市

 再発防止に向け、識者は保護者の関わりも重要と指摘する。「保育園を考える親の会」で顧問を務める普光院亜紀さんは「例えば、保護者が、送迎バスに運転手1人しかおらず気になっても、普段園に対して意見しづらいという気持ちがある。でもそこで『通園バスはどんな風に安全対策されてるんですか』と保護者が確認していくことで、園側も『きちんとやらなくては』と気が引き締まる。良い循環に持っていくように保護者の働きかけが大切」と語った。
 欠席連絡を忘れずにきちんと行い、園運営に協力することも重要と語る。連絡なしで時間になっても園児が来ていなければ、施設側が保護者に確認する手間が掛かる。「保育士の負担を減らしていくことも事故のリスクを減らすことだっていうふうに考えて協力していくことが必要」と強調した。
 幼稚園や保育所などでは、通園バス以外にも、散歩中の置き去りや誤飲、うつぶせ寝による窒息など、さまざまな危険がある。普光院さんは「国が定める配置基準では保育士の人数が少なく、仕事量に対して現場の負担が大きいという構造的な問題もある」と指摘する。
 国の基準では、例えば保育所の3歳児20人に対して保育士を1人、4~5歳児の場合は30人に1人を配置すると規定。欧米に比べると職員は少ないのが現状だ。国の補助金は原則、配置基準に応じて支給される。手厚い対応をしようと基準よりも多くの職員を雇えば、その分の人件費は園側が負担することになる。
 普光院さんは「保育の質向上や職員の負担軽減のため、基準を見直す必要がある」と訴えた。

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