映画『画家と泥棒』- ドキュメンタリーにしか表現できない"奇跡の瞬間"がこの作品にはある

画家は描き、泥棒はもがく。 泥棒は戒め、画家は苦しむ。 2020年にサンダンス映画祭にて審査員特別賞を受賞し、BBCやワシントン・ポストが2020年ベスト・ドキュメンタリーに選出したことで注目を浴びました。 本作は、ある絵画が盗まれるシーンから始まります。 「あなたを描かせてほしい。」 その絵を描いた画家・バルボラが泥棒・ベルティルに対し、突飛な提案したことから二人の奇妙な関係が展開していきます。 泥棒はどのような人間で、どのような人生を歩んできたのか。 何の目的で絵を盗んだのか。 そして、画家もまた、何の目的で泥棒を描くのか。 芸術家と犯罪者、正反対の特質を持つように感じる二人の共通と相違、そしてその終着を目の当たりにしたとき、大きな衝撃と名状しがたい感情に包まれることでしょう。 “芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えるものにすることである”とは、画家のパウル・クレーの言葉。 私がこの作品に惹かれたのは、“見る”ことと“見られる”こと、“描く者”と“描かれる者”の不確かで不安定な関係性を、双方の視点を通じて緻密に映し出していたから。 作中に説明的な通釈や意図を介在させず、「画家」と「泥棒」の二人の存在をありのままに撮っていた点に魅力を感じました。 ドキュメンタリーにしか表現できない“奇跡の瞬間”がこの作品にはあります。(森優美子)

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