魔女の煮込みスープの如き怪作映画!『ノベンバー』 カルト的ベストセラーが原作の幻想モノクローム体験

『ノベンバー』©Homeless Bob Production,PRPL,Opus Film 2017

私をどこかへ連れてって

どうも行き先はいつの時代ともしれぬエストニアのようである。エストニアについてはデジタル・トランスフォーメーションが先端を行っているというまことに不確かな情報しか持っていないが、そんなよくわからない世界ではない。アナログのさらに前、色のないモノクロームの世界、私のような高齢者には馴染みのある不可思議なことが普通に存在するマジックリアリズムの空間である。

オオカミのような犬が雪野原を駆けまわる。あまりにも楽しくて走らずにはいられない。私は美しいエストニアを巡る心温まる捻じ曲げられた童話の世界を予感したのだが、数秒後に現れたのは見るからに邪悪な、おもちゃのようでいて人の存在意義を脅かすような鎌や鉄棒でできた3本足だけの人工物。それはどうも多少の意志を持っているようで、鎌を振り回し、空を飛び、鎖を操り、迷子になった牛を縛って連れ戻してくれたりもする。どうにも気味が悪いが仕事がしたくてしょうがないらしい。

ノベンバー、11月は死者が帰ってくる。夜、墓代わりに刺してある木の十字架の根元に火を捧げると、いつの間にか周りは白装束の、とうの昔に死んでいる近親者ばかりになっている。でもゾンビじゃないから噛んだりしない。ただ生きている者たちと束の間のひと時を過ごすのである。それが平和に見えるか、嫌悪の対象に見えるかは人次第であろう。

十字架の墓なのだからキリスト教徒たちのはずだが、死者が普通に帰ってきてしまうなどという不穏な教義は聞いたことがない。土地に根ざす住民たちにとっては当たり前の出来事のようだから、ヨーロッパ世界もキリスト教を一皮剥けば、こんなに豊かな世界観を持っているのである。

エストニアは本当にこんなところなのだろうか。誰か親切な人に案内していただきたいものである。

魅惑的な物語は語られるが……

筋はある。しかも悲恋。しかし、その周辺に散りばめられたカットの断片の印象があまりにも強すぎて、確実に迷子になる。場面場面の意味は理解できるが、それが簡単には繋がらない。集中しすぎていると疲れてきて、気がつくとどうも瞼がとじられていたようである。否、確かに私はカッと目を見開いていたはずなのだが、寝ていたのかもと錯覚してしまう。ふふふ、それでいいのである。誰が映画にはわかりやすい筋が必要だと決めた。わかりやすい映画が面白かったことがあるか。

最近の私はトム様のあの映画にもいい加減にしてくれと文句をつけてみたが、誰にも相手にされなかった。不可解だが、あれがわかりやすくてスカッとするのは結構。しかし、わかりやすさ、気分の良さに引きずられるとろくなことがないように思うところもある、相当に捻じ曲がってしまった私である。ハチャメチャな内容でもわかりやすいからいいじゃん、ってどうなん。ま、人により映画の見方は千差万別で、それぞれが勝手に点数をつければいい。でもね、旅と同じで、知らない世界で戸惑うことの面白さを知ったらもうやめられませんよ。

とは言ったものの、この『ノベンバー』の異様さ、生々しさ、おどろおどろしさは半端ではない。悲恋に加え魔女の作るスープのようにあらゆる怪しげなものがごた混ぜに煮込まれているので、無理して理解しようとしないほうがいい。観ているこちらがおかしくなってしまう。

究極の幻想的モノクローム

1カット1カットが、いや、ひとコマひとコマが芸術として成立しているこの絵はなんだ。深い深い暗闇にさらに黒のスポットライトを当てたような心の底に響いてくる重低音。間抜けな使い魔クラット登場のシーンの恐怖のおとぼけ。ドン引きしながらも惹きつけられる登場人物の顔のアップ。森の中の少女はくっきり浮き出ているのに、季節がわからないほど真っ白に飛ばされてしまった木の葉。モノクロでできることを全てやり尽くしている。

エストニア映画を特に意識して観たことはなかったが、またとんでもないものを作る国が出てきた。

この作品はエストニアの代表的作家、アンドルス・キビラークの「レヘパップ・エフク・ノベンバー」が原作。20年前に出版されたそうだが、エストニア内の全図書館で過去20年間、最も貸し出されたという。一体どんな小説がこんな映像作品になるのか想像もつかないが、まだ日本語訳は出ていない。翻訳されたら読むのかなあ。ちょっと怖い。

あえて観るのよそうかなと思わせてしまいそうなことを書いたが、美しく、奇妙な愛に関する寓話、ということにして不思議な世界を体験していただければ。

文:大倉眞一郎

『ノベンバー』は2022年10月29日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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