ザ・ビートルズ『Revolver』:オリジナルの4トラックが新技術でどう生まれ変わったのか

The Beatles during the 'Revolver' sessions at Abbey Road studios in 1966 - Photo copyright Apple Corps Ltd

2022年10月28日に発売されるザ・ビートルズ『Revolver』スペシャル・エディション。この発売を記念して、『Revolver』の解説を連載として掲載。その第4回目。

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『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』『The Beatles』『Abbey Road』『Let It Be』と、2021年にかけて発売されたザ・ビートルズの“発売50周年記念シリーズ”(『Let It Be』は世界的パンデミックの影響もあり、1年遅れて発売)。

記念版がこうしてラスト・アルバムまでほぼ順に発売されてきた後に、さて、次はどこにいくのだろうかと思っていたファンも多いに違いない。デビュー・アルバムの『Please Please Me』だろうか? それとも特に21世紀に入ってから人気がさらに上がった中期の『Rubber Soul』や『Revolver』あたりだろうか?

そうしたファンの期待を背に受けて登場したのは、2022年に聴くのに最もふさわしい一枚といってもいい『Revolver』(1966年)だった。

今回も、下記6形態での発売となった。
① 5CDスーパー・デラックス(63曲収録)
② 2CDデラックス(29曲収録)
③ 1CD(14曲収録)
④ 4LP+7インチ・シングル:スーパー・デラックス/直輸入仕様/完全生産限定盤
⑤ 1LP/直輸入仕様/完全生産限定盤
⑥ 1LPピクチャー・ディスク/直輸入仕様/完全生産限定盤=THE BEATLES STORE JAPAN限定商品

『Revolver』の記念盤も、これまでと同じく、プロデューサーのジャイルズ・マーティン(ビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子)とエンジニアのサム・オケルが、オリジナルの4トラックのマスター・テープを使用して、ステレオとドルビー・アトモスで新たにミックス。①「5CDスーパー・デラックス」のDisc 4に収録された「オリジナル・モノ・マスター」は、1966年のモノのマスター・テープを使用している。

今回、特筆すべきは、作業にあたって、ピーター・ジャクソンの音響チームが開発し、映画『ザ・ビートルズ:Get Back』に使用した新たな技術を導入したことだ。ピーター・ジャクソンは、1969年1月のゲット・バック・セッションでのリハーサル映像のヴォーカルと楽器を完全に分離するという画期的な方法を採り入れた。ジャイルズは、「デミックス」と呼ばれるこの技術を、ビートルズ好きとして知られるピーターのの許諾を得て『Revolver』のリミックスに全面的に採り入れた。

「デミックス」についてジャイルズは、『ローリング・ストーン』誌のインタビューで、こう説明している。

「一番シンプルに説明すると、君からケーキを受け取った後、約1時間後に小麦粉、卵、砂糖を持って君のところに戻ってくるようなものなんだ。そのケーキの材料には、他と混ざっているものがひとつも残っていないんだ」

『Revolver』になぞらえて言うと、オリジナルの4トラックに収録された演奏――ヴォーカルやコーラスを含むすべての声と楽器――を個別に「混ざり気」なしに振り分け、その個別の「音」をすべて新たに組み直すという作業を今回の記念盤に初めて採り入れたということになる。

そうすることで、それぞれの声や楽器の分離度がおのずと各段に良くなり、スタジオでのライヴ感に満ちた演奏が、これまでの記念盤以上に味わえる仕上がりとなった。特に何曲か、左右のどちらかにしか収録されていなかったリード・ヴォーカルを今回は中央に寄せた点も、大きな特徴のひとつだ。

ではスペシャル・エディションの聴きどころについて、まずはディスク1の〈オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス〉から紹介――。

楽曲解説:Disc 1、4、5

CD1:オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス

1. Taxman

出だしのカウントからして鮮明。従来のミックスでは、楽器が左チャンネル寄りで、右チャンネルは、ドラム(シンバル)やカウベルが入るまでは無音状態だったが、全体が中央寄りにミックスされ、特に、左寄りだったベースは中央に移り、音もでかい。

ギター(カッティング)は右に完全に分離し、その分、前半のシンバルは目立たなくなっている。カウベルは左に移動し、リード・ギターはほぼ中央に。結果、4人の立ち位置が目に浮かぶほど、ライヴ感が増大した。

2. Eleanor Rigby

従来は、ポールのリード・ヴォーカルは右チャンネルがメインで、ストリングスは中央に配置されていたが、今回はヴォーカルを中央にし、ストリングスを左右に分離することで、リード・ヴォーカルが右からしか聞こえてこなかった従来のミックスのバランス(違和感)を解消している。

それにより、ストリングスの“掛け合い”が絶妙な響きで耳に届くようになり、これまでにないほどポールの声の生々しさが伝わる仕上がりとなった。イントロの“Ele”は、左チャンネルにに一部のみ入っていたが、今回ジャイルズは、その部分だけ中央に一緒に入れるという小技を使っている。

3. I’m Only Sleeping

「Taxman」と同じく、後追いコーラスが入ってくるまでは右チャンネルは無音状態だったが、コーラスは左に移動。その後のコーラスは左右に入れるなど、ミックスを変更して音の広がりが増大。楽器類はすべて中央のやや左寄りにまとまっていたが、今回はこれまでは目立たなかったベースもドラムも中央寄りになり、やや右寄りに入っていた逆回転のギターもほぼ中央で鮮明に響いている。

4. Love You To

楽器の配置はほとんど変わりないが、イントロから響きが艶やかで、弦の音が感じられるほど強靭なミックスへと変貌。シタールがところどころ中央のやや左右寄りの両方に入り、広がりを生んでいる。低音がズシリと重い“ドローン効果”も増している。

5. Here, There And Everywhere

何と言っても、ポールの艶やかなヴォーカルが堪能できる仕上がりになった。コーラスは、冒頭の中央からやや左右に分離というミックスに(従来は左後方で聞こえていた印象)。ただしリード・ヴォーカルの分離は従来ほどではなく、“Love never dies”以降に入るフィンガースナップ(指鳴らし)も中央に埋まっていて、ほとんど目立たなくなっている。

6. Yellow Submarine

この曲も、これまではリード・ヴォーカルとコーラスはずっと右チャンネルで、アコースティック・ギター、バスドラム、ベースは左、波のSE(効果音)やブラスは中央という、SE以外の音が中央にはないミックスだった。

今回は、リンゴのヴォーカルを中央に配置し、SEは全体を包み込むように変更。さらにコーラスは左右に振り分け、コーラスの掛け合いは左右と中央にも一部入れるなど、より臨場感たっぷりの仕上がりとなった。

7. She Said She Said

イントロから全く別の曲かと思わせるほど、重厚感よりも軽さが目立つ仕上がりになり、一瞬戸惑うほど。全14曲の中で、サウンドの印象をジャイルズが最も変えた1曲だ。

また、メタリックな響きでではないほうのジョージのギターをより前面に出し、左右に振り分けることで、聴いたことのないかのようなフレーズが耳に飛び込んできて、それにも驚かされる。左チャンネルのドラムが中央寄りになり、ジョンのヴォーカルやポールのベースともども力強い響きに。

8. Good Day Sunshine

イントロだけ中央であとは右チャンネルに入っていたピアノを、右とやや左に振り分けて強調。間奏のピアノもより鮮明になった。ドラムも右から中央に移動。エンディングのヴォーカルの掛け合いは、より左右をめぐるような仕上がりに。

9. And Your Bird Can Sing

イントロの印象は同じだが、右後方で聞こえていたギターの鳴りが明快になった。ドラムが中央やや左に移動。今回のミックスで変化の少ない1曲。

10. For No One

イントロから力強い響きで、重厚感がある。左チャンネルに入っていたベースとフレンチ・ホルンは中央に移動。ポールの弾くクラヴィコードは同じく右チャンネルに入っているものの、少し埋もれた印象で、クラシカルな曲調は以前よりも弱まった。

11. Doctor Robert

イントロからビート感が強く、ヴォーカルも重厚で、まるでジョンが耳元で歌っているかのようだ。やや左寄りに入っていたリズム・ギターは中央のやや右寄りに移動。2度目の“Well, well~”のジョンの低音のヴォーカルがよく聞こえるようになった。

12. I Want To Tell You

「She Said She Said」ほどではないが、ミックスに工夫を凝らした1曲。左チャンネルに入っていたイントロとエンディングのギターを、イントロは右から左へ、エンディングは左から右へと徐々に移っていくように変更している。

従来は、ベースは右、ヴォーカルとハーモニーは中央やや右、ピアノはやや左、手拍子は左右と、中央に音がないミックスだったが、今回は他ヴォーカルとベースは中央に寄せ、ピアノは中央左右に振り分け、ドラムの連打も左右に完全に振り分け、手拍子は右のみに入れるという、音の素材の配置を大幅に変え、ジョージの魅力を引き立てた。

13. Got To Get You Into My Life

従来のステレオ・ミックスは、ブラスが右チャンネルだけに入っていたので、モノ・ミックスの方が圧倒的に迫力があったが、今回は、モノ・ミックスと同じくイントロからブラスが中央から派手に耳に届くのがまず最高。

さらに中央にはヴォーカルとタンバリンと間奏のギターしかなかったのを、今回はヴォーカル、ベース、ドラムス、タンバリンを中央に寄せ、ブラスを中央から左右に楽器ごとに分離させ、ドラムの連打も中央と右に振り分けたことで、ブラス・ロックの破壊力を最大に発揮するミックスへと生まれ変わっている。全14曲中、魅力的なミックスの代表格だ。

14. Tomorrow Never Knows

イントロのシタール(音が一瞬揺れる)に続くドラムとテープループは、従来の中央から、中央のやや左右に振り分ける新たなミックス(間奏のSEも同様)。

「かもめの鳴き声」は、イントロは同じく左から右へと移動させ、後半は中央右後方から左後方(あるいは逆)へと移動させている。他にも、ギターは左右に揺らし、エンディングのピアノも、右だけだったのを中央右から右へと移動させるなど、ジャイルズ流のサイケデリック感を表現した。

CD4:『Revolver』オリジナル・モノ・マスター

1966年のモノ・マスター・テープを2022年の最新技術で蘇らせた一枚。とはいえ、2009年にリマスターされたモノ・ミックスと定位や音の鳴りに大きな違いは感じられない。「Eleanor Rigby」「I’m Only Sleeping」「Love You To」「Good Day Sunshine」「Got To Get You Into My Life」「Tomorrow Never Knows」など、ステレオ・ヴァージョンとはミックス違いの多い曲が多数含まれているので、それも併せて楽しむことができる。

CD5:『Revolver』EP

1. Paperback Writer

『Revolver』のセッションでレコーディングされ、先行シングルとして発売された曲。大衆小説家になりたがっている人物がある編集長に送った手紙の文面をそのまま歌詞にするという試みも斬新な、ポールの意欲作である。冒頭のポール、ジョン、ジョージによる厚みのあるコーラスが印象的で、それに続くポールが弾いたエピフォン・カジノの音色が、重層構造になったギター・サウンドの印象をより強めている。

〈ニュー・ステレオ・ミックス〉は、『Revolver』収録曲と同じく、スタジオでのライヴ感の増した仕上がりに。従来は冒頭のドラムとギターは左で、ベースは右に入っていたが、今回はドラムとベースを中央に寄せ、ギターは中央やや右に配置。イントロからヴォーカルやドラムとベースの迫力がすごい。エンディングも、コーラス(右)と後追いコーラス(中央やや右寄り)という掛け合いを、今回は、コーラス(左右)と後追いコーラス(中央)という新ミックスに仕上げた。ただし、コーラス直前の咳払いや練習する声などは全く聞こえなくなった。

2. Rain

シングル「Paperback Writer」のB面に収録されたジョンの曲。ジョン曰く「マリファナの神からの贈り物」とのことだが、エンディングにヴォーカルを逆回転で取り入れたほか、テープレコーダーの回転数を変化させて録音し、再生する際に元に戻して声に変化を加えるなど、いわば『Revolver』の革新的な音作りを1曲に凝縮したかのような傑作だ。天気の変化に喩えて心のありようを歌い込んだ歌詞も素晴らしい。

〈ニュー・ステレオ・ミックス〉は、イントロのドラムの音の抜けが良くなったため、「She Said She Said」と同じく重量感が減退した印象。ベースとドラムの力強さは増し、右に入っていたコーラスは、中央のやや左と右に振り分けられたことで(左の方が大きめ)、ヴォーカルを包む込むサウンドへと変化した。エンディングの逆回転ヴォーカルもかなり鮮明に聞こえる。

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