「産後うつ」の母親は10人に1人、コロナ禍でさらに増加 放置すれば最悪の事態も 悪化を防ぐためにできること

 出産後の女性は、妊娠、出産に伴うホルモンバランスの変化や慣れない育児で、心身の不調に陥りやすい。心配なのが「産後うつ」で、出産後の母親のうち10人に1人が発症している。特に近年は新型コロナウイルス禍で自宅にこもるなど孤立しがちで、うつを発症する恐れのある母親は約3割に上る、という研究結果もある。重症化すれば子育てがままならなくなるだけでなく、最悪の場合、自殺を図る恐れもある。どうすればいいのか。横浜市の支援団体の取り組みがヒントになるかもしれない。(共同通信=岩原奈穂)

赤ちゃん連れの母親と話をする棒田明子さん(右)=7月、横浜市神奈川区

 ▽コロナ禍で妊婦・産後女性の3割が産後うつの恐れ
 出産後、睡眠不足になる母親は多い。出産自体、体への負担が大きく、産後もダメージが残り、産んだ直後から育児が始まって昼夜問わず赤ちゃんの面倒を見なければならない。気分が落ち込んだり、「母親ならあれもこれもしなければいけない」「自分は母親失格だ」などと自分を責める気持ちになって自己評価が下がったりする人も少なくない。
この状態が2週間以上続くと、産後うつの可能性がある。放置して重症になれば、自殺までいかなくとも、十分に子育てができなくなり、子どもの発育に影響が出る恐れもある。
 産後うつは決して珍しくない。青森県にある十和田市立中央病院メンタルヘルス科の徳満敬大医師らは2020年、出産女性の「産後うつ」の発症頻度を調べた研究を発表した。出産から1カ月では約15%の人がうつ状態だった。その後、産後半年から1年の母親でみても約11%に症状があった。
 コロナ禍ではさらに深刻だ。横浜市立大医学部産婦人科の宮城悦子教授らの研究チームが2020年9月、コロナ禍での心の負担を調べるため、妊産婦約8千人にアンケートを実施したところ、約3割がうつを発症する恐れがある状態だったことが明らかになった。コロナ前に行った同様のアンケートでは1~2割だったため、大幅に割合が増えている。
 行政も対策は取っている。政府が推進しているのは、授乳指導や育児相談を行う「産後ケア」事業だ。具体的には、助産師に自宅を訪問してもらって赤ちゃんの世話の方法を教えてもらったり、育児相談をしたりするほか、施設に宿泊して体を休めることもできる。
事業は心身の不調改善や産後うつ予防に効果が期待できるとしており、多くの市区町村で実施されている。
 課題は利用者の少なさだ。母親が「まだ大丈夫」「どんな人が家に来るのか分からず不安」などと利用をためらうケースが多い。産後ケア事業を実施する全国の市区町村を対象に、国が利用状況を尋ねたところ、回答した約860自治体のうち、自宅訪問サービスの利用者は、全出生数の1%(約9800人)、宿泊は0・8%(約8100人)にとどまった。

 ▽初対面の人には相談しにくい
 効果が期待できる事業なのに、利用してもらえない。制度の課題はどこにあるのか。
「産後に悩みを抱えても初対面の人に相談するのは難しい。制度があっても、やっている人が見えないと、利用にはつながらない」
こう指摘するのは、産前産後の支援グループ「ここみて港北」を運営する棒田明子さん。2020年5月に横浜市内で立ち上げた。コロナ禍での親の孤立を防ごうと始めた取り組みだ。棒田さんはこれまで、育児雑誌の編集や子育て支援などに携わってきた。
ここみて港北では、出産前から親が育児を応援してくれる人とつながれるように、オンラインでの両親向けの講座「両親教室」の開催や、親へのLINE(ライン)などを通じた情報提供をしている。
 例えば、両親教室では地元の助産師らが講師を務め、4回続きで開催している。授乳や赤ちゃんの世話、産後の女性に起こる心身の変化や男性育休の活用について学んでもらう。少人数で複数回実施することで、顔の見える関係をつくり、悩んだ時にはメールなどでの直接相談につなげるのが特徴だ。「予定日より早く出産になりそう。どうしたらいいか」「産後の妻の様子が変だ。産後うつか」など、夫婦双方から相談があるという。
 加えて、助産師らは産後ケアで自宅訪問の役割を担ったり、自身で助産所を設けたりしているため、相談を受ければ直接サポートに出向く場合も多い。親にとっては誰が来てくれるのか分かり、産後のサービスを利用しやすくなる。地元密着で取り組むメリットと言える。

ここみて港北

 ▽「全て自分が悪いように感じた」
 母親が不調に陥った際、夫の果たす役割は大きい。母親は自分を責めがちになり、SOSを出せなくても、一番身近にいる夫が気付くことができれば悪化を防げる。
そこで「ここみて港北」は父親に全ての回への参加を勧め、女性の心身の不調についても時間をかけて学んでもらう。夫婦共に、産後の心身の不調が誰にでも起こり得ることだと実感してもらうためだ。
2022年6月下旬に開いた両親教室では、数カ月前に出産したばかりの40代の母親が赤ちゃんをだっこし、子育ての日常を紹介。母親は「母乳が十分に出なかったことで、つまずいたような気持ちになり、追い詰められた。うまくいかないことは全て自分が悪いように感じ、苦しかった」と明かした。産後の渦中にいる人のリアルな話を聞き、これから父親になる夫らは驚いた表情を見せた。

親子向けのイベントで話す棒田明子さん=7月、横浜市神奈川区

 ▽実家の親のように地域の人にも頼ってみて
 最後に、棒田さんに尋ねた。「ここみて港北」のサポートを受けられない人は、どうすればいいのか。
 準備は妊娠中からが大切とはいえ、産後の育児の大変さに「こんなはずでは」と戸惑う人も少なくないはず。棒田さんはこうアドバイスした。「ちょっと不安だと感じた段階で、まずは母子手帳を受け取った窓口に行き、自分が使える産後ケアなどのサービスを聞いて、利用してみて」。心身の状態が悪化してしまうと、利用手続きさえ負担になる。「しんどい」と感じる前に活用してみることが大切という。
 中には、支援を受けることに抵抗がある人もいるかもしれない。でも、サポートに来てもらうことで、地域の知り合いも増えて日常的に声をかけてもらえたり、地元の情報を得られたりする。知り合いを増やしておけば、災害などの非常事態でも、安否を気に掛けてもらえるという危機管理にもつながる。棒田さんは「実家の親と同じような気持ちで、地域の人にもぜひ頼って」と呼びかけている。

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