年末『笑ってはいけない』休止 「痛みを伴う笑い」避けざるを得ないバラエティー番組制作“裏”事情

笑ってしまえば“ケツバット”に“タイキック“がさく裂。不条理な展開と痛みにもん絶する芸人のリアクションに、おなかをかかえて笑った思い出のある視聴者も少なくないだろう。

年末恒例だったバラエティー番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!絶対に笑ってはいけないシリーズ」(日本テレビ系)の2年連続の休止が9月に発表された。2006年から年末放送となった同番組は、平均視聴率約16%(ビデオリサーチ)の大人気シリーズだけに、休止にはさまざまな臆測が飛んだ。

放送倫理・番組向上機構(以下BPO)から4月に出された「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解による影響とする声もそのひとつ(のちに日本テレビ社長は否定)。見解では、“ドッキリ番組”における苦しみ、痛みに対する芸人のリアクションを、他の出演者が嘲笑しているシーンが青少年におよぼす影響などについて考察し、一定の懸念が示されている。

ただし、BPOは何らかの規制を促す権限などは持ち合わせていない。国ではなく、あくまで放送局が設置した機関、放送休止に関して、なんらかの圧力がかかったと考えるのは早計だ。バラエティー番組のコンプライアンスが問題となる度に「BPOの見解」が話題に上るが、その影響力とはいかなるものだろうか。

「自分の責任となることはなるべく回避したい」

1965年の日本放送協会(NHK)他による「放送番組向上委員会」を始まりとして、現在のBPOとなったのは、2003年と比較的近年のこと。BPOは、「放送倫理検証委員会」「放送人権委員会」「青少年委員会」から構成され、前出の「痛みを伴うことを~」の見解は青少年委員会から出されたものだ。

バラエティーのみならず、広くテレビ放送される番組に対して、「表現の自由を守りつつ視聴者の基本的人権」を傷つけることがないように、「独立して放送倫理や人権の問題を検証し、放送局への勧告や見解や意見など」を公表する第三者としている。

BPO側にはその意図はなくとも、制作者側への注意喚起に対し、いわゆる“忖度(そんたく)”が働き「自主規制」を講ずるケースはあるのだろうか。民放の情報番組の元デスクで、バラエティー番組の現場にも詳しいA氏は次のように話す。

「(何らかの影響は)否定はできません。ただし、それは現場レベルで何かが禁止される、という意味ではありません。まずは、管理者という立場のプロデューサーサイドの会議において番組制作に関するガイドライン”のようなもの”が決められ、それが現場のディレクターサイドに降りてくる。具体的に『〇〇禁止』のようなものではなく、各番組の趣旨にそった通達レベルではないでしょうか。

というのも、現在のプロデューサー・編成局長クラスは、『何でもあり』のバラエティー番組全盛期の2000年代をくぐり抜けてきた人たちが多くいます。テレビ局をあげて、『コンプライアンス強化』を実行し過ぎるリスク。さらに、現場を規制して、番組が面白くなくなることが自分の責任となることはなるべく回避したい。

したがって、『上はこう思っているけど、おのおのにお任せします』というニュアンスにならざるを得ないのです。曖昧さをすり合わせしながら、制作に携わるディレクターサイドの歯がゆい思いも度々耳にします」

「コンプライアンス」が認知される契機となった番組

バラエティー番組と倫理については、今になって問題となったわけではない。1世帯あたりのテレビの普及率が50%にも満たない1950年代にはすでに、今でいう素人参加型のバラエティー番組を視聴した評論家・作家の大宅壮一が「低俗番組」との批判を展開している。

また、日本PTA全国協議会による独自調査である「子どもに見せたくない番組」(2012年に廃止)ランキングなどは聞き覚えのある方も多いだろう。かつては、先日逝去した仲本工事さんも所属していたドリフターズの番組なども”やり玉”にあがっていた。

その中で、特に問題となってきたのは、テレビ番組による「他人に心身の痛みを与える行為」がいじめを誘発する、など青少年に与える影響だ。

一躍注目を浴びたのが、BPO青少年委員会の意見により、『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系)内の「七人のしりとり侍」(罰ゲームで袋だたき等)が問題視された一件(2003年)であろう。見解を受け、番組内で「逆ギレ」とも捉えられる内容(後に反省を表明)を放送するも、結局コーナーが打ち切られるという幕切れ。これらが契機となり、一般的にバラエティー番組における「コンプライアンス」が広く知られ、制作者側の「忖度」が強まった面もあるのではないか。

「昔のバラエティー制作であれば、予算と安全のバランスさえ調整すれば良かった。しかし、2000年代前半頃からは、『コンプラ』に配慮した番組作りは必須の流れとなりました。どう見られるのか、SNSでマイナス面の拡散をされないか十分に気を使う必要があります。

内容のダブル、トリプルチェックは当たり前で、(現場)ディレクターより(内容チェックの)プロデューサーの方が多いケースすらあります。今回(笑ってはいけないシリーズ)に関しては、比較的保守的と言われている日本テレビ系列の番組のため、ことさら慎重になったという面もあるかもしれません」(前出A氏)

視聴者ではなく“スポンサー”に配慮する理由

「むちゃをやってなんぼ」、「面白くなければテレビじゃない」、という際どいバラエティー番組の制作姿勢は、年々許容されなくなってきたというのが現状のようだ。さらに、コンプライアンス順守の先にあるのは視聴者ではなく、その先を見据えたものであることも強まっているとA氏は指摘する。

「ご存じの通り、昨今テレビの全体的な視聴率の低下は歯止めがかからず、予算も限られたものとなっています。最低でも現状維持のためには、視聴者というより対スポンサー視点に置いた番組作りが優先されます。したがって“コンプラ”を無視して際どいことをしてまで、予算を削られるリスクはとらないと考えるのが普通ではないでしょうか」

さまざまな事情をやりくりしながら、“コンプラリスク”の少ない、トーク、街歩き、食べ歩き、クイズなどを中心としたバラエティー番組が増えるのは必然といえる。

低予算で、面白い番組作りを考え出すスタッフには頭が下がるとしながら、今後のバラエティー番組について、A氏は続ける。

「出演者に関しては必ず「握った」作りが必須でしょう。無許可のどっきりや相手がケガをするといった想定外のハプニングの可能性があるものは少なくなっていくのは間違いない。極端に言えば、「痛い」ではなく、「かわいい」とか「おいしそう」のような方向に特化していくのではないでしょうか。

ただし、「ほつれ」を良しとしない番組作りを、つまらなく感じるスタッフも少なくない。『思い切って振り回せない』クリエイター気質の社員は局から徐々に減り、管理者しかいなくなるという動きも加速するかもしれません」

「今のバラエティー番組はつまらなくなった」と無邪気に笑っていた時代を懐かしむのは簡単だ。ただし、「他人に心身の痛みを与える行為」を繰り返し視聴する青少年への影響については、BPOの見解でも、脳科学、発達心理学的見地からの指摘がなされており、慎重に受け止める必要はあるだろう。

「痛みを伴うことを笑いの対象とする」行為は、前時代的な振る舞いと考えを変えるような転換期に来ているのかもしれない。

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