片桐仁、母校の多摩美術大学美術館で恩師の作品を鑑賞…改めてそのすごさを再確認

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。7月22日(金)の放送では、「多摩美術大学美術館」で芸術家たちの想像力を刺激してきた“素材”に迫りました。

◆片桐が初めて母校の美術館へ

今回の舞台は東京都・多摩市にある多摩美術大学美術館。多摩美術大学は片桐の母校ですが、同館があるのは彼が学んだ八王子校舎ではなく「多摩センター駅」近くのため、初めての訪問です。元来、大学の図書館に併設された資料室という形で始まり、移設などを経て2000年に現在の地に開館。多摩美術大学ゆかりの芸術家の作品や大学の美術館では珍しい国内外の古代の美術品などがコレクションされています。

そんな多摩美術大学美術館で開催されていたのは、コレクション展「そうぞうのマテリアル」。

"そうぞう”という言葉には"想像”と"創造”2つの意味が込められ、今回は芸術家たちの創作意欲を刺激してきた「素材」をテーマに、水、木、金、土と4つの部屋に分けて作品を展示。片桐は学芸員の渡辺眞弓さんの案内のもと館内を巡ります。

◆多摩美の教授たちによる"水”の表現

まずは、無色透明で形も移ろいやすい"水”のイメージや性質を表現した作品を紹介する部屋から。

そこには、片桐が学生時代に助教授だった多摩美の名誉教授・渡辺達正の「『深海』4作品」(2005-2006年)が。

渡辺は既に教職からは離れたものの、今なお現役で制作を続けています。同展にも度々足を運んでいることを聞いた片桐は「元気ですね」と安堵。そして、「ストイックな方でしたね」と大学生時代の印象を振り返り、「こちらメゾチントですね」と用いられた技法を指摘。

メゾチントとは銅板に無数の穴を作り、細かい傷をつけ、表面を削ったり、磨いたりして描画することで柔らかな表現を可能に。

本作はそんなメゾチントの柔らかな性質を最大限に活かした作品で、片桐は「目を潰し、どんどん白を立ち上げていく技術なので、こうしたフワッとしたものに向いているんですよね」と解説します。

本作について、片桐は「ピントがバッチリ合っているようで合っていない感じとか面白いですよね。もっとシャープに描こうと思えばシャープな線も出るわけなんですけど」とその印象を語ります。「深海」と銘打たれているものの、考えてみれば深海には光が届きません。また、そもそも水は無色透明で形も不定形。そのため、全ては渡辺個人の感性による想像で表現した作品と言えます。

続いては、渡辺同様、多摩美で教鞭を執っていた建畠覚造の「LANDSCAPE W.F.134 大」(1991年)。

彼は人体のフォルムに触発され、有機的なイメージで制作する彫刻家で、人の体に馴染む柔らかな表現が特徴。思わず触りたくなってしまう作品で、片桐も「高さといい、へこみといい、ちょうど4人が座る感じといい」とその形状に興味津々。しかも、角度を変えて見ると印象が変わり、しゃがんで見てみるとまるで海のように水平線が遠くに見え、波がどこまでも続いていくかのようです。

さらに、多摩帝国美術学校の初代校長であり、日本の商業美術の先駆けで、現在のグラフィックデザイナーにあたる図案家・杉浦非水の「姫鵜と波紋の表情」(1955年)。

画中には図案家らしい表現がなされており、波に着目してみると、奥は非常に抽象的でありながら、下の波は色彩も柔らかなグラデーションで非常にリアル。作品を前に、片桐は「上のほうにいくにつれ、海なのか空なのかわからない不思議な感じがしますね」と見入ります。杉浦は目の前の自然を観察し、自然の法則や普遍的なイメージを抽出することが図案制作の基本と考えていたことが窺えます。

◆素材に魅了され、素材と対話しながら作品を制作

"水”に続いては、"木”の部屋へ。

そこでまず鑑賞したのは、髙木晃の「漆の島」(1995年)。これはFRPという強化プラスチックで型を形成し、その上から布を貼り付けて、漆で着色したもの。

古くから伝わる漆という自然物に対し、インテリアや食器など幅広い分野で活躍する芸術家・髙木は現代的なあり方、表現を追求しています。

本作は2004年にも多摩美術大学美術館に展示され、その際は赤一色でした。しかし、その後に黒い漆を塗布。漆の技法のひとつに、黒い漆を塗り、その上から赤い漆を塗る「根来塗(ねごろぬり)」という技法があり、当時その技法に深い関心を寄せていた髙木は、あえてその逆を意識して制作したのかもしれません。

一方、木口木版で制作した緻密な表現が特徴的な版画家・小林敬生の「星の時間 漂泊 94・11」(1994年)を前に、片桐は「僕は卒業制作が木口木版で、(小林は)大変お世話になった先生ですね」と懐かしそうに語ります。

そして、「このサイズの木口木版って本当にすごいと思いますよ! 大きくても版木がこの丸ぐらいしかない、いくつか版木をくっつけて摺っているんですよ」と経験者だからこそ知るその大変さについて言及。版画は一般的に木を縦に切った木版をイメージしますが、木口木版とは輪切りにした木を使用。木目の影響を受けない硬い表面を削るため、とても精密な彫りを可能にします。

学生時代、小林にとても目をかけてもらっていたという片桐は、「敬生先生の絵をみるとすごいなと思う」と話し、「鳥とかも図鑑とか絶対に見ないんですよ。すごく変わっていて、自分のイメージのなかで描いていくと言っていましたね」と振り返ります。

本作は文明の象徴である高層ビルを木が包み込んでいるようで、そこには自然・生命の讃歌とともに文明を築いてきた人間の驕りに対する批判が込められています。また、小林は制作にあたっては桜や椿など、実にさまざまな木を使用しており、自然をテーマにしているからこそ自然物に対して強いこだわりや敬意が込められていたようです。

さらに、片桐は「木口木版は面白くて、ポジとネガ、両面使えるんですよね。反対側からも見られる」とその魅力を語ります。雁皮紙(がんぴし)という薄い和紙を用いることで作品を裏側からも楽しむことが可能で、巧みな技術で素材と向き合う小林の作品に、片桐は「すごいよな~」と改めて息を吞みます。

◆素材と向き合い、鑑賞者にあらゆる想像をもたらす作品の数々

3番目は"金”の部屋へ。

そこにポツンと佇む舟越保武のブロンズ作品「原の城」(1971年)を見て、片桐はその人物像を想像。「甲冑をつけた兵隊が疲れている感じですよね。武器も持ってないし、目と口がポカンと開いている。戦いの虚しさを表しているというか」と思いを巡らせますが、作品の裏側に回るとヒントが。

そこには"いえすさんたまりあ”、さらに"寛永十五年 如月二十八日 原の城 本丸にて”と記されており、その上で改めて見ると正面には十字架があるのがわかり、「島原の乱だ」と片桐。

見事正解で、これは江戸時代初期に潜伏キリシタンを弾圧した農民の反乱「島原の乱」が題材で、討死した武者の姿を想像し10年かけて完成させた作品です。この人物に関するキャプションはあるものの、"鑑賞者に立ち止まり、さまざまな想像をしてもらいたい”という意図から、こうした展示方法になっています。

さらに、最後の"土”の部屋でも想像力を膨らませる作品が。

歴史の中に埋もれた人物に光を当て、作品を制作する寒川典美の彫刻作品「『睦奥国風土記』より 八槻の保々吉灰」(1989年)は、書物の大半が失われてしまった「睦奥国風土記」に登場する"土蜘蛛”がモデル。大和朝廷に従わずに虐げられていた土蜘蛛ですが、本作では彼の力強さや個性を肯定し、人が持っている温かみを感じられる作品に。

片桐は「素材感がすごい。荒々しさというか……それが良さに繋がってますよね」と評価しつつ、「この状態で発掘された感じがある。手足が(なく)トルソーのような表現で、本当は馬に乗っていた像の一部のようにも見えますね」と夢想。作り手の豊かな想像が込められた作品は、鑑賞者の想像力も大いに刺激してくれることがわかります。

OBとして初めて多摩美術大学美術館に訪れた片桐は、「直接教わった先生とかの作品を見たりしながら、水・木・金・土という分け方によって新たな見方ができるというのが美術の奥深さを知るきっかけにもなったと思います」と感想を語ります。そして、「素材と向き合って表現を追求し続けた多摩美術大学ゆかりの芸術家たち、素晴らしい!」と賞賛し、想像を掻き立てるさまざまな素材に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「銀化ガラス壺」

多摩美術大学美術館の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから学芸員の渡辺さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。渡辺さんが選んだのは「銀化ガラス壺」(1世紀 古代ローマ文明)。

片桐は「2000年前のものとは思えないほど綺麗ですね」と驚きの声を上げます。これはガラスで、長年土中にあったことで化学反応を起こし変色。こうして光沢が帯びる現象を「銀化」と言います。

片桐は「銀化といっても銀のところもあるし、金、赤っぽいところもあったり、青っぽかったり、とても豊かな色の光沢がありますけど、これは人工的なものではないんですね」と感心しきり。この自然が生み出した色彩の美しさに渡辺さんも惹かれたようです。

今回は最後に片桐が学生時代を回想。「後々思うと美大に入った瞬間に芸術家の入り口が始まっていて、そこで出会ったことがその後の人生に結構影響を及ぼしていくんですよ」と振り返り、「今はもう少し頑張って授業を受けていたらよかったなと思う」と後悔の言葉も。

当時知り合った仲間、そして大学時代がとても大事だったようで「美大に入ったところから繋がっていて、大学のときにコンビを組んでお笑いを始めたのがきっかけ。紆余曲折ありながらも原点なんだと思いますね」と感慨深げに語りました。

※開館状況は、多摩美術大学美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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