スイスのカシミヤブランド、2段階にわたりサプライチェーンの透明性を証明しブランドの価値を向上

mage Credit: FTC

ここ数年間で、世界のファッションブランドがアジアのサプライチェーンにおける人権・労働権を侵害していることが明らかになってきた。下請けへの依存、原料・商品を複数の供給源に頼るというファッション業界に広く浸透する構造は、ブランドがサプライチェーン上で起きていることを手遅れになるまで把握できないという危機的状況を生み出している。

そうした中、スイスに本拠を置く高級カシミヤブランド「フェア・トレード・カシミヤ」(以下、FTC)は2003年の創業時から中国陝西省のヤギ牧場と提携し、エシカル(倫理的)な調達を継続してきた。同社のエイドリアン・クネゾヴィッチ氏に話を聞いた。

FTCは家族経営の企業だ。クネゾヴィッチ氏は姉と共に2代目を継いでいる。

「1990年代からアジアに生産拠点を置いてきた父にとって、製品が実際にどこから届いているのかを把握することは非常に重要なことでした」

Instagram

クネゾヴィッチ氏によると、世界のカシミヤの約7割は陝西省や内モンゴル自治区を代表とする中国で生産されており、中でもその2つの地域は辺境にある。FTCが創業した2000年代初頭、高品質なカシミヤを生産する遠隔地のヤギ牧場にわざわざ足を運ぶ高級ブランドは珍しかった。

生産から販売まで一貫したサプライチェーンを実現

FTCは従来の大手ファッションブランドとは異なる手法をとり、陝西省の農家と直接関係を構築することから始めた。今ではサプライチェーンを完全に統合し、自社牧場と小規模の家族経営の牧場でヤギを育てる段階から携わり、陝西省、河北省、欧州にある牧場や工場、施設を直接運営する。さらに、サプライチェーン上で働く人たちに生活賃金を支払い、家族の教育費などの福利厚生も提供。環境に対しても、廃棄物の削減や汚染・気候変動への影響を減らすためのガイドラインを策定して責任を果たすことに努めている。

一貫した、追跡可能な垂直型のサプライチェーンを構築してきたことは同社の成果といえる。しかし、FTCは消費者が同社の主張を鵜呑みにするとは考えていない。

そのため、エコテックス発行の「メイド・イン・グリーン(MADE IN GREEN)認証」やクライメイトパートナー発行の「カーボン・ニュートラル認証」といった第三者認証を取得してきた。

FTCにとって、認証の価値とはどのサプライヤーが自社の行動規範に則っているのかを特定するだけでない。ブランドの理念を証明する一つの方法を消費者に提供し、さらなる信頼を醸成することにある。FTCのホームページでは2世代にわたり協働してきた陜西省のヤギ農家のストーリーを載せているが、すべての人が同社のホームページを閲覧するわけではない。それだけに、認証を取得しこれを伝えることに意味があるのだ。

DNAトレーサビリティも実施

Instagram

FTCのトレーサビリティへの取り組みは認証取得だけにとどまらず、DNAに基づく追跡も実施している。スイス企業「Haelixa」が開発した新技術を採用し、液体に溶かした一種のマーカー(目印)を牧場でカシミヤに吹きかけ、原料が陝西省の牧場で生産されたものであることを店頭で証明できるようにしている。

クネゾヴィッチ氏は「こうしたデータを改ざんすることは不可能です。DNAトレーシングは、ブランドにこれまで以上の信頼性と透明性をもたらすものだと考えています」と断言する。

「隠すことは何もない」というのがFTCの姿勢だ。独自の垂直統合型のサプライチェーン追跡モデルを確立することで、それを証明しようとしている。

「サプライチェーンが複雑なあまり、原料がどこからきているのかを知らないというファッションブランドが多いのが実情です。カシミヤは通常、中国国内だけでも数社を介して供給されています。しかし、私たちはヤギを育てる段階から携わり、一貫してサプライチェーンを管理しています。これこそが当社の独自性なのです」

サプライヤーとの長期的関係を重視し、コミュニティに還元する

FTCは、ブランドが持続可能で、自社のコミュニティ(ステークホルダー)にポジティブな影響をもたらしたいなら、エシカルな調達を行うだけでなく、長く継続する価値の創造が必要と考えている。同社は20年近くにわたって、サプライチェーン上で働く人たちに教育やより良い暮らし、新しい機会をもたらしてきた。同時に、そのことは高品質な原料を持続的に調達するというビジネス上のメリットにもつながってきた。

クネゾヴィッチ氏は、ファッションブランドがしばしばコスト削減のために調達先を変えることを嘆く。彼にとっては、長期的な関係に価値があり、長期的な関係があるからこそブランドはコミュニティに真の変化をもたらすことができるのだ。

「本当に持続可能でありたいなら、サプライチェーン全体を理解し、協力し合うことが必要です。必ずしも、当社のように独自の供給源を持つ必要はありません。しかし、安定的に関係性を維持することは必要です。そうすることで、原料の生産者や製造者に長期的な影響をもたらすことができるからです」

グローバルブランドはどう取り組むべきか

FTCのような取り組みには膨大な時間や努力、熱意が必要だ。しかし、FTCが小さなブランドでありながらこうしたことができるのなら、圧倒的に大規模な調達部門を有するグローバルブランドはなぜ数段階のトレーサビリティを備えたシステムを実装できないのだろうか。

FTCでマーケティングコミュニケーション部門の責任者を務めるサラ・メトラー氏は、「多くの場合、サプライチェーンに対する理解が不足しています。その結果として、ブランドは真実を伝えることに確信が持てなくなっています。サプライチェーン内で何が起きているのかを知らないからです。われわれは何が起きているかを知っているので、隠す必要がありません」と話す。

2013年4月に欧米のブランドの調達先が複数入居するバングラデシュの縫製工場ビル「ラナ・プラザ」が崩落して1132人の従業員が亡くなった事故から、80以上のブランドが強制労働に関与していると指摘されたウイグル族の人権危機に至るまで、不透明な調達や第三者監査に依存する従来型のサプライチェーンモデルは機能していないことが明らかだ。ファッション業界のサプライチェーンの透明性を高めるためのツール(例えばTrusTraceTransparency in Actionなど)は増えてきているが、業界としての取り組みはいまだ限定的だ。

前述したような不透明性に関するリスクからブランド・企業が身を守るには、サプライチェーンにおける透明性と検証可能な可視化が必要だ。FTCの取り組みはそれが可能であることを示しているが、実現するには従来の思考からの大きな転換が求められる。

© 株式会社博展