人も土壌も再生する代替食品の開発に挑む、シンガポールの食品スタートアップ

Image credit: WhatIF Foods

シンガポールの代替食品スタートアップ「WhatIF Foods(ワットイフ・フーズ)」は、植物性代替食品の原料としてこれまで使われてこなかった“バンバラ豆”を使用した代替ミルクなどを販売する。バンバラ豆は栄養価が高く、栽培が簡単で、土壌を健全に保つ役割を果たす植物だ。地球環境への影響を考えると、単に植物由来の代替食品を拡大するだけではなく、土壌や地域の健全性を実現するリジェネラティブな(再生型)農法を用い、大量に生産される大豆・オーツ麦などとは異なる原料を使用した代替食品がさらに必要とされる。この分野の先駆者を目指すWhatIF Foodsの取り組みについて話を聞いた。

バンバラ豆 Image credit : WhatIF Foods

WhatIF Foods(以下、WhatIF)は、植物由来の代替食品の開発を通して汚染や資源の減少を招く工業型農業の悪影響を軽減し、さらにさまざまな地域のニーズに合わせたより公正で有益な食料システムの構築を目指している。

同社の共同創業者でCEOのクリストフ・ランウォルナー氏は米サステナブル・ブランドの取材に、「われわれはあらゆる場面で、より良い食の未来のビジョンとはどんなものかを問い続けています。業界が食品を生産する方法に目を向け、一つずつ変えていくことこそがわれわれの使命です」と話す。

この10年間、植物性の代替肉や乳製品には大規模な投資がおこなわれてきた。ボストン・コンサルティング・グループは報告書『代替たんぱく質にみる、手付かずの気候変動機会(The Untapped Climate Opportunity in Alternative Proteins)』で、植物由来の代替たんぱく質への転換が気候変動を緩和する最良の方法である可能性があると指摘している。

FAO(国連食糧農業機関)によると、従来の畜産・酪農は世界の温室効果ガス排出量の14%を占め、水や大気の質にも深刻な影響をもたらす。植物性の代替食品への移行をさらに進め、消費者が持続可能なたんぱく質をこれまで以上に選択することは、SDGsやパリ協定など世界的な目標を達成する上でも重要だ。

米国の非営利団体「NRDC(自然資源防衛協議会)」のライターのコートニー・リンドウォール氏は、「気候変動による最悪の影響を食い止めるなら、畜産業の温室効果ガス排出量の大幅な削減に取り組まなければなりません。畜産には資源集約的で地球環境を汚染するだけではなく、森林や農地だった場所を開墾することで土壌に貯蔵された炭素を環境中に放出させてしまい、多様な生態系を破壊するという別の課題もあります」と同団体のブログに書いている。

オーツミルクを販売する「オートリー」や代替肉の「インポッシブル・フーズ」、菌類由来のたんぱく質“マイコプロテイン”を製造する「クォーン」などの植物性代替食品の先進企業は、代替の肉や乳製品を開発する上でテクノロジーやイノベーションに注力してきた。一方で、こうした企業は大豆やオーツ麦、エンドウ豆、キノコのたんぱく質、ヒマワリ油などの工業型農業で大量に生産される原料の一部を使用してきた。

WhatIFはこれまで使われてきた主要原料を使わず、バンバラ豆を用いて植物性のミルクや麺を開発した。高度なテクノロジーによって動物性食材に非常に近い製品を生み出す代わりに、世界の食料システムでほとんど見向きもされなかった新たな食材を使い、農業システムや土壌の健全性を取り戻しながらも、味も良く、健康的でリジェネラティブな製品のサプライチェーンをつくり出した。

「われわれのビジネスモデルは、他の食品会社とは異なります。公平で公正なバリューチェーンを構築するためにゼロから取り組んでいます」(ランウォルナー氏)

同社が扱う主要原料の一つであるバンバラ豆は、たんぱく質が豊富でピーナッツに似た味のアフリカ原産の植物だ。栄養価が高いだけではなく、窒素を固定し、質の低い土壌でも栽培ができ、コーヒーやカカオのように日陰を好む植物のカバークロップ(被覆作物)にもなるリジェネラティブな特徴を持っている。

Image credit: WHATIF FOODS

WhatIFは西アフリカでバンバラ豆を調達しており、ガーナではスイスのポンド財団と連携し、バンバラ豆の栽培が土壌の健全性や農家コミュニティにもたらす影響の測定も行っている。人も土壌も再生する真のリジェネラティブ農業の拡大を成功させる鍵となる「土地の状況」をよく理解することを重視する。

ランウォルナー氏は「西アフリカで上手くいったことがアジアでも上手くいくとは限りません。あらゆる再生型システムにはその土地土地のニーズが反映されていることが必要です。われわれは柔軟な姿勢を心がけ、サプライヤーである農家や周辺のコミュニティと密接かつ直接的に連携し、その土地に合った形でリジェネラティブな農業を発展させていこうとしています」と説明する。

もちろん困難もある。食品会社は通常、世界の食料品の大半を支配する少数の卸売企業から原料を仕入れる。新たなサプライチェーンを構築することは難しく、コストがかかることが一般的だ。しかし、本当に食料システムを変えようとするなら必要なことだ。今のところ、滑り出しは上々で、WhatIFは、すでにさまざまな地域で土壌の健全性を向上させてきたバンバラ豆の持つ可能性に期待を寄せている。

「バンバラ豆の栽培を拡大することで、アフリカの数十万ヘクタールの土地が再生される可能性があります」

バンバラ豆が有望な食材とはいえ、一種類の食材のみで持続不可能な農業システムを修復することはできない。持続可能な方法で世界中に食料を供給し、土壌の健全性を回復させる一助となる新たな原料や手法、技術をもたらすことが必要だ。

「私が世界を変えられる魔法の杖を持っていたなら、12種類の植物(世界の食材の75%は12種類の植物と5種類の動物から供給されている)の代わりに、植物を中心に数千種の食材によって人類を養う世界を実現したいものです。一社だけでこうした問題を解決することはできません。同様のことをする企業が数千社は必要でしょう」

同社の事業モデルはこれまで使われてこなかった植物性原料に特化したものだ。企業・ブランドが真に変化をもたらしたいのなら、工業型畜産よりも害の少ない代替肉を単に開発するだけでは不十分だ。WhatIFが取り組んでいるように、より広い視点で考え、動き始める時が来ている。

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