大橋純子の迫力と美乃家セントラル・ステイションのバンドらしいアンサンブルが拮抗した名盤『RAINBOW』

『RAINBOW』('77)/大橋純子 & 美乃家セントラル・ステイション

大橋純子が1988年に発表した12thアルバム『DEF』がクリアブルーヴァイナル仕様の完全生産限定アナログレコードで日11月3日に発売される。シティポップが国内外で注目を集める中、大橋純子というシンガーもそのカテゴリーで語られるべき伝説的シンガー。その『DEF』は11月23日にCDでの再発も決まっており、今以上に再注目される予感があるということで、当コラムでも大橋純子作品を取り上げてみたい。その『DEF』の紹介でも良かったのだが、デビュー3作目にしてバンドでのレコーディングとなった大橋純子&美乃家セントラル・ステイション名義の『RAINBOW』とした。その理由は本文で述べているので是非確認していただきたいが、今聴いても瑞々しさを感じる1970年代邦楽名盤のひとつであることはここでも強調しておきたい。

念願のバンド結成からのアルバム制作

大橋純子と聞いて多くの人が思い浮かべるのは「たそがれマイ・ラブ」(1978年)や「シルエット・ロマンス」(1981年)だろうか。あるいは、もんたよしのりとのデュエット「夏女ソニア」(1983年)が印象に残っている人もいるかもしれない。1974年デビューということは、彼女は今年48周年。シングルもアルバムもともに30を超える作品を世に出しているわけで(カバーアルバムを含む)、リスナーそれぞれに思い浮かべる楽曲があるとは思う。いわゆるヒット曲という観点で言えば、とりわけ『ザ・ベストテン』直撃世代には上記がいい頃合いだろう。

しかしながら、それら以前の大橋純子 & 美乃家セントラル・ステイションの存在も決して忘れてはならない。ソロシンガー、大橋純子の存在も偉大なら、そのバックバンドを務めた美乃家セントラル・ステイション(以下、美乃家SS)もまた偉大だ。ともに音楽史に名を残すアーティストである。正直に白状すると、筆者もそのバンド名と代表曲のひとつ「シンプル・ラブ」を辛うじて知っていた程度であって、ほんの先ほどまで、それは彼女の最初期のスタイルだったのだろう…くらいに高を括っていた。今となってはそれを恥じるばかりである。本稿作成を通して、美乃家SSと本作『RAINBOW』、そして改めて大橋純子の素晴らしさを痛感しているところだ。

美乃家SSは当初こそ、大橋純子がライヴハウスや学園祭へ出演する際にその演奏を務めた字義通りのバックバンドであり、その後も名義は“大橋純子 & ~”とはなってはいたものの、彼女はいちメンバーであるという真の意味でのバンドではあったという。ライヴを通してその音や方向性を固めていったと言い、活動もかなり活発だったようだ。ちなみに、結成された1976年からすでに大学生を中心にその存在が知れ渡り、その秋に彼女は学園祭の女王と呼ばれたそうである。その後もこの称号を戴く女性アーティストは数多く登場しているが、その初代は自分であると彼女自身は自負している。

美乃家SSが単なるバックバンドではなかったことは大橋純子自身も認めている。『大橋純子Official site』のAlbum Discographyでの『RAINBOW』の解説のこんな文章があるので引用させてもらう。
[「大橋純子& 美乃家セントラル・ステイション」としての活動が浸透し、世の中に認知され出した頃。暇さえあればリハーサルをしていました。カバー曲を増やすこと、その合間にマー坊(土屋昌巳)が積極的にオリジナルを書いて来て練習、まとまったら次のライヴでやってみる。徐々にバック・バンドからバンドそのものの存在までもアピールしだしました。インストものや歌ものなどマー坊の過激な色が加わって個性がより際立ち、他と差別化されるようになりました。次のアルバムの制作には是非バンドでレコーディングしたいと申し出たのは当然の成りゆきでした。念願のバンドを持ち、次にバンドでレコーディングする事。私の理想が現実になって行く絶頂の時でした。こんなメンバーが私の周りにいる事が誇りでしたから。レコーディングは全員リキが入りましたよ。(続く)]。
当時の彼女自身の歓喜をうかがわせる内容である。もともと洋楽指向であり、アマチュア時代にはバンド活動をやっていたという彼女。歌謡曲として括られることにも抵抗があったのはもちろん、デビュー作を日本語で歌うことにすら抵抗があったという。2ndアルバム『PAPER MOON』(1976年)のリリース前後に、そんな彼女のためのバンドである美乃家SSが結成され、しかもそれが俗に言うバックバンドではなく、メンバーが自己主張を始めたわけで、その美乃家SS で3rdアルバムを録らない選択は彼女にも、もしかすると美乃家SSのメンバーにもなかったのかもしれない。

土屋昌已らの手による個性的楽曲

その3rd『RAINBOW』はどんなアルバムであるか。それをここからザっと説明させていただくわけだけれど、その前に先ず、件の彼女自身の解説の引用を続けるのが最も適切な形容になるように思う。上記から続ける。
[今と違って(打ち込みではなく)ナマでのバンド録音ですから絶対!他とは違うものを・・・という気迫がこもりました。後で聴いてみたらこのアルバムだけ空気感が違うのです。'いきおい'があるんですよ。これ以上早いテンポで演奏が出来ない、っていう奇跡的な(?)曲もありましたしね。このアルバムを引っさげて「東京音楽祭」に殴り込みをかけ、「シンプル・ラブ」で見事「大橋純子& 美乃家セントラル・ステイション」は全国区に躍り出ました]。
『東京音楽祭』とは1972年から20年に渡って開催された音楽祭で、大橋純子 & 美乃家SSは1977年の第6回に、沢田研二や山口百恵、海外アーティストに交じって出演(この同じステージにThe Runawaysも出ていたようだけど、マジか!?)。そこで「シンプル・ラブ」を演奏したことがヒットにつながったようである。

[このアルバムだけ空気感が違うのです。'いきおい'があるんですよ]と述懐するのもよく分かる。確かにそういうアルバムではあるように思う。[これ以上早いテンポで演奏が出来ない]というのはM5「ナチュラル・フーズ」のことであろう。テンポの速さもさることながら、これがなかなか奇妙な楽曲である。楽曲を手掛けたのは土屋昌巳。作曲だけでなく、編曲も作詞も彼だ。彼女が[マー坊の過激な色]と振り返る楽曲のひとつでもあろう。ゆるやかなベースとウインドチャイムのようなキラキラとした音色の絡みから始まるので、パッと聴き、幻想的なナンバーかなと思わせておいてから一転。ハイスパートなフュージョンナンバーといった感じの演奏が始まる。ツインギターが奏でるリフはメロディアスでありながらもいわゆる速弾きの域。それだけでなく、ベースもドラムもキーボードもパーカッションもユニゾンでバシッバシッと合わせていく。かなり緊張感のあるアンサンブルだ。歌は1分くらいから始まるが、歌っているというよりもシャウトしている感じで、ヴォーカルは楽曲の中心ではなく、あくまでもパートのひとつとして機能させている印象。とりわけ中盤でのアドリブと思しき箇所はとても迫力があって、スリリングな演奏と完全に拮抗している。まさに気迫と勢いが感じられるナンバーである。テンポこそM5ほど速くはないけれど、M2「フィール・ソー・バッド」とM9「愛にさよなら」もダンサブルなファンクチューン。それぞれタイプは異なるものの、バンドアンサンブルが生み出すグルーブが楽曲の推進力となっているのは間違いない。いずれもとてもカッコいい演奏だ。美乃家SSが真のバンドであった証左と言える。

M5とは異なるスタイルで本作において個性的と言えるのはM4「二人の夢の島」とM8「ラッキー・レディー」であろう。前者はレゲエ、後者はニューオーリンズジャズ。と言っても、それぞれに、いい意味で本格的なそれではなく、その風味をバンドに加味していると言ったほうがいいだろうか。M4はギターの♪チャッチャ〜というカッティングはもちろんのこと、クレジットを見る限り、スライドギター、ハモンドオルガン、パーカッション、マリンバなどを駆使しながらトロピカルな雰囲気を醸し出している。バンドならではの創造力を感じる。一方、M8もバンジョーなどを使って、いにしえの米国サウンドっぽさを演出しながらも、ホーンセクション、ストリングスを加えることでさらにその空気感を増しているような印象だ。M4は土屋昌已が作詞作曲編曲を手掛けている。M2、M5ともがらりと曲調が変わっているけれど、こうしたバラエティー豊かな楽曲を創り上げているところに彼の非凡さを感じざるを得ない。こののちの1979年にバンド、一風堂を結成してニューウエイブに傾倒していくのも納得である。

(※ここまでの[]はすべて『大橋純子Official site』からの引用。原文ママ)

圧倒的歌唱力と日本的親しみやすさ

さて、ここまでバンドらしく興味深いサウンドをいくつかピックアップしてみたが、本作の最注目はやはり大橋純子の歌唱であろう。“ソウルフル”と簡単に形容することも憚られるくらい、声量と表現力に長けた、極めて優秀なヴォーカリストである。そこは改めて強調しておかなければならない。現在もハイトーンで鳴らす女性ヴォーカリストはいるが、彼女はその草分け的存在と言っていいはず。ポップス、ロックが市場にまだまだ浸透していなかった1970年代。彼女の迫力ある歌声は相当、新鮮に響いたに違いない。それを感じる『RAINBOW』でもある。今聴いてもそのヴォーカルは、○○○○や×××××にもまったく引けを取らないと思う。

聴きどころを挙げろと言われれば、前述したM5「ナチュラル・フーズ」の中盤もそうだし、M6「ラスト・ナンバー」後半の圧しの強さ、M9「愛にさよなら」のCメロでテンションが上がっていく様子などなど、枚挙に暇がないとはこのことで、全部が全部、聴きどころではある。それを承知で、あえて1曲に絞るとすると、やはりM1「シンプル・ラブ」を推したい。ファンキーでポップ。軽快なバンドサウンドからは、ギター、ベースを始め、各パートがいい仕事をしていることが分かるが、そこに乗る歌メロは実にキャッチーで(サビ頭だ)、まさにシティポップという仕上がりだ。ストリングスもさわやかにあしらわれているのもいい。そんなサウンドであるから素人考えでは案外サラッと歌ってしまいそうに感じるところを、何とも彼女らしい迫力に満ちた歌声を聴かせてくれる。メロディーと相俟って溌剌とした感じ…と表現してもいいかもしれない。

《シンプル・ラブ 考えすぎねあなた/シンプル・ラブ 心の向くまま/私の腕が居心地いいのなら/そっと包んであげる》《シンプル・ラブ 生きてる悩みなんか/シンプル・ラブ 此処では忘れて/触れあう指が心の音楽を/奏でてくれるのです》(M1「シンプル・ラブ」)。

その歌詞の通り、開放感を与えてくれるようなヴォーカリゼーションであるし、時折入るフェイク、アドリブがそこに拍車をかけているようだ。アウトロが特に絶品で、どこまでも広がっていくような、晴れ晴れしさが感じられる。これは美乃家SSでの活動が極めて順調であったから…と考えるのも、何も穿った見方ではないと思う。サウンドの迫力に呼応したかのような歌が聴こえる箇所は、「シンプル・ラブ」に限らず、他の楽曲にも随所にある。その辺を以て、バンドの状態がいいことが分かる空気感が詰まったアルバムという見方をしてもいいだろう。

最後に、これは個人的な感想になるけれど、一点付け加えておきたい。彼女はもともと洋楽指向であったと前述した。『RAINBOW』はそんな彼女が念願のバンドを組んだ直後の作品である。その辺りを考えると、衒学的…と言うと語弊があるかもしれないけれど、バリバリ洋楽的なアルバムになってもおかしくなかったのではないかと思ったりもする。しかしながら、そこまでマニアックになっていないところは本作の良さではないかと個人的には思う。無論サウンドにしてもヴォーカリゼーションにしても前述したように、少なくとも当時としてはかなり邦楽離れしたものを感じるのは間違いない。ただ、歌メロはいい意味でそこまで複雑でないように感じる。M3「白い鎮魂歌(レクイエム)」、M6「ラスト・ナンバー」、M7「レイニー・サタディ&コーヒー・ブレイク」、さらにM10「季節のない街角で」とM11「今シルエットのように」が特にそうだろう。いわゆるバラード~ミディアムだ。それを強く感じる。

もちろんそれらにもフェイクが入った箇所もあるにはあるのだが、主旋律がぶれていないというか、歌詞のちゃんと乗っているというか、とにかく歌がしっかりとしているのである。誰もが口ずさめるメロディーなのである。正直言えば、昨今のコンテポラリR&B;に慣れてしまった耳に新鮮に聴こえたところがあるのかもしれないけれど、聴き手を選ばない親しみやすさはあると思う。この辺は、のちに「たそがれマイ・ラブ」や「シルエット・ロマンス」といったヒット曲を生み出したことと無縁ではないかもしれない。ちなみにM3、M6、M7は林哲司氏の作曲で、M10とM11は美乃家SSのリーダー的存在である佐藤健の作曲である。林氏は1980年代に数多くのヒット曲を世に送り出した、言わずと知れた名作曲家。ポピュリティーあるメロディーラインはお手のもの…と言ってもいいのだろうし、大橋純子作品を含む1970年代の仕事はその萌芽でもあったのだろう。数年前にリバイバルヒットした松原みきの「真夜中のドア〜Stay With Me」の同時期に林氏が手掛けたものである。佐藤健は、ファンならばご存知の通り、1979年に大橋純子と結婚した、その人である。公私に渡る付き合いの深さから、彼女の歌声を最も活かせるメロディーラインを作れるミュージシャンであったと考えられる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『RAINBOW』

1977年発表作品

<収録曲>
1.シンプル・ラブ
2.フィール・ソー・バッド
3.白い鎮魂歌(レクイエム)
4.二人の夢の島
5.ナチュラル・フーズ
6.ラスト・ナンバー
7.レイニー・サタディ&コーヒー・ブレイク
8.ラッキー・レディー
9.愛にさよなら
10.季節のない街角で
11.今シルエットのように

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