スペイン暗黒史に踏み込む衝撃作『パラレル・マザーズ』 名匠アルモドバルが“母親”と“祖国”を描く

『パラレル・マザース』© Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU

ヴェネチア主演女優賞受賞

前作『ペイン・アンド・グローリー』(2019年)では、おなじみのアントニオ・バンデラスを主演に、自分自身をモデルにしたような「有名映画監督」が若き日を振り返る物語でノスタルジックな雰囲気を出していたペドロ・アルモドバル監督。今回、揃って公開される30分の短編『ヒューマン・ボイス』(2020年)、そして長編『パラレル・マザーズ』(2021年)は、どちらも女性にフォーカスした映画だ。

『ヒューマン・ボイス』は、「ジャン・コクトーの戯曲『人間の声』を自由に翻案」した、ティルダ・スウィントンの一人芝居仕立ての小品。アルモドバル初の英語劇となるそうだ。いつも通り絶妙な色合わせの美術も、その中を動き回るスウィントンも、造形的にたいへんスタイリッシュ。加えて犬がかわいいのも見どころだ。

そして『パラレル・マザーズ』は、同じ日に子供を生んだふたりの女性の人生が交差し、さらに彼女たちの母親や祖母の世代が生きてきた歴史にも注目を促す作品である。ペネロペ・クルスに第94回アカデミー賞ノミネート、そして第78回ヴェネチア国際映画祭最優秀主演女優賞をもたらしたことでも話題となった。

我が娘は“取り違え子”なのか?

ジャニス(ペネロペ・クルス)はプロとして評価されているフォトグラファー。マドリードで活動している彼女の故郷の村では、スペイン内戦の初期に男たちが虐殺される悲劇があった。ジャニスは、彼らの遺骨の発掘への協力を仰いだのがきっかけで学者アルトゥロと親しくなり、子供を身ごもる。出産を控えた彼女は、病院でまだ10代のアナ(ミレナ・スミット)と出会う。ふたりともそれぞれの事情から、シングルマザーとして娘を生み育てることを決意していた。

セシリアと名付けた娘を溺愛するジャニスだったが、ある日、アルトゥロに「自分の子供とは思えない」と告げられてしまう。さらにDNAテストによって、セシリアと自分に遺伝子のうえでのつながりがないことが判明。ジャニスはセシリアがアナの娘と取り違えられたのではないかと疑うが、アナと連絡を絶ち、自分の胸にしまっておくことにする。それから1年の時が流れた頃、ジャニスは偶然アナと再会し、思いがけない運命に巻き込まれていくのだった。

アルモドバルが込めたメッセージ

ペネロペ・クルスは、実年齢より10ほど若い40歳手前の役を演じている。たとえ彼女を知らない人でもすれ違ったら振り向いてしまいそうなゴージャスな美貌は健在だ。そんな通常は「撮られる側」の彼女が、「撮る側」のフォトグラファーを演じているのも興味深いポイント。また、スターであるペネロペに注目が集まりがちだが、ミレナ・スミット演じる若いアナの成長物語として読むこともできるだろう。

『ペイン・アンド・グローリー』では、内戦時代の貧しい暮らしも子供時代の思い出としてどこか甘く優雅な霞がかかったムードになっていたが、実際に殺されてしまった人々の遺骨に注目する『パラレル・マザーズ』は、スペインの悲惨な歴史に一歩深く踏み込んだ内容となっている。さまざまな要素が入り乱れる映画だが、歴史は今この時を生きる人々によって作られ、また伝えられていくのだというメッセージを受け取った。それは写真などの記録や科学的・学術的なアプローチと、生きた人間による語りとの両方が補完しあって綴られていくのだろう。

文:野中モモ

『パラレル・マザーズ』『ヒューマン・ボイス』は2022年11月3日(木・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか公開

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