火星の生命は“休眠状態”で生き残っている可能性が判明

かつて運河を築く高度な文明が存在するとさえ言われていた「火星」は、1965年にフライバイ探査を行ったアメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「マリナー4号」による表面の撮影によって、実際には不毛の惑星であることが明らかになりました。火星表面は極度に乾燥した薄い大気、滅多に0℃を上回らない気温、大気や磁場による宇宙線や太陽風からの保護がほとんどないことによる “吹きっ晒し”、砂や岩石の表面にある細胞に有害なフリーラジカルと、どれをとっても生命には過酷すぎる環境です。

一方で、火星探査が進むにつれて、かつての火星は現在ほど過酷ではなかった可能性も見えてきました。現在では、過去の火星には現在の地球の50%ほどの濃い大気が存在し、深さ1000m以上にもなる海が表面を覆っていたと考えられています。この穏やかな気候は10億年以上続いたと推定されています。地球の生命は地球誕生から7億年前後で誕生したと考えられていることから、火星にも独自の生命が誕生し得る十分な環境と時間があったと言えます。

また、地球の生命の研究により、酸素のない環境に適応した嫌気性生物の発見を皮切りに、強酸性や強アルカリ、高塩分、超高温や超低温、真空や超高圧、高強度の放射線など、とても生物が生存しえないと思えるような環境にも、実際には生物が存在することがわかってきました。このような環境に耐性を示す生物の中には、活動状態でも驚くべき適応性を示すものがいますが、それでも火星の表面で長期間生存するには厳しいものがあります。ただし、多くの細菌や単細胞生物、そして一部の多細胞生物は、劣悪な環境では休眠状態に入り、更なる耐性を得ることが知られています。生物が休眠状態となるのは、活動状態よりもはるかに強い耐性を得ることで、次に環境が良くなった時に復活できるチャンスを増やすためのプロセスです。

休眠状態で驚くべき耐性を示す生物が多数見つかったことで、火星の生命に関して2つの可能性が新たに指摘されるようになりました。1つは、過去に生息していた火星独自の生命が、現在も休眠状態で生き残っている可能性です。火星は一瞬にして不毛の惑星になったわけではなく、弱い重力によって大気と液体の水が少しずつ失われたはずです。火星の生命の中には、徐々に厳しくなっていった火星の環境に適応して、休眠状態に入ったものがいてもおかしくはありません。ただし、休眠状態がどれほど劣悪な環境に対しても強い耐性を持つと言っても、数十億年に渡る長期間を生存できるかどうかは不明です。

もう1つは、地球由来の生命による火星の汚染です。火星の生命が今も生き残っているかもしれないという可能性は、裏を返せば、地球由来の生命が火星の環境に適応して生き残るチャンスがあるということも意味しています。将来、火星で生命体が発見されたとしても、実は地球由来の生命だったという可能性もあるのです。また、地球でも既に外来種が在来種を脅かしているケースが数多くみられるように、 “エイリアン” である地球の生命が火星在来の生命を脅かす恐れもあります。

もちろん、このような汚染の可能性を排除するために、火星探査機は一般的に清浄な環境で製造されます。しかし2013年には、世界一清浄とも言われるケネディ宇宙センターのクリーンルーム内で「ターシコッカス・フェニシス (Tersicoccus phoenicis) 」という新種の細菌が発見されたことがあるように、微生物が気づかれずに運び込まれた可能性は排除できません。フェニシスという種小名は、このクリーンルームで組み立てが行われていた火星探査機「フェニックス (Phoenix) 」にちなんだものです。火星独自の生命が生き残れるかという質問は、地球由来の生命が火星の環境でどの程度の期間生存しうるかという疑問の答えにも繋がります。

【▲ 図1: 今回実験対象となった生物の1つのデイノコッカス・ラディオデュランス。極端な放射線耐性を持つ細菌として知られています。 (Image Credit: Morris) 】

米軍衛生保健大学のWilliam H. Horne氏らの研究チームは、地球の生物が火星の過酷な環境でどの程度生存可能かどうかを確かめる実験を行いました。対象となったのは、出芽酵母 (Saccharomyces cerevisiae) 、大腸菌 (Escherichia coli) 、バシラス属 (Bacillus) の3種類の細菌 (枯草菌 (B. subtilis) 、バシラス・メガテリウム (B. megaterium) 、バシラス・チューリンゲンシス (B. thuringiensis) ) 、およびデイノコッカス・ラディオデュランス (Deinococcus radiodurans) です。出芽酵母は真核生物に属する真菌 (菌類) ですが、他は真正細菌です。これらの生物に対し、研究チームは宇宙線や太陽風を想定したγ線および陽子線の照射を行い、強度と生存率についての分析を行いました。比較のために、「5日間の乾燥状態に置いたもの」「-80℃で凍結させたもの」「乾燥と凍結の両方を行ったもの」「休眠状態に置かなかったもの」に分けて実験を行いました。

今回実験した生物の内、特にデイノコッカス・ラディオデュランスはその放射線耐性で知られています。放射線が照射された物体に与えるエネルギーの単位であるGy (グレイ) で表すと、デイノコッカス・ラディオデュランスは5000Gyではほとんど死なず、1万5000Gyでも3分の1程度は生き残り、ほぼ全滅する値は2万5000Gyです。通常の胸部X線撮影は0.001Gyであり、死に至るにはヒトが5~10Gy、大腸菌が数百Gy、最も放射線耐性のあるクマムシが4000Gyで十分と言われていることを踏まえれば、この細菌がどれほどの線量に耐えているかを想像できるかと思います。デイノコッカス・ラディオデュランスは最も放射線に強い生物の1つであるだけでなく、温度や酸などの影響にも強く、これらの要素は火星表面で生命が生き残る可能性の指標として扱えると予想されます。

【▲ 図2: デイノコッカス・ラディオデュランスの放射線強度別の生存率。乾燥と凍結の両方の状態に置かれたものは、最大で14万Gyのγ線まで耐えることが判明しました。 (Image Credit: Horne, et.al.) 】

その結果、バシラス属以外の生物は、乾燥や凍結させた状態では活動状態よりも生存率が上がることが分かりました。特に、乾燥と凍結の両方の状態に置かれた場合、どちらか片方だけの状態に置かれた場合よりも生存率が上がることも判明しました。

特にデイノコッカス・ラディオデュランスについては、予想以上の耐性が示されました。乾燥と凍結の両方の状態に置いたデイノコッカス・ラディオデュランスは、通常状態の5.6倍となる14万Gyという線量まで生存可能なことが示されたのです。その一方でバシラス属は、どの状態に置かれても生存率はほとんど変化しませんでした。

仮に、火星表面に実験対象の生物がいた場合、吹きっ晒しのままではUV-C (短波長の紫外線) で容易く滅菌されてしまいますが、UV-Cは少しでも砂を被っていれば防げるため、生存率は宇宙由来の放射線 (1年あたりの強度は0.076~0.096Gy) で考えることができます。地表面から10cmの深さを仮定した場合、最も耐性を示したデイノコッカス・ラディオデュランスの生存時間は約150万年です。出芽酵母の25万年、大腸菌の8万年、バシラス属の6万3000年に比べれば長いですが、それでも火星が乾燥しきってから経過した時間の長さと比べれば一瞬と言えます。さすがにこれでは心もとないでしょう。

ただし、宇宙由来の放射線は地下深くに行けば行くほど防ぐことができます。地下10mほどになれば影響をほぼ無視することができ、岩石に含まれる放射性物質の影響 (宇宙由来の放射線と比べて200倍程度も弱い) のみを考えればよくなります。もしも火星の地下10mにデイノコッカス・ラディオデュランスがいた場合、期待される生存期間はなんと2億8000万年にもなります!これでもまだ短い期間ですが、さまざまな条件次第では更に伸びる可能性も大いにあります。

デイノコッカス・ラディオデュランスがこれほどの放射線耐性を持っている理由は、2つあります。1つはマンガンを含む抗酸化物質「H-Mn」の存在です。生体を構成する分子が放射線に破壊されると、その分子は強い酸化力を持つフリーラジカルとなって細胞を攻撃します。抗酸化物質はフリーラジカルの作用を抑える働きを持ちます。過去の研究から、特にデイノコッカス・ラディオデュランスの内部にはH-Mnが高濃度で存在することが分かっています。

もう1つは、大量のDNAのコピーを有している冗長性です。デイノコッカス・ラディオデュランスのDNAは、ほとんどのゲノム配列のコピーが4本から8本も揃っています。DNAが放射線などで切断されると、細胞内でこれを修復する機能が働きますが、デイノコッカス・ラディオデュランスはコピーを参照することで切断部を修復するため、通常の生物よりも素早くDNAを修復することができます。実は、高濃度のH-Mnはバシラス属も有しているものの、デイノコッカス・ラディオデュランスのように極端なDNA修復機能までは持っていません。このことから、DNAのコピーを大量に持つことも放射線耐性のカギであると考えられるのです。ただし、デイノコッカス・ラディオデュランスほど極端ではないにせよ、似たような修復機能は他の生物にも存在します。このため、火星の生命が同じような機能を持っていたとしても不思議ではありません。

H-Mnの存在は、放射線耐性以外の面でも注目されます。火星が乾燥しているとは言っても、地下には凍った水が存在していて、火山活動や隕石衝突による局所的な温度上昇で溶ける可能性があります。そうなれば、休眠状態にあった生物は活動を再開し、再び水が凍って休眠するまでの間に増殖することで、生存率を上げることができるかもしれません。火星の表面にある鉄を主とした物質は、液体の水に触れるとフリーラジカルである過酸化水素を発生させてしまいますが、デイノコッカス・ラディオデュランスのように高濃度のH-Mnを持つ生命であれば、過酸化水素による攻撃から身を守ることで、 “目覚め” を妨げられることがないかもしれません。

今回の実験では、火星の生命が現在でも休眠状態で生存している可能性が示されました。これは裏を返せば、地球由来の生命によって火星が汚染される可能性もまた示されたことになります。今回の研究結果は、火星で生き残っているかもしれない生命の探索や、他の天体を地球由来の生命で汚染しないための規範作りに役立つかもしれません。

Source

  • William H. Horne, et.al. “Effects of Desiccation and Freezing on Microbial Ionizing Radiation Survivability: Considerations for Mars Sample Return”. (Astrobiology)
  • Amanda Morris. “Ancient bacteria might lurk beneath Mars’ surface”. (Northwestern University)
  • Parag Vaishampayan. “Description of Tersicoccus phoenicis gen. nov., sp. nov. isolated from spacecraft assembly clean room environments”. (International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)

文/彩恵りり

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