ジャイルズ・マーティンが語るビートルズ『Revolver』の驚異的な素晴らしさと新ミックス

The Beatles - Photo: © Apple Corps Ltd

ザ・ビートルズの『Revolver』は、彼らの独創的なレコーディングの歴史において決して忘れられない中継地点と言える。そんなアルバムが、今回新たにスペシャル・エディションとしてリリースされた。昨今のザ・ビートルズ・プロジェクトのサウンド・プロデューサーでもあるジャイルズ・マーティンは「今なぜ『Revolver』を?」という疑問に対して、次のような明快な答えを返してくれた。

「ずっとみんなから訊ねられていたんだ。 “『Revolver』のリミックスは、いつやるの?”  ってね。単純な答えとしては、今までは技術が整っていなかったので不可能だった。言い換えれば、録音当時の技術的制約があったから、ミキシングで変えられる部分がほとんどなかったんだ」

「そんな状況が変わったのは、ピーター・ジャクソンがドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』を手がけてからだ。あの映画の制作作業は、新型コロナウイルスの流行のせいで思った以上に長引いてしまった。戦争みたいな感じだったよ。みんな身を縮めて、自分の箱の中で仕事をしていた。そうしているうちに事態が進展して、既にミックス済みの音の中からギター、ベース、ドラムをそれぞれ抽出できるようになったんだ。それで、やってみようという判断を下した。僕が2回ほどテストをして、(それに対する関係者の反応は)“これなら『Revolver』のリミックスができる!” という具合だったよ」

インスピレーションと発見に満ちたアルバム

1967年以降のザ・ビートルズのスタジオ・アルバムは、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』から時系列順にスペシャル・エディションが発表されている。最近では2021年10月に『Let It Be』のスーパー・デラックス・エディションがリリースされた。しかし今回、ジャイルズ・マーティンとエンジニアのサム・オケルはこれまでのそうした流れから飛び出し、時間を遡ることになった。

こうしてジャイルズ・マーティンは、サウンドの可能性に耳を傾け始めた。オリジナルの『Revolver』に膨大な未発表音源を加え、新たなファンに届けようと考えたのである。その結果、2022年になっても56年前と同じくらい聴き応えのある作品が出来上がった。彼は次のように述べている。

「アウトテイクは本当に面白いものだと感じた。特に『Get Back』に取り組んでいたときにそう思ったんだ。例えるなら『Revolver』ではザ・ビートルズが自分たちの手にしたプレゼントの包み紙を開けているところが聞ける。プレゼントを床に放り出して、基本的に無視しているような状態とは違う」

「『Revolver』はインスピレーションと発見に満ちたアルバムだった。(一方)『Let It Be』は回顧的な時期の作品だった。つまりあの時期になると、彼らは天からの贈り物をあれこれ手にする前の自分たちに戻りたかったんだ」

未発表音源

今回のスペシャル・エディションに収録された未発表音源は、ザ・ビートルズの熱心なファンでさえ驚くほどの内容となっている。その数は、レコーディング・セッションの初期テイク28曲とホーム・デモ3曲という豊富さだ。とはいえジャイルズは、リイシュー・チームの熟練したアーキビスト(文書・資料保存のプロ)の調査がなければ、どんな音源が入手可能なのかわからなかったと彼は次のように打ち明ける

「正直なところ、仕事に取り掛かるまでは何もわからなかった。『Rubber Soul』のアウトテイクについても、色々な人から訊ねられるね。でも調べてみないとわからない。私はザ・ビートルズのキュレーターじゃない。私の役目は、判断を下してこうした制作作業をやることにあると思う。でも、ありとあらゆることに通じた本当に優れた人たちがいて、私はそういう人たちをうまく活用しなきゃいけない。たとえばマイク・ヒートリーやケヴィン・ハウレット、それからアビー・ロード・スタジオのアーキビスト、マシュー・コッカーもそうだね。彼らは素晴らしいよ」

彼はさらにこう続ける。

「このようなパッケージは、さまざまなレベルで機能しなければならない。何もかもが欲しいというファンもいるし、『Revolver』が大好きで、もっと深く掘り下げたいと思う人もいる。そして、『Revolver』をまだ聴いたことがない人もいる。たとえば私の子供たちだね。あの世代になると、ストリーミング・サービスで聴くことになるだろう。いくつもの層があるんだ」

「アウトテイクとか、そういう世界に関していえば、こういう例え方ができると思う。つまり、ギャラリーに行って絵画を見ていると、名作を作り上げる前の初期の試作として画家が描いた鉛筆画やスケッチも並んでいて、そういうものを見ていると新たに何かを発見することがある。気取った言い方かもしれないけれど、アウトテイクというのはそういう性質のものなんだ。だから私は、アウトテイクを通してストーリーを語ろうと思っている。アルバムのルーツや、もっと言えばアルバムの裏にある人間性を示すようなストーリーをね」

「いろいろな人たちがザ・ビートルズの秘密を探ろうとしている。“こういう作品をどうやって作り上げていたんだろう?”とか、“これをやったのは私の父親なの?”とか、“アビー・ロードには魔法のボタンがあって、それを押していたんだろうか?”とかね。ザ・ビートルズというのは何人かの人間の組み合わせであり、聞く人の耳にはそれが入ってくるんだ。あれは再現できない。なぜなら、人間関係を再現するようなものだからね。関わる人間が違えば、また違うものになる。何もかもが唯一無二で、あの4人どうしの関係も、あの4人と私の父(ジョージ・マーティン)の関係も、まさしくほかにはないものだった」

25歳で作り上げたアルバムと息子との会話

多くの場合、新しいボーナストラックの魅力はまだ加えられていない素材にある。たとえば「Got To Get You Into My Life」の初期テイクの場合、堂々たるホーン・セクションが追加されて曲が一変する前の段階だ。そうしたテイクの中には、やがてホーンが入る部分にギターが入っているヴァージョンもある。また、ジョージ・ハリスンの「Love You To」はシタールが入る前のヴァージョンが聞けるし、エレガントで寂しげな「For No One」にはフレンチ・ホルンが入っていない。ジャイルズ・マーティンはこう語る。

「こういうものを聞くと、彼らがいかに正しい決断を下していたのかがわかる。曲が発展していく途中の段階を聞いて、“なるほど、ここからああなったのか” と納得できる。やがてこの曲にホーンが入るであろうことはなんとなくわかるんだけど、その決断に至るまでの過程を聞くのは面白いね」

例によって、ジャイルズ・マーティンは若い観客を強く意識していた。そうした若い層は、新しい『Revolver』を非常に現代的な視点から消費することになるだろう。

「私にとっては、タイムトラベルのようなものだね。当時のザ・ビートルズは25歳で、このアルバムの中では永遠に25歳のままだ。これを“1966年のアルバム”にしてはいけない。なぜなら、今時の若い子たちはそういう風に音楽を聴いていないからね。私たちの世代はそういう聞き方をしていた。というのも、親や友人のレコード・コレクション、あるいは自分たち自身のレコード・コレクションの中から聞きたいものを選り分けている時、録音された日付やジャケットがレコードにくっついていたからなんだ。今時の若い子は違う。今はただ曲を聴くだけ」

「たとえば、うちの子供たちはこんなことを言う。“この曲を聴いてよ。すごいんだ。テレビのテーマ・ソングにしたほうがいい”ってね。そのおすすめ曲が、フリートウッド・マックの“The Chain”だったりする。(私が)“その曲はF1の中継で使われたことがあるよ”というと、向こうは“そうなんだ。ピッタリだね”という反応になる。そんな会話がよくあるんだ」

「そういえば、15歳になるうちの子供の友達を車に乗せたことがあってね。“お気に入りのバンドは?”と私が訊ねたら、“フリートウッド・マックとボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ”という答えだった。なかなか趣味がいい子だよ。でも、そのお気に入りのバンドがいつ結成されたのか訊ねても、その子は知らないだろうね。そんなことを質問するほうが馬鹿馬鹿しいくらいだ。ただ曲を聴いて、気に入っているんだから。そういうわけで、『Revolver』を“子供たちに聞いてもらいたい私のお気に入り曲”に変えられるのなら、素晴らしいことだよ」

新たな側面とハーモニー

『Revolver』の独特なサウンドは今や有名だが、それが形作られる途中の制作過程のヴァージョンは新たな側面を垣間見せてくれる。たとえば「Tomorrow Never Knows」の初期テイクは、まるで何十年も後に登場するグランジの原型のようだ。

また、「Rain」の別ヴァージョンでは、ジョン・レノンのヴォーカルを正しい速度で聞くことができる(「Paperback Writer」のB面で発表されたヴァージョンはスロー再生になっていた)。このヴァージョンを聴くと、バーズからの影響が感じられる。ジャイルズはこういう。

「ああ、ザ・ビートルズはいろいろなものから影響を受けていたけれど、同じようにバーズからも突然影響を受けるようになったんだ。ジョージはほかのギタリストたちに本当に夢中になっていたし、ほかのメンバーみんなもそうだった」

ザ・ビートルズの天才的な才能を語る場合、彼らのハーモニーについては過小評価されがちだ。『Revolver』ではそのハーモニーが非常に前面に出ている。

「可能であれば、彼らは一緒に歌っていた。たとえば“Taxman”では、ジョージのリード・ヴォーカルとポールとジョンのバック・ヴォーカルが同時に録音されている。それもワン・テイクで」

またジャイルズ・マーティンは、このアルバムで自分が好きな瞬間や新たな発見について、次のように語っている。

「特に気に入っているのは、“For No One”や“Here, There And Everywhere”といった静かな曲だね。“For No One”でリンゴがドラムを叩いているなんて、全然知らなかった。でも、突然キックとスネアドラムが聞こえてきて、いわば曲を縛り付ける働きをする。今回はドラムスをセンターに移動できた。主としてその点が、ミックス全体で大きな違いを生み出している。録音当時できなかったことができるようになるのは楽しいよ。もしこういう技術を使えたなら、ザ・ビートルズもきっとこんなことをやっていたんじゃないか……そう思えるようなミックスになっていれば嬉しいね」

ジャイルズ・マーティンは、さらに別の曲にも賛辞を送っている。その曲はアルバムを締めくくると共に、未知の音楽的実験の扉を開いた作品だった。

「ザ・ビートルズが『Revolver』用に最初にレコーディングした曲は“Tomorrow Never Knows”だった。録音に入る前、メンバーは全員休暇を取っていて、マリファナにも接するようになっていた。そんな状態でスタジオに戻ってくると、ジョンがこのCのシングル・コードだけの曲を出してきた。それを私の父に聞かせて、“ヒマラヤ山脈のてっぺんから歌っているようなサウンドにしたいんだ”と言い出した。いかにもリバプール出身の人間だね」

「ほかのメンバーも父も賞賛に値するよ。だって、そんなジョンの要望に対して、“いいよ”というような反応だったんだから。今回のアウトテイクで聴ける初期のヴァージョンは、まるでループを使ったようなトランスっぽい雰囲気なんだ。アイデア全体がとても先鋭的だった。アルバムに“Tomorrow Never Knows”みたいな曲を収録するなんて、あのころはまだ珍しいことだったね。ある人には、こう言われたよ。“ミキシングするのは楽しいだろうね。この曲には本当にたくさんの要素が含まれているから”って。でも実は、それほどたくさんの楽器が含まれているわけじゃない。ベースとドラムが入っていて、インドのドローン楽器であるタンブーラも少し入っていて、あとはテープ・ループくらい。でも、それがあの世界を作り出している。彼らはこのスピリチュアルなマントラを山のてっぺんから作り出したんだ。アビー・ロードでね」

ジョンが歌った「Yellow Submarine」

今回のパッケージには実に大きな発見がいくつかある。そのひとつとして、存在すらほとんど知られていなかった「Yellow Submarine」の「ソングライティング・ワーク・テープ」がある。そこでは、リンゴが歌うおなじみの陽気なリード・パートの代わりに、ジョンのアコースティック風の感傷的で内省的なヴォーカルが聞けるのである。ジャイルズ・マーティンは次のように語る。

「この曲はポールの作品だとずっと思っていたんだけれど、このデモが見つかった。このジョンが家で歌っているデモは、ショーン・レノンが送ってくれたものだと思う。歌詞は“In the town where I was born, no one cared, no one cared…”となっている。ジョンのヴァージョンはまるでウディ・ガスリーが歌っているような感じだ。これは往年のレノン&マッカートニーらしい共作作品だね。あのふたりはそれぞれ異なる世界からやってきて、その2つの世界が衝突した。そして、ほとんど完璧な惑星が生まれたんだ」

2人の天才ソングライターが丁々発止のやり取りを繰り広げていたことは、『Revolver』にはっきりと表れている。

「あのふたりはそういう形でやっていたんだ。その後の『Sgt. Pepper』でも同じだった。ポールが“It’s getting better all the time”と歌うと、ジョンが“It can’t get much worse”という風に返す。それがあのふたりのやり方だった。でも、ふたりともお互いを愛していたし、コラボレーションができるということがすごく気に入っていたんだよ」

Written By Paul Sexton

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ザ・ビートルズ『Revolver』スペシャル・エディション
2022年10月28日発売

© ユニバーサル ミュージック合同会社