「挑戦して失敗してほしい」 元日本チャンピオン 中広大悟の訪問看護 “体と心のリハビリ” を

11月は、厚生労働省が定める「児童虐待防止推進月間」です。日本一に輝いた現役時代から一転、ある虐待事件をきっかけに訪問看護で患者の体と心のリハビリに取り組む元アスリートを取材しました。

中広大悟さん
「結論からいうと、しっかり、みなさん、挑戦して失敗してほしい。ただただ、それだけです」

母校の広島経済大学で「我が人生の転機」と題した講演をする中広大悟さん(41)。卒業生の中でも異色の経歴の持ち主です。

中広さんは、プロボクシングの元日本チャンピオン。最初の転機は、デビューから5年後でした。

後のWBC世界チャンピオン・内藤大助 選手に判定負けしたのです。

ボクシング元日本王者 中広大悟さん
「大きく新聞に『中広大悟 判定負け』と出ていました。殴られて負けをさらされるというのが、身ぐるみはがされて、恥をさらしている気分になって、ボクシングをやめようと考えましたが…」

「『全然、まだ行ける』『がんばれよ』『あきらめるな』と数えきれないくらい多くの方がぼくに言ってくれて、そのとき、はっとなって、人をこんなにも巻き込んで、さらにはその人の期待を裏切った。これって、いいのかな…」

応援してくれた人にチャンピオンベルトを見せることが恩返し…。2年後、日本タイトルを獲得しました。

しかし、それまでは地方ジムからチャンピオンは無理だといわれていたそうです。

中広大悟さん
「絶対、無理って言われた。この『絶対、無理』という言葉は大っ嫌いなんですね。やってみないと、わからないじゃないですか。その後、ぼくは結局、チャンピオンになるわけです」

講演を聞いた 広島経済大学 山本統星さん(19)
「可能性を自らつぶさずに自分で挑戦するのが大切だと思いました」

講演を聞いた 広島経済大学 市本玲奈さん(21)
「失敗することが悪いことじゃないんだなということと、まわりに流されないことも大切だなということも感じました」

中広さんは、引退後、作業療法士として「医療法人 せのがわ」で働いています。

2回目の転機は、4年前でした。

中広大悟さん
「5歳の少女が家で餓死した。みなさん、餓死ですよ」

2018年3月、5歳の女の子が、両親から十分な食事を与えられず、病院にも連れて行かれず、死亡しました。

現役時代、過酷な減量を経験した中広さんは、言葉を失ったといいます。

中広大悟さん
「(減量で)1か月に10キロやせます。この41年間、生きてきて、これを超える苦労はまずないです。もう極限なんですよ。何もする気も起きないし」

「でも命なんか落とさず、次の日、闘っとるんですよ。命を落とすと思ったことはないです、1回も。亡くなった子はぼくよりも何百倍ものしんどさをしてきたんだなと思うと、悲しくてですね。もう考えただけであれなんですが、この事件を転機に虐待やいじめ、不登校や引きこもりなどの社会問題に関わるようになりました」

小林康秀 キャスター
「作業療法士として患者さんを訪問看護している中広さんですが、きょうは取材ができるということで、車で向かってみたいと思います」

担当は、主に精神疾患の患者。病院で看護するのではなく、自ら患者さん宅を訪れます。

作業療法士 中広大悟さん
― やってみて、難しいところは?
「精神面を主にリハビリしているので、その人の意欲を引き出すところから始まるんですよね」

― それは時間がかかる?
「それは、1日・2日でできるような人間関係じゃないですよね」

― そういうときに気を付けていることは?
「やっぱり共感することだと思っています。その人がやってきたことを否定するんじゃなくて、それに共感して寄り添うことが大切だと思う」

この日、訪れたのは、学校に行けず、自宅に引きこもっている19歳の大学生です。

中広大悟さん
「よろしくお願いします。じゃあ、行きますか」

自宅には入らず、いきなりシューズを履いて外出し、ランニング。

中広大悟さん
「体力とか身体機能を向上させて、それに伴って精神機能も上げていく。ボクシングとかで培ってきたことを今、実践としてやっています」

週1回、訪問し、リハビリなどを指導しています。

中広大悟さん
「健康じゃなくなると、できないことが増えるので、まずは規則正しい生活と自分の体力作りも必要になって来るので。だから、どう? 筋トレは続けているよね」

福原直樹さん
「はい。朝20回、お風呂入る前に20回」

1日40回は、1か月で1000回になります。

福原直樹さん(19)は、高校1年のとき、外出できなくなり、不登校が続いたそうです。中広さんは、3年前から訪問していますが、外出ができるようになるまでには時間がかかりました。

作業療法士 中広大悟さん
「まずはあせらない。時間をかけて信頼関係を作らないことには何もないと思っていたので。まず彼の心に入るというのをずっと思っていましたね」

福原さんも今では中広さんが訪問する水曜日を意識するようになりました。

福原直樹さん
「あした、水曜日だな、走るの嫌だなと思って寝ます。曜日とか日付けとか気にせず、ずっと家にこもっていたので。何も考えない、何も感じないのが、楽で」

「水曜日は走るという習慣があるので、気持ちの切り替えとか曜日を意識するようになりました」

大学進学も中広さんの影響が大きいそうです。

母親 福原浩美さん
「中広さんみたいな人の役に立つ仕事がしたいというので、今の大学を決めたので」

福原直樹さん
「ぼくが助けられたから。同じ思いをしてる人がいる。少しでもぼくみたいな人を手助けできたらみたいな感じですね」

作業療法士 中広大悟さん
― こうしてテレビの前で話すのは直樹さんにとっては?
「すごいチャレンジですよ。この挑戦というのが、どっちに転ぶかわからないというのもあったんですけど」

「これで人前が気にならなくなったってなるかもしれないし、逆に見られたことでしんどくなるということも考えられるとなったときに、どっちに転んでも、この経験(テレビ出演)はプラスにしかならんと思ったんですね。もしも、しんどくなったら、ぼくらが助けるよっていうのがあるので」

本人がつらいとき、家族やまわりが寄り添うことが大切だと話します。

中広大悟さん
「ぼく自身、ボクシングやっていて思うんですけど、1人じゃ何もできない。正直、限界がすぐあります。そういったときに頼れるのがまわりの人、サポートなので、支え合いがめちゃくちゃ大切だと思います。どんな世界でも…」

最後に虐待や引きこもりなど、今後の取り組みについて聞いてみました。

中広大悟さん
「待っていても自分からなおそう、打開しようという人は少ない。だったら、こっちから出向いて、その人の困っていることに介入できたらということで “訪問型のサービス” を考えています」

さまざまな分野で訪問看護ができる組織作りを進めています。

中広大悟さん
「例えば、ぼくが行って、ボクシングで介入する人がいれば、違った方向からの介入、例えばダンスをしたいとか、勉強を教えてほしいとか、いろいろな介入があると思う。そこを複合的な感じで悩みを解決できるようなサービスがあればいいなと思っている」

激闘のボクサー生活を通して人の痛みを知ったという中広さん。人を笑顔にしたいと意気込みます。

作業療法士 中広大悟さん
「笑っているときって、とてつもないアイデアが出るんですよね。ということで笑顔というのは大切にしていきたい1つです」

― まさにライフワーク?
「そう。笑顔があるところには争いはないが、ぼくのテーマです」

◇ ◇ ◇

中広大悟さんのお話に「さまざまな分野で訪問看護」とありましたが、看護対象となる人のニーズは多岐に渡ります。例えば、なかなか外出できないことから美容師さんの協力も欠かせないかもしれません。中広さんは、さまざまな職種の人が得意分野を持ち寄れる組織づくりをしようと今、準備をしています。新型コロナで活動を自粛していましたが、いよいよ、これからです。年内には組織作りを本格化させたいと話していました。

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