直撃取材!「専門用語無しでウイルスを学ぶ動画」をYouTubeで更新中のスタンフォード大学研究員、新妻耕太氏がみなさんに伝えたいこと

新型コロナウイルス(正式名称:SARS-Cov-2、COVID-19はウイルスによって発症する病気の名前)の世界的な感染拡大により、新型コロナウイルスが登場する以前の世界が極めて牧歌的だったように思えるほど、世界の状況は一変しました。

あらゆる集まりやイベントが中止になり、日本でも2020年4月7日、東京を始めとする7都市に緊急事態宣言が出されました。これにより営業停止となった業種への補填なども含めた今後の措置に関する詳細は政府からの発表を待つしかありませんが、この新型コロナウイルスというものが一体どんなものであるのか?どんな性質を持っていて、どのように向き合えばよいのか?という本質の部分は変わりません。しかも、とりわけウイルスというのは比較的わかりやすい特性を持った「生物」と「無生物」のあいだくらいに位置する存在なのだそうです。つまりウイルスに関する基礎的なことが理解できていれば、おのずとウイルスとどのように接するべきなのかも分かってくる、のだそうです。

しかし、ウイルスについて知ろうとすると、なかなか難しい専門用語が出てきたりして理解できているのかどうかすらも確信が持てなかったりします。そんな時に遭遇したのが、2020年3月に開設されたばかりの「新妻免疫塾 K&L Immunology Club」というYouTubeチャンネルでした。このチャンネルを運営している新妻耕太氏はスタンフォード大学で免疫学の研究をしている科学者で、このチャンネルでは一般の人でも理解できるよう、という思いから専門用語を使わず、中学生でも理解できるような構成で生物学の基礎を丁寧に解説しています。

最初の動画が投稿されたのが3月6日で、それ以後11本の動画が投稿されているのですが、この原稿を書いている4月9日までの1ヶ月ですでに15万回再生されており、称賛のコメントも数多く寄せらせています。ツイッターで茂木健一郎氏がリツイートしたことで話題になり、その後、iPS細胞の研究で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏が新型コロナウイルスに関する正確な情報を発信する目的で運営を開始したサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」の「動画で学ぶ」のセクションにも「専門用語無しでウイルスを学ぶ」動画として取り上げられています

なぜスタンフォード大学の一研究員である彼が自ら動画を作成し、YouTubeで公開するに至ったのか?データのじかん編集部は新妻耕太氏から直接(オンライン上ではありますが)話を聞くことができました。

INDEX

動画を作ろうと思ったきっかけ

今回、新型コロナウイルスの拡大が中国で起きた時、上海出身の妻経由で現地の情報が私にも伝わってきていました。これは大変なことになる、と察した私はその危険性について日本にいる自分の両親に何度も説明しましたが、なかなか理解してもらえませんでした。

正確に言うと、説明する内容には理解を示してくれましたが、同じレベルで危機意識を持ってもらうために大変苦労しました。さらに、仕事関係の会食を断る、などの周囲の理解を必要とする行動は当時の日本社会の感覚にはそぐわないものでした。

私はもともと大学3年生まで教員志望で、理科教員になりたいと思っていました。教育実習も行ったのですが、紆余曲折あって結局研究者の道を歩むことを決心しました。研究者にはなったものの、授業をすることは好きだったので、誰かに何かを伝える活動をする機会を常に探していました。とは言え、研究だけでも忙しいのでその時間をなかなか作ることができませんでした。

そんな時に武漢で起こっていることを記録したドキュメンタリーを妻と一緒に観て、「前線の人たちはこんなに頑張っているのに、私たちには何もできないのかな」と妻がポツリと言った一言がすごく心に残りました。その妻の一言と両親に危険性を伝えたかったのに言葉ではうまく伝えられなかった、というもどかしい経験が重なり、それが原動力となってある日突然やる気が湧き上がってきました。その勢いで1話目のスライドと原稿を3〜4時間かけて作り、妻が1時間ほどでそれを編集してくれ、その日のうちにYouTubeに上げました。これが最初の動画を作るまでの経緯です。

想像力は知識から、素通りできない基礎知識の重要性

なぜ基礎知識を私が重要視するかと言うと、例えば、テレビのニュースを見ているとたくさんの情報は入ってきますが、ある程度以上の知識がないとその情報が意味することを本質的には理解できません。

両親に今回の感染拡大について説明した際に、そもそもウイルスとは何か、ということから説明する必要があることに私は気付かされました。私が思っていた以上に人はウイルスについて無知だったのです。両親との対話を通じて、ウイルスに関する基礎知識を提供する必要性に気付きました。そして同じ作るなら子供を含む家族全員が理解できるような教材にできたらいいな、と思いました。

ウイルスは目にも見えず匂いもありません。人が危機感を感じにくい分広がりやすいのです。ウイルスが目に見える存在であれば、人は自分の顔をむやみに触る、などの行動は取らなくなるでしょう。動画を見て知識を得た人に、その見えないウイルスの存在を知識というフィルターを通して想像できるようになってほしい、と願っています。知識を得ることで、見かけ上は今までとなんら変わらない自分の手が実はウイルスだらけかも知れないと思えるようになります。それによって一人一人の行動も変わってくるのではないか、という期待感を持って発信を続けています。

一番大きな問題になり得るのはたくさんの人が同じタイミングで感染することです。感染力が強いことが新型コロナウイルスの最も怖い特性です。たとえ重症化する割合が少なかったとしても、感染力が強いと母数が増えるので重症化する人の数も必然的に増加します。その重症者の数が病院のキャパシティを超えた時に医療崩壊などのより困難な危機が訪れます。

それを回避するためには感染者数の急激な増加をできるだけ抑制することが最前の対策となります。患者数が2倍、3倍に増えた時に、それに合わせて病院の数を同じスピード感で増やすことは極めて困難です。人と人との接触を極力減らすことで感染者数の急激な増加を抑止することで時間を稼ぎつつ、ワクチンや治療法の開発を進める、というのが今実際に行われていることです。

危機感を押し付けても行動は変えにくい、というのが私の仮説です。重要な情報を理解するための基礎知識を提供し、骨身にしみたところで危険性を理解してもらえたなら、それは「気付き」になります。気付きを得ることで人はおのずと行動を変えてくれると考えています。実際に、動画を作るきっかけとなった自分の両親は動画を見て自分が伝えたかった思いを理解してくれ、自ら新しい情報を得て、行動に活かしてくれるようになりました。

山中教授のホームページに掲載されるまでの経緯

3月6日に動画を投稿した後、まず自分の友人にフェイスブックで告知しました。友人たちが拡散を手伝ってくれ、それなりに評判が良いことがわかりました。そこで3月15日くらいから少しずつツイッターで広報活動を開始したところ、茂木健一郎氏がリツイートしてくれたり、ということがありツイッター上で拡散され始めました。

ちょうどその頃、山中教授がウェブで新型コロナウイルスに関する情報発信を始めた、というニュースを知りすぐにホームページを見に行きました。その中に動画で学ぶというセクションがあって、YOSHIKIさんとの対談などが出ていたのですが、基礎知識を学ぶための教材的な動画はありませんでした。

もしかしたら自分の動画は山中教授の理念とマッチするのではないかと考え、山中教授の連絡先を調べ、思い切ってメールを書きました。山中教授とのやりとりは科学者同士のやりとりなので、全てデータありきの内容にしました。自分の科学者としてのバックグラウンドに加え、アカウントの開設日、再生回数、再生時間、ツイッター上で見られた回数、リツイート数、インプレッション数、誰がリツイートしてくれたか、などある情報を全て盛り込んで、エビデンスベースで自分の動画が山中先生のホームページにマッチしていることを証明しようとしました。1日経っても返信がなかったので、うまくいかなかったかと思ったのですが、数日後に「素晴らしい動画ですね。ホームページにリンクを載せました。」という内容の返信をいただきました。さっそく確認しにいくと本当に掲載されていました。

山中教授のホームページに掲載されたことでより多くの人に情報が届けられる、と同時に、多くの人に情報を発信するプレッシャーも感じています。今後も多くの人たちが必要としている内容を選んで新しい動画を追加していきます。

新妻氏が今みんなに本当に伝えたいこと

まず何よりも手洗いを徹底することと顔をベタベタ触らないことです。本当の意味の終息がいつになるのかは分かりません。人口の6〜7割くらいが免疫を持つようになるまでは落ち着かないだろうと、という仮説があります。人口の6〜7割くらいが免疫を持つための方法は2つ考えられます。一つは実際に感染すること、もう一つはワクチンによって免疫を誘導する方法です。いずれにしても、年単位でかかるだろう、とは多くの専門家は推測しています。

SNSなどで色んな情報が飛び交っていますが、そんな情報と対峙する際に理解してもらいたいのは、情報の正確さは0か100ではない、ということです。ある部分だけが正しい、ある部分だけが間違っている、ということがままあります。危機的状況な時に自分を納得させるためには自分で調べて、自分で考えて、自分で決断する必要があります。感染拡大により多くの人が亡くなる可能性があります。自分の親や友達など身近な人が亡くなる可能性もあります。だからこそ自分が理解して納得できる行動を決断することができるように、情報を正しく吸収してほしい、と願っています。

山中教授が言っているから、専門家が言っているから100%正しいわけではありません。
新型のウイルスですから日々新しい情報が生まれ、何が正しいかもその都度変化していきます。それぞれの情報がどれくらい信頼できる情報なのかは各々が基準を持って判断できることが理想です。その確認の必要性を理解してもらう意味でも、できるだけ早く基礎知識を提供したい、と考えて動画発信をしています。大切な人にウイルスに関する情報を理解してもらうために、これらの動画をツールとして使ってもらえるととても嬉しいです。

編集部による後記

よくビジネス書にも取り上げられる 孫子の兵法の一節に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という言葉がありますが、コロナ禍においてまず私たちがするべきことはまさに敵であるウイルスについての理解を深め、自分たちの体についての理解を深め、それらの情報や知識、あるいはデータに基づいた意思決定を行っていくことだと考えられます。データ活用も正しいデータを集めるところから始まるように、感染予防も正しい情報や知識を集めることが必要不可欠です。まだまだこの混濁の日々は続きそうですが、一人一人の行動が集合体となって大きな成果をもたらします。

国民全員自宅警備員な日々の先には明るい未来があると信じて、できることを一つずつ確実にやっていきましょう。

ちなみに、コロナ禍において私が真っ先に学んだのは「コロナ禍」は「ころなか」と読み、禍と言う漢字が「災い」、という意味である、ということでした。

新妻氏の動画を観たらぜひチャンネル登録、拡散にもご協力ください。英語版、中国語版もあります。最新情報は新妻氏のTwitterをフォローしてみてください。そして、最後になりましたが、新妻氏、取材協力、ありがとうございました!

(取材・記事執筆:まいるす・ゑびす)

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